第30話 宇喜多の捨てマヨ

 木曜日にメスを入れた二つの傷口からは、ずっと膿が出続けていた。日曜日までは、血が混じって少し赤い色をしていた。風呂場でシャワーを浴びた後、少しぼーっとしていたら、胸からたらたらと足下まで赤っぽい液体が流れ落ちていて、Gパン刑事の殉職のシーンみたいになってしまった。もしかしたら、シャワーを浴びて温かくなると出てくる量が増えるのかな、とも思ったりした。

 薬局で買った1gサイズのガーゼを傷口に貼って一晩寝る。朝起きると、鎖骨に近い方の傷口に当てていたガーゼが、べちゃべちゃになっていた。そして、生臭い。

 月曜日は、無くなりそうになったガーゼを近所のドラッグストアに買い足しに行く以外は自宅で安静にしていた。夜、シャワーを浴びると、また膿が出てくる。ちょっと、傷口の周りを指先で押してみると、膿がどんどん出てくるので、面白くなって数分やり続けてしまった。はっと我に返ったら、なんだか傷口が若干ヒリヒリしているような気がした……アホだ……。

 膿の出方というか、膿の性状が、二カ所の傷口から出ているそれぞれで違うような気がした。鎖骨に近い方の傷口、すなわち、最初に針を刺して出した時にダバダバ沢山出て来た方の傷口からは、いかにも膿、と言った見た目の、濁った色をしたドロドロした感じのものが出て来た。もう一カ所、乳首のすぐ隣にある傷口から出てくる膿は、黄色いが、澄明な液体のような見た目をしていた。これは本当に膿なのだろうか? と思って、「膿 透明」でググってみて、「浸潤液」という言葉を発見したが、結局よくわからなかった。とりあえず、ぎゅうぎゅう押すのはやめて、前日と同じようにガーゼを貼って寝た。

 翌朝、火曜日、目覚めてすぐ、ガーゼの下がどうなっているか気になり、はぐって見た。意外に鎖骨側の傷口はほとんど膿が出ていなかった。



 皮膚科の予約は、これまで大体週に一回のサイクルでされていたのだが、今回は金曜日の処置から4日後の火曜日に入れられていた。

 私は待合室で本を読みながら、名前を呼ばれるのを待っていた。

 これまでは待合室でもなんとなく落ち着かなく何も出来なかったのだが、この頃から少しずつ心の余裕が出来ていたように思う。

 この日持ってきたのは、木下昌輝氏のデビュー作「宇喜多の捨て嫁」(文春文庫版)だった。

 何故、私がこの本を持っているのかについて、少し語りたいと思う。


 時は、ここから半年ほど前、2018年5月27日に遡る。

 その日、石川県金沢市にて、「文学フリマ金沢」というイベントが開催されていた。

 「文学フリマ」については、カクヨムにアクセスされている方々の多くは、名前だけなら一度は聞いたことあるのではないかと思う。「文学」の「フリーマーケット」、つまり、「文学を自称する同人誌の即売会」、である。

 第一回は2002年に東京にて開催され、2013年には大阪でも開催された。規模が大きく、著名文化人も多く参加するイベントとなり、やがて「地方都市でも開催しよう」という声が上がったらしく、2014年、北陸新幹線の開通に合わせ、初めて金沢にて地方都市版第一回文学フリマが開催された。以降、札幌、岩手、広島、福岡などなど全国各地で開催されている。

 2018年は「文学フリマ 金沢」の第四回の開催日だった。私はこの日、生まれて初めて、同人誌即売会にサークル参加した。

 頒布する本自体は結構スケジュールに余裕を持って準備出来ていたのだが、ブースの設営だのなんだのの準備で、開催前日までバタバタしていた。ネットで色々情報を集め、会社の帰りに百均でコインケースだの棚だのを買いそろえ、シミュレーションをする日々。一般参加していたこれまでの三回はいつも念入りにwebカタログで気になるサークルをチェックして挑んでいたのだが、今回は、他のサークルさんの情報を全然仕入れられずに当日を迎えてしまった。

 そして当日。午前いっぱいは自分のブースにずっと座っていたのだが、お昼ご飯を食べて少し余裕が出来た辺りで、前情報なしで、買い物客として会場を歩き回り始めた。

 同人誌即売会って、文学フリマ金沢以外はほとんど訪れたことがないので、都会から来た人は「人が多すぎずちょうど良い」ぐらいのことをいうのだが、田舎者の私は毎年「なかなか盛況だなあ」ぐらいの印象を抱きながら、ドキドキワクワクしながら会場をうろうろする。

 通路を歩いていると、ふと、ブースにいる一人の男性に声をかけられた。

「歴史小説を売ってるんですけど、どうですか」

 若くて知性を感じさせる、同世代ぐらいかな? って感じの青年だった。(今ぐぐったらひとまわりぐらい年上だったすみません)

「歴史小説っすか」

「歴史ものって読みます?」

「いやー、あんま詳しくないっすね……」

「そうですかw」

 そう言うと、彼は、黄色い表紙の、いかにも「薄い本」的な、手作り本を見せてきた。

「これは、三国志の中でも、ちょっとマイナーな感じの武将を取り上げて、解説してる本なんです」

「へえー」

 目次を見ると、マジで全然知らない名前しかなかった。ていうかそもそも諸葛亮ぐらいしかわかんねえ。

 それがいかにも「文学フリマ!」「同人誌!」って感じで興味がそそられるな~と思い、ちょっと中身の解説を受けたり、軽い雑談をした後、彼はおもむろに、机の端に置いてある本も見せてきた。

「あと、僕、商業出版もしてるんで、今日はそれも持ってきたんですけど……」

 ――ん?

 待て待て。

 そこに置いてあった「宇喜多の捨て嫁」(文春文庫版)。

 このタイトル、さすがに知っているぞ……これ、直木賞候補にもなった超人気小説じゃね?

 やべやべ、マジ会場ノーチェックだったために超大物作家とすげー一般人みたいな会話してしまった恥ずかしい……。と、思いながら、宇喜多の捨て嫁、前から気になってはいたが買う機会を逃していたので、ここでいただかぬ訳には、とご本人から一冊購入する流れと相成った。そして三国志の薄い本もセットでいただいた。ちなみにそのとき、単行本の「戦国24時 さいごの刻」という本も持ってきてはりました。


 んで、それから半年結局積ん読していたわけなのだが、病院での待ち時間に何か本を……と、本棚を漁り、この日は「宇喜多の捨て嫁」を持ってきたのだった。

 部隊は戦国時代、表題作は冷徹非情・悪名名高い武将である宇喜多直家の娘の半生を描いた短編。木下先生は、人情的にあまり評判のよくないらしい? 宇喜多直家に別のスポットライトを当てたかった……みたいな感じのことをブースで仰ってた。というわけで、宇喜多直家を色んな方角から描く感じの短編集になっている。とはいえ、宇喜多といえば、なんか、秀家さんが関ヶ原の時西軍だったよね……? ぐらいの前知識しかない私は、逆にあんまり先入観なしで読み始めた……わけなのだが。

 表題作の冒頭部分を読んだ私は、驚愕する。

 宇喜多直家さん、昔負った傷が原因で、膿がめっちゃ出て腐臭を放つ病にかかって引きこもっとる!

 膿! 膿が出てる! めっちゃ親近感! マヨネーズ! 仲間やん!

 長々積ん読していて申し訳なかったが、これはまさに今の私が読むべき小説!

 と思いながら全然話がメインストーリーまで読み進めないうちに、皮膚科の先生が私の名前を呼ぶ声がした。ああ無情。大病院は混んでいるが、皮膚科は割と空いているのである。ありがたいんだけどね。



 ところで、第五回文学フリマ金沢は2019年4月20日(土)に開催されます。今回はこの病の件でバタバタしていたので、私はサークル参加はしないのですが、もしご興味ある方は是非足をお運び下さい!

 また、この第四回のときに頒布していた拙作3冊は、2019年3月21日(木・祝)に東京都浅草で開催される第八回Text-Revolutionsという同人誌即売会で委託販売します。こちら、「お買い物代行サービス」というシステムでいわゆる「通販」的に遠隔地からもご本を購入できたりするので、もしご興味あればチェックしてください。


文学フリマ公式サイト

https://bunfree.net/


Text-Revolutions公式サイト

https://text-revolutions.com/event/



 なんか最後宣伝ぽくなってしまいましたが、1話辺りの文字数大体3000字前後でいつも切り上げているので、この日の皮膚科での処置については次回へ続く。

 皆さん、宇喜多家をよろしく……。

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