第17話 忌むべき過去、変えたい明日

 僕は傷から血を吹き出し、目を閉じて動こうとしないアリンちゃんに駆け寄ろうとした。直ぐに近付くに男が寄っていき、ナイフを突き立てた。


「こいつにトドメ刺されたくなきゃ…それ以上近付くな。」

「誰か知らないけど、アリンちゃんに何をしようっていうんだ!!」

「俺はディアス・ハイドリヒ。革命軍リベレーターの幹部だ。」


 聞き覚えのある名前を聞いて、思わず顔を見た。その顔は間違いなく、家を飛び出して狩人になる前に僕を苦しめていた元凶だ。


 ディアスはアリンちゃんの手に付いた血を舐めた。


「お前、ハンナか?裏切って家出したガキが、今更何を頼もうとしてたんだ?」


 彼も、僕の正体に気がついた。

 怒りに手を震わせながら銃杖をコッキングする僕に、エリーゼさんが声をかける。


「ここは、あいつらの提案に乗るしかない。」

「でも…!!」

「あいつらにアリン抜きで勝てるとは思えない。我慢して…!!」


 僕は銃杖を地面に置き、両手を上げた。そして、俯きながら涙をこぼした。


「へっ…腐っても俺の家族だな。物分りが良い。じゃあな。」


 彼らはアリンちゃんを抱えて、そのまま逃げていった。


「あんた、ディアスと何か因縁が?」


 僕はアリンちゃんにも話していない秘密をエリーゼに明かす事にした。


「あいつは、僕の祖父にあたる人です。僕が小さな頃は、帝国の兵士として表向きは真っ当な生活を送っていました。ですが、僕が12になって両親が亡くなった後に…彼は恐ろしい本性を顕にしました。」


「魂術使い…生きた魂を覗き見たり操作したり、果ては喰らい尽くす禁術を使う人物だったのね。あいつはそれで若返ってるから。」


「はい。どうやら僕は彼よりも魂術の素質があったらしく、奴隷を使っての恐ろしい練習が始まりました。初めは心を読む程度でしたが次第に残酷になっていって…熱した鉄板を触らせたり、とても言えないような事を奴隷達にさせました。今でも、彼らの悲鳴にうなされる事があります。」


 僕は、唇を噛み締めながら話す。


「最後には奴隷達の命を3分もあれば直接奪って吸収する事が出来るようになって、それで終わりだと思っていました。ですが…そうではありませんでした…」


 思い出すだけでも、恐怖でしゃがみ込んでしまった。


「…僕は魂術を使える子を産む為に…毎週ディアスの相手をさせられました。しかも、夜の彼は僕が苦しんだり痛がったりするのを喜んで…夜が終われば体は傷だらけになりました。それが癒えないまま、また来週にはディアスと…それが嫌で家を抜け出しました。だから、僕は男の人を愛せないんです。そして最後に…これが…その時使っていた本です。」


 表紙にはアルス・マグナというタイトルが書かれた古い魔術書を袋から取り出す。


「僕が持っておかないと、魂術が公に広がってしまう。これを身につけてしまった者としてそれだけは避けたい。だからこの本だけは肌身離さず持つようにしているんです…」

「よく話してくれたね…ハンナ……」


 エリーゼさんが泣いている僕を抱きしめた。僕は彼女に抱きしめられると、安心してますます大きな声で泣き叫んだ。


 しばらくして泣き止むと、エリーゼは魔王メイジーの様子を見た。


「見た感じだと、傷はもう大丈夫そうですね。」

「ええ。お陰様で…カイン、手をかけて申し訳ありません。」


 魔王メイジーは傷を癒して貰う間もしきりに生存した部下を労い、指示を出していた。


「メイジーさん…お見苦しい所を見せてしまいました…」


 僕は顔を赤らめて言った。


「禁術を覚える事を強制させた挙句、女性の尊厳を奪うなど言語道断…そんな人物に再会して何も思わない方がどうかしていますよ。貴方は悪くありません。」


 魔王は更に続ける。


「落ち着いたので、これからの予定でも話しますか。

隠密部隊・リオックに彼等を追跡させました。遅くても明日には場所が特定出来るかと思います。分かり次第、その場所に向かい、彼等を討ちます。

貴方達にも来てもらいます。革命軍リベレーターを追っていると聞いたので、力を貸して下さい。

奴らがあそこまで大きくなったのは、ひとえに私達の危機意識の欠如です。申し訳ありませんでした。」

「アリンちゃんは助かりますか?」

「分からない事は言えませんとだけ。」

「そうですよね…変な事を聞いてすいません。」



 僕達は魔王に連れられて、人口島から王城に向かった。城には、ローシャもいた。


「お前も来てたのか?」


 カインの言葉に、ローシャは少しムッとした。


「お前が来いって言ったんだろ?

それで、アリンは……?」

革命軍リベレーターに連れていかれたんだ。」

「そうか…クソっ…アタイがもっと早く行っていれば…もしかしたら…」


 ローシャは悔しそうな顔をして王城のエントランスの白い柱にもたれた。


「エリーゼ、貴方には今後の話をします。他の皆さんは書庫で待っていて下さい。」

「あ、魔王様。カインだけ連れて行っても良いですか?」

「構いません。」


 エリーゼさんとカインは、魔王の部屋まで行くようだ。それをローシャは少し残念そうな目で見つめる。


「書庫行ってもなぁ…あんまり本ってもんには興味がねぇや…」

「こらローシャ…ここ城だから言葉には…」


 周りの貴族達の視線が痛い。エリーゼやカインならともかく僕達は一般市民なので、普通こんな所には来られないので仕方の無い事だ。


「書庫には喜劇とかオーケストラを特殊なマジックアイテムで風景と音で保存してあるんだ。何も本だけじゃない。」

「じゃあ…行ってみるか。オーケストラは1回聴いてみたいと思っていたし。」


 僕は書庫に行って、魔術書を見る事にした。あのアルスマグナは無かったので少し安心した。

ローシャは、小部屋でオーケストラを聴いているようだ。僕も小部屋に入った。美しい音色を聴いていると、ローシャが話しかけてきた。


「なぁ、ハンナ。お前にとって…アリンって何なんだ?」


そういえば、考えてみた事は無かった。


「うーん難しいね。あの子は…僕なんかより強くて、カッコよくて…憧れみたいなのもある。でも彼女は無敵のヒーローじゃない。むしろ傷だらけで無理矢理前を向いてる。それは見える傷だけじゃない。僕は、その傷の癒し手になりたいんだ。」

「頼ってるし、頼られたい…か。」

「どうしていきなりそんな事を?」

「いや…なんでもねぇよ。」


 そう言うと、ローシャは白い壁に映された演奏者達を見つめて曲に聞き入り、それ以降ら何も話さなかった。もしかして、僕のアリンちゃんに対する恋愛感情は見抜かれているのだろうか。



 オーケストラを聞き終えて小部屋を出ると、書庫の入り口にカインがいるのが見えた。書庫の外に出る時のローシャの顔はどこか嬉しそうだった。


「カイン!話終わったのか?」

「まぁな。どうやらそこまで遠くない場所にあいつらが潜伏していると分かったようだ。明日の朝には出掛けるから、準備しておけとの事だ。」

「僕は良いんだけど…メイジー様本人は大丈夫なのかな?」

「まぁ、彼女の言った事だ。大丈夫だと信じよう。」


 今日はローシャと共に宿へ戻った。家まで帰ると朝には出られないからだ。


 その夜、僕は中々寝付けなかった。アリンちゃんが酷い目に遭わされていないか…そもそも生きているのか不安だったのだ。

ローシャが、それを見てため息をついた。


「ハンナ、寝ないと明日が大変だ。」

「だって…」

「気持ちは分かるけどさぁ…」


 僕は布団を被った…がすぐに怖くなって飛び起きた。荒く息をする僕を、ローシャが受け止める。


「しゃあねぇな…落ち着いたらアタイが睡眠魔法かけてやる…言っておくがそんなに上手くねぇから、お前も寝る努力はしろよ?」

「うん。ありがとう。」


ローシャは僕の頭を撫でると、袋から魔術を使う時にいつも弾いているツィターを取り出した。


 ツィターの音色、歌声のような詠唱、そしてローシャの手の橙色の穏やかな光が優しく、僕を包むようだった。

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