第32話 漢方のジェダイ

 大病院の皮膚科、外科、膠原病科の3つの科にかかっているので、若干めんどうくさいことが起こった。外科の権威先生は予約外来患者をどちらかというと午後に診たいっぽく、十月最終週の金曜午後に先に予約が入っていたのだが、皮膚科の先生はその日ちょうど午後から学会に出るとかで、午前にしか診られないというのである。

「予約の時間が空いて申し訳ないけど……」

 と皮膚科のベテラン看護師さんに恐縮しながら言われる。

 ちなみに膠原病科の先生に「権威先生いつも午後に予約入れはるんですよね」と何気なく言ったところ「午前中は手術とかあるからねー」と言われて一瞬なるほどーと思ったのだが、逆に手術の後に外来もやってんのかーと思ったら、お医者さんてすさまじい体力だな、とびっくりする。

 まあ、予約についてはしょうがないことだし、ゆっくりと昼ご飯でも食べて時間を潰せば良いだけだから、と考えていたら、思いも寄らぬ展開が起きた。

 ツイッターのフォロワーさんから、突然DMが来たのである。

「「パラグアイオオオニバスとカモ」はまだ見れますか? 週末にそっち方面へ行こうと思ってます」

 パラグアイオオオニバスとカモ。この連載で繰り返し登場している私のお気に入りの景色である。以前からツイッターに写真を上げては色んなフォロワーさんに「これすごく良いですね!」と言われていたのだが、現場にお連れできる日が来るとは思わなかった!

 診察の待ち時間の合間だけのお相手になって申し訳ないが、「旬は過ぎたけど先週はまだ葉っぱが残っててカモが乗りまくってました! お昼前後の時間帯だけならご案内できます!」と返信した。

 何しろ、連絡を下さったフォロワーさんはカメラ機材に詳しく、いつも凝った&見応えのある動画をYou Tubeにアップされている方なので、私がいつも「くうぅ~最高だ~しかしわしのカメラの腕ではこのカモの最高さを1%も伝えられない……!」と思っていた光景を撮ってもらえると思ったらそれも楽しみだった。


 というわけで、その日は朝一番に皮膚科の診察→初対面のフォロワーさんとカモ見→外科・膠原病科の診察、という若干タイトなスケジュールとなった。


 皮膚科はこれまで通りいきなり処置室に呼び出しである。

 半裸で処置台に寝かされ、どうですか、といつものように聞かれた。

「痛みはあったり無かったり……膿はあんまり出てないです」

 また生食がしみこんだ脱脂綿で軽く傷口を拭かれ、塞がっていた傷口が開かれる。染みる。周辺を押されると、ちょっとだけ膿が出て来たが、これまでのような勢いはもはやなかった。先生もしつこく絞り出すことは、今回しなかった。

「少し膿も減ってきたようですし、ステロイド、減らしましょう」

 プレドニゾロン錠5mgが2.5錠/日→2錠/日に変更となった。痛み止めのロキソニンと胃薬のレバミピド錠も引き続き処方されているが、ロキソニンは1日3回ではなく痛んだときだけ飲んでいる状況になっていた。

 すべての診療が済んでいないので、会計はせず、受付表を持ったまま病院から外出する形になる。今日も多少は傷口に生理食塩水が染みたが、激しい絞り出しがなかったので、苦しいほどの痛みはなく軽快に動けた。

 新幹線の駅でフォロワーさんと待ち合わせる。YouTubeの生配信で何度かお顔は拝見していたが、やはり直に接すると不思議な感じがするなあ、と思いながら、車にお乗せして植物園へ向かう。リアルタイムツイートのできない私の隣でフォロワーさんが「碧さんとデートなう」と呟かれると、共通のフォロワーさんから「碧さんを労ってあげてね~」というメンションが来たのを見せられ、本当に皆さま、おやさしくて、感謝感謝。

 カモウォッチの聖地では、私の次の診察時間が迫っているのもあって慌ただしいご案内になってしまったが、楽しんで頂けて私も嬉しかった。

 その時の動画がこちらになります↓↓。カルガモを初め身近の野鳥の魅力がいっぱいのカルガモTVを皆さんよろしくお願いします!!


【聖地巡礼の旅2018秋】1日目 パラグアイオオオニバス 世界一美しいスタバ

https://youtu.be/Kl7cu0B0wVQ


 というわけで、慌ただしく駅近くの公園にフォロワーさんを置き去りにし、病院へ舞い戻る。

 外科の先生は皮膚科で膿を絞り出しているというカルテを見て、うん、まあ、このまま様子を見ようか、という結論になっていた。

「1ヶ月後ぐらいに、もう一回、針生検しようか。状態も最初から少し変化しているし、もう一度検体取って、肉芽腫が出れば病名が確定するし、念のため、悪性じゃないかどうかももう一度だけ確認しておきたいしね」

 肉芽腫性乳腺炎、検索すると、悪性腫瘍との鑑別が難しい病、みたいな話も出てくるので、念には念を入れたい、みたいな感じだろう。しかし万が一ガンだったらこの巨大なしこりと圧倒的な膿の溢れ方はもう末期の末期な症状なような気がしないでもないが、まあ、とにかく、念には念をということである。

「肉芽腫性乳腺炎だったらね、まあ、詳しいことはまだわかってない病気ではあるんだけど、自己免疫性疾患みたいなもんだからね。自分で自分を攻撃しちゃう」

「ってことは、別に日常生活で気をつけることとかも特にないってことですよね……」

「うん、そうなるね。皮膚科の先生なんか細菌の検査いっぱいしてるけど、何も出るわけないと思うよ」

 おいおい、なんか険悪な雰囲気! 白い巨塔感だよ! 確かに結局細菌何も出なかったみたいだけど!

 ちなみに唐沢寿明版の白い巨塔で「石川大学」って名前の悪い病院みたいなの登場した回があったけど、多分金沢大学がモデルだし、この辺金沢大学派閥の医師会のフィールドなのでワロてしまう(最近は学閥とかの問題も減ってきてるらしいが)。とりあえずみんな仲良くしてくれ!

「あの、あと、実は、痛みとかステロイドの副作用の精神症状とかで会社休みまくっちゃって、しばらく休職することになったんですけど、診断書って書いてもらえますかね……?」

「そりゃ、病気だから、できるよ。事務方の方に休みたい期間とか申請しておいて」

 と、まあ、つまり、自分で休職期間考えなきゃいけないってことだよなー。そりゃそうだよなー、症例も少ないし、どんぐらい休めば仕事に復帰できるかなんて、そんなことまで先生が考えることじゃないよなー。と思いつつ、じゃあ、どうしようって気になってきた。

 会社には一旦、2ヶ月ほど休みたい、早く復帰できそうになったら早く復帰する、と言っているが、この時点で2ヶ月で本当に治るのか? という不安があった。もしも肉芽腫性乳腺炎なら、完治までには6ヶ月かかる、と言われている。そこまで待つとしたら年明け以降だ。大事を取って完治するまで様子を見たい気もするが、2ヶ月休みたいと言っただけで課長にヒステリックに詰められたトラウマで、最初に言った期間よりさらに延長したいと言ってまたトラブるかもしれないと思うだけで憂鬱すぎる。

 悶々しながら待っていると、午後の診療は比較的空いているからか、割とすぐに膠原病科の先生の診察時間がやってきた。

「漢方、飲んでみてどうですか」

「正直よくわかんないっす……」

 漢方って西洋薬と違って劇的に効き目が実感できるものじゃないってイメージがあるし、実際この1週間は膿の絞り出しとの戦いだったので正直よくわからない。

「先週末はめっちゃ皮膚科で膿出してもらったんですけど」

「今週も2回処置してるんだね」

「今日の午前はほとんど出なくなったんで、ステロイドも減りました」

「じゃあ、効いてるんじゃない。効いてるでしょう!」

 効いてる……のだろうか? 溜まってたものが出きっただけなのでは……と思ったが、よくわからない内に、先生は突然、処方している「排膿散及湯」について熱く語り始めた。

「これは古い漢方薬でね……華岡青洲って知ってる?」

「えーっと、なんか、歴史の授業で聞いたような……」

「そう、そうだよね。江戸時代に医学を発展させた功績者で……人体実験の被験者にどっちがなるかで嫁と姑が争ったなんてエピソードもあって……」

「ああー、なんか、聞いたことあるかも……」

「なので、服用を続けましょう!」

 いやいやいや、嫁姑問題と漢方の効き目関係なくない?! どうしたんだ先生、その漢方への絶対的な熱い信頼は! まあ別に漢方薬だったら飲んでて悪いことが起こることもなさそうだからとりあえず飲むのは別に良いんだけど! 漢方≪フォース≫の力を信じるんだ! 的な! 漢方医学ウォーズか! エピソード1(症例的な意味で)である。

 ちなみにその後処方箋を持って行った薬局にて、薬剤師さんにも「漢方の効き目って何か感じます?」と聞かれ、「よくわかんないけど、とりあえず続けてみようかなみたいな感じっぽいです」と答えたら「まあ、漢方だから飲み過ぎて悪い薬とかじゃないので、安心してください」とのことだった。

 そういうわけで、漢方のジェダイとなるべく、宇宙規模の戦いに挑む碧なのであった。

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