第5話 話題の選択

 俺は自分のコミュ力の無さに打ち非がれていた。

 家族相手にすらまともに話せないなんて……。


「お兄ちゃんは会話には何が必要かわかる? って聞くまでも無いか」


 再び言葉のナイフが俺を切り刻む。


「何気ない会話にも相手や周りの事を考える必要があるの。相手が興味の無い話題を振っても相手は食いつかないし、その周りの人も同調出来ない。だから先ずは相手や流行りについて知る必要があるんだよ。流行りの話題だったらリア充なら当然把握してるしね」


 という柚希からの有り難いお言葉を頂いた。


「でもどうやって相手が興味が有るか無いか見分けるんだ?」

「ん~、お兄ちゃんの場合は観察から入った方がいいかな。クラス内を観察して誰と誰が仲がいいのか、クラスでどんな話題が流行ってるのかを観察するの」


 観察なら得意だ。

 伊達にいつも休み時間一人で過ごしてないからな。

 あれ? なんだか悲しくなってきた。


「あと、喋る時はキチンと自信を持って喋る事! 携帯ショップの店員の話ししたでしょ? 自信なさげに喋ってもスルーされるか笑いものになるだけだからね!」

「はい。肝に銘じます」


 とは言っても喋り慣れてないから自信がもてないんだよなぁ。

 自信持って喋った事がスベッたらどうしようとか考えてしまう。


「その事を踏まえてもう一回やてみよう!」


 

 それから何回も挑戦した。

 柚希の学校の事や部活の事、友人や高校でやりたい事などを話題に出して、何度も繰り返し、何度もダメ出しを食らう。それを何度も何度も繰り返した。


「う~ん、及第点ってところかな」

「やったー! ってか疲れた~」


 やっと柚希からオッケーを貰えた。


「お兄ちゃんにしては頑張ったね」

「まぁな。リア充になる為だしな」


 俺がそう言うと、柚希は少し沈んだトーンで


「私が虐められない為に……だよね?」


 俺は一瞬言葉に詰まるが


「まぁ、そうだな」


 と返す。

 すると


「それは嬉しいんだけど、せっかくリア充目指してるなら、『彼女を作る!』っていう目標があったほうがいいんじゃない?」

「か、彼女?」

「そう! 彼女が居てこそ真のリア充でしょ!」


 彼女かぁ。

 俺には一生出来ないと思ってたけど、リア充になれば出来るのだろうか?


「よし! お兄ちゃんの最終目標は『彼女と作る!』ってことで!」

「あ、あぁ。頑張るよ」

「もっと自信持って!」

「リア充になって彼女を作ってやるぜ!」

「頑張ってね!」


 柚希を不安にさせない為に力強く宣言する。

 

「そうすると女子との会話はもっとスムーズに話せた方がいいかぁ……。とすると……。」


 何やら柚希がブツブツ独り言を言い出した。

 心配になって「どうかしたか?」と声を掛けると


「ちょっと待ってて!」


 と言い、スマホを持って自分の部屋に行ってしまった。

 

 中々戻って来ないので自主トレをする事にした。

 表情筋を鍛えるトレーニングだ。

 このトレーニングは『あいうえお』を口を大きく開いて動かすというトレーニングだ。

 『あいうえお』を大げさにやる事で顔の筋肉全体を鍛える事ができるらしい。

 1日3回20分やれと言われているので、今のうちにやっておこう。



 俺がトレーニングを開始してから10分経った頃だろうか、階段を勢いよく降りる音が聞こえ、リビングのドアが勢いよく開かれた。


「お待たせー!」


 何だか機嫌が良さそうだ。


「どうした? テンション高くない?」


 と尋ねると


「会話のトレーニングって私としかしてないじゃない?」

「そうだな」

「だ・か・ら! 助っ人を呼ぶことに成功しましたー!パチパチ」


 なんだ、それでテンション高かったのか。


 って今何て言った?助っ人?


「助っ人ってどういう意味?」


 柚希はキョトンと小首を傾げ


「助っ人は助っ人だよ。私の親友にお兄ちゃんの話し相手になって貰いました!」


 ………。


「ええええぇぇぇぇ!?」

「お兄ちゃんうるさい!」

「うっ!」


 いやいや、柚希以外の女子と会話するだって?

 流石にまだ早いようなきがするんですけど……。


「それで、会話に必要な物覚えてる?」

「えーっと、相手の情報だよな。後は流行りものとかだっけ?」

「そうだね。あとは話す際の言葉の抑揚と姿勢に口角を上げる事。つまり、今までやって来たもの全てが必要なのです!練習にはうってつけでしょ?」


 確かに今までやって来た特訓全てが必要だろう。

 だとすると重大な事が欠けている。


「その親友の子の情報が一切ないんだけど……。名前すら知らない」


 俺のその言葉を受けて柚希は「ちっちっち!」と、人差し指を振る。


「今からその子の情報を教えるから明日までに全部暗記すること! 明日の午後に家に来てもらう事になってるから!」

「明日!急すぎるだろ。それに午後から来るならそれまでに覚えればいいんじゃないか?」


 俺が至極真っ当な意見を言うと、またしても「ちっちっち!」と指を振り


「午前中は出かけなければならないから今日中に覚えてね」

「それって柚希の都合だろ? 俺は関係ないじゃん!」

「何言ってるの? お兄ちゃんと私とで出かけるんだよ」

「ど、何処に行くんだ?」


 俺の問いかけにニヤリと笑って


「それは明日のお楽しみ♪」


 と、嗜虐的な笑みを見せるのだった。



 明日は長い一日になりそうだ。

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