浴槽よくそうふたについた水滴が

 接合部をゆっくりと細めてゆき

 命綱を切り離した登山者のように

 まっさかさまに落ちる

 その寸前の

 緊張を保ち張りつめているしずく

 ぼくはきみが好きだ


 滴は時の結晶

 重力の化身


 車の窓に

 雨滴が流れ

 つる草模様のようなパターンを形成し

 即興の曼荼羅まんだらを開示し始める

 その寸前の

 道に迷い戸惑っている滴

 ぼくはきみが好きだ


 あらゆる水滴は

 泉下せんかにひそむ魚たちの異言いげん


 瞳がうるみ

 まぶたは湿り

 睫毛まつげを浸し

 ほほをつたう

 その寸前の

 いまだ存在しない未生みしょうの滴

 ぼくはきみが好きだ

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