始まりのダイブ/フォール③

 万が一に備えて“閃槍”の魔方陣は維持したまま、アネモネはリオル達が自分の下に辿り着くのをジリジリする思いで待つ。


 あと十歩。遠くで巨像が、それまで片手持ちだった大鎚を両手持ちに切り替えるのが見えた。でもこの位置関係なら、巨像が何をして来ようとアネモネの“閃槍”が撃ち落とす方が絶対に早いだろう。


 あと八歩。剣士にしては小さいとは言え、リオルや神官よりは体格に優れる革鎧の剣士が、リオル達を追い越した。こういう時、やっぱり身体が小さい子供は不利だ。リオルだって頑張っているけれど、やっぱり大人の人に比べれば体力は少ないし、腕力も劣る。アネモネだって同様だ。


 だからアネモネは、リオルの事を決して責められない。


 あと五歩と言う所だった。本当にあと少しでアネモネの所に辿り着くと言う所で、リオルは前方につんのめるようにバランスを崩した。革鎧の剣士に追い抜かれて焦っていたのかもしれないし、或いはもっと単純に、あと少しだったから気が急いてしまったのかもしれない。とにかくバランスを崩したリオルは、そのまま転んでしまった。リオルに手を引かれていた魔術師も、流石に子供一人分の体重を咄嗟に支えるだけの力は無かったようで、リオルに巻き込まれるような形で倒れ込んでしまう。


「リオル!」


 思わず叫んでしまったアネモネの声に、革鎧の剣士が反応する。ほぼアネモネの目の前まで来ていた彼は立ち止まって背後を振り返ると、自らが手を引いていた神官をアネモネの方に突き飛ばし、リオルの所に駆け戻った。勿論アネモネもそれに続こうとしたのだが、丁度その時、視界の端で巨像が動くのが見えて咄嗟に動きを止めてしまう。


 明らかに攻撃が届く距離ではないにも関わらず、巨像は自らの大鎚をその場で大きく振り上げていた。投げてくるつもりか、それとも跳んで来るつもりか。どちらにせよアイツが何かしてくるつもりなら、アネモネが魔術でそれを迎撃するしかない。即座にそう考え直し、踏み出しかけた足に急ブレーキを掛け、アネモネは巨像の動きを注視する。


 直後、巨像は大鎚を振り下ろした。


 その勢いを利用して大鎚を投げてきたわけでも、振り下ろす直前に跳んで距離を詰めてきた訳でもない。本当にただその場で、大鎚をだけだ。但しその直前、巨像の大鎚に幾何学的な光の紋様が浮かび上がったのを、アネモネは確かに見た。


(魔力……!?)


 巨像が大鎚を叩き付けたその瞬間、光の紋様が“巨像の間”の床全体に広がっていく。魔術による遠距離攻撃かと、一瞬ヒヤリとしたアネモネだったが、幸いそれは杞憂だったようだ。リオルも、それを助けに行った革鎧の剣士も、特に攻撃された様子は無い。丁度、リオルの下に辿り着いた剣士は、そのままリオルの脇で片膝を突き、彼女を助け起こそうとして──


「……え?」


 ガコン、と。


 そんな機械的な音と共に、アネモネは自らの足下で虚空がその顎を開いたのを感じた。


「え、え……!?」


 落ちる。落ちていく。


 アネモネも。革鎧の剣士も、まだショックから立ち直れて居ない様子の魔術師も、そしてそんな二人に絡み付かれている状態になっているリオルも。みんな、みんな、落ちていく。


 アレだ。さっき巨像の大鎚に灯った魔方陣。あれはアネモネ達に攻撃するものじゃなくて、扉みたいに開いて底が抜ける“巨像の間”のトラップを作動させるものだったに違いない。床が開いたその先は真っ暗で、どうなっているかは視認する事が出来ない。でもこれがトラップなら、それに引っ掛かった者がどうなるかは大体決まっているというものだ。


「──リオル……ッ!!」


 アネモネの声は届いただろうか。アネモネが反射的に手を伸ばしたのが、果たしてリオルには見えただろうか。


 全てが一瞬の出来事だった。リオルと大人二人がぽっかりと口を開けている闇に呑まれ、アネモネの目の前から消えていく。その光景を見て何か考えるよりも早く、アネモネもまたその闇に呑み込まれる。


 落ちる。


 落ちる。


 落ちていく。


 その先に何が待ち受けているのか、その時のアネモネには、知る由も無いのだった――



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る