第22話 不穏の残響

 私はハンナと共に目を覚ますと、森に向かった。虫や獣の声はしたが、人がいる気配は無い。ハンナは、木の上で寝るキメラに狙いを定めた。


「発火っ!!」


 キメラは、体をよろけさせて地面に落ちる。そして私達を見据えると、尾から毒を飛ばしてきた。


「私は加勢した方が良い?」

「いや、待ってて。」


 駆け寄ってくるキメラを横跳びでかわし、ハンナは二丁の短銃杖の刃で連撃を叩き込む。


「グアアッ……」


 キメラは疲弊した様子で立ち尽くす。彼女はそれを見て魔術を使う。


「星神の加護を…フィアー・シリウス!!」


 魔術の行使と同時に短銃杖の刃に青い光が宿る。そしてキメラの懐に飛び込むと、それを振りかざす。


「カタストローフェ…エクスマキナッ!!」


 爆音と青い光が瞬時に6回現れて、キメラの体を引き裂く。その体は吹き飛びながら血を撒き散らした。


「ふぅ…まぁ、こんな所かな。どうだった?」


 彼女は顔に飛んだ血を拭いながら得意気な顔をした。


「動きは良かったよ。でも…前線に出ることはかなりのリスクを伴うし、恐怖感もかなり大きいわ。それは大丈夫?」

「大丈夫。君の負担を減らす為ならその位どうって事無いよ。だから、安心して。」


 思えば根拠の無いセリフではあったが、私を安心させるには十分だった。


「ねぇ、君のお兄さんってどんな人だったの?詳しくは聞いていなかったよね。」

「そういえば…じゃあ、話すね。」


 私は少し前の日常を思い出しながら話す。


「お兄ちゃんは私の先生みたいな人だったわ。私にはお母さんが居なかったから、お父さんが仕事の時は二人だけでね…その時に色々な事を教えてくれたの。私より何倍も強くて、賢くて、優しくて…でもたまに怒られて。私は…そんなお兄ちゃんが大好き。最近はお兄ちゃんも仕事に行ってたから一緒にいられる時間は減ってたんだけどね。」

「そっか…小さい頃に遊んだ記憶は?」


 私は、お兄ちゃんとの思い出を思い出してみる。でも、一番古い記憶をたどっても小さい頃の記憶は無い。


「うーん…小さい頃の事…?ちょっと思い出せないなぁ…」

「えっ…?1つも…?」


 彼女が驚いているのに私は驚いた。誰しもが子どもの頃の記憶はほとんど忘れるものだと思っていからだ。


「じゃあ…一番古い記憶は?」

「…家族3人で草原を歩いていた記憶…確か12歳の頃だったと思うわ。」

「僕もそうだけど…普通はもっと昔の記憶もあるはず…何でだろう…?」


 私は少し戸惑った。私は小さい頃何をしていたのだろうか…気にした事も無かったが、聞いた事も無い。でも、そこまで大きな問題でもないような気もした。そこで私はハンナに話す。


「でも…それはいいや。今、お兄ちゃんを助けたいって気持ちは本物だし…お兄ちゃんはハンナに私の事、心配そうに話してくれたんでしょ?だから、私はお兄ちゃんを信じるし、」

「君がそう言うなら…後で考える事にするよ。」


 彼女の悩んでいるような顔は、いつも私に見せる微笑みに戻った。


「じゃ、そろそろ帰ろっか。」

「あ、ちょっと待って…」


 私はハンナの頬に少し付いたキマイラの血を拭く。彼女は一瞬ドキッとしたような顔をする…それもまた可愛い。


「これでよしっ…と。」

「ありがとう。」


 私達は他愛の無い会話をしながら、私の寮の部屋まで歩いた。


 ハンナは部屋に着くと、手早く部屋着に着替えた。私は横になって雑に置かれた本を読む。どうにも体のあちこちが痛くて、だるさが抜けない。


「アリンちゃん?体調悪いの?顔色あんまり良くないよ。」

「あ…まぁ…森の中歩いたしね。夕飯の材料を買いに行ってくるね。すぐ戻るから待ってて。」


 私は夕飯の材料を買う前に、城にいるカインの所に向かった。理由は私の苦痛を和らげる為のポーションを貰いに行く為だ。部屋のドアをノックすると、カインが中に招く。


「どうした?ポーションか?」

「いいから早くちょうだい。」


カインはムッとした顔でこちらを見つめる。


「使いきるのは早くて3日後のハズだろ?何でもう無いんだ?」


 私が今飲んでいるポーションを飲むと痛みが無い場合は催眠効果が現れる。痛みが無い時には飲むなと言われていたが、私はそれを無視した。初めは自制できると思って始めたが、それは甘い考えだった。ポーション無しでは頭がイライラするようになってしまって、気がついたらいつもの2倍以上のポーションを使っていた。


「…お前…まさか痛くないのに使ったんじゃねぇだろうな?体を診ればすぐに分かるぞ。」

「……でも……」


カインは机を叩いて立ち上がった。


「…帰れ。お前にやるポーションは無い。」

「待って!実際効いてたし…店のポーションじゃ十分じゃないの!」

「中毒で俺達に迷惑かけるよりはマシだ。」


 私は苛立ちと罪悪感とが頭の中で渦巻いたまま外に出た。廊下で、背中から誰かに腕を掴まれる。


「ハン…ナ?」

「全部聞いてたよ…あれはどういう事?」


 ハンナは鋭い目付きでこちらを見つめている。それは悲しげにも、怖くも見えた。


「ごめん…気分を沈める為にポーションを使いすぎたの…許して…」


 ハンナは私の右の頬を叩く。


「ただで許す訳ないでしょ…分かったら一回寮に戻るよ。」


 こんなにも私を守ろうとするハンナを裏切るような行為をしたのは事実で、怒られても文句は言えない。私はハンナの後を付いていくようにして宿に帰った。その間、彼女と目を合わせることは出来なかった。





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