第30話 じゃあ信じたい?


 アキハは短気ですぐ挑発に乗る。背理はそれを痛いほど知っていた。しかし、あの会議の中でアキハが逆上する姿は見ていない。

「忘れちゃった? ななかは一字一句覚えてるよ。『ななかが怖いんでしょ? 背理くんのそばに置いておいたらななかに取られちゃうかもって不安なんでしょ』って言ったの」

「……それは言ってたな、確かに」

 言われてみれば聞いた記憶はあった。ただあの日の議論内容とはかけ離れていた単なるななかの妄言のように思える。

「あれを言う直前まで、御堂筋さんはななかの参加に反対だった。しかもね、ななかの言葉を否定も肯定もしなかったの」

「そうだったか?」

「だからあの後急にななかを認めたのは、『アンタなんか怖くない! 正々堂々やっても私が勝つ!』って意味なんだろうなって。ななかそういうの嫌いじゃないなって思いますっ」

「……考えすぎだろ」

 ななかはアキハが背理に恋心を抱いているという前提で推理を組み立てている。そりゃあ自分には思いつかないと、背理はななかにバレないように少し笑った。アキハが自分を好き? 想像がつかない。信頼はしてもらえていると思うし、感謝もされているようだし、自分にしか見せない顔があったりもするが……。

「ななかビリだけど恋愛に関しては結構賢いんだから! それに御堂筋さん、挑発に乗るどころか倍返ししてきたんだよ! 絶対名探偵ななかの推理は正しいぞって思いますっ」

「倍返し?」

「御堂筋さんが出した条件って、どう転んでもななかはハイリくんと一緒にいられるようになってたでしょ?」

 背理が活躍すれば現状の五人で確定。背理が脱退すればななかの脱退に反対する者はいなくなり二人揃って脱退。その後二人が一緒になるかどうかはまた別の話なのだが、ななかの中では確定しているらしい。まあ、隊員確定の期日が迫っていることを鑑みると余り物チームで合流していた可能性は高いのだが。

「でも御堂筋さんはハイリくんが代表戦でダメだったらハイリくんと離れ離れになっちゃう。あんなにハイリくんにこだわってたのに」

「そうだな」

「『絶対にそんなことにはならない。私はそれくらい背理を信じてるから』って意味だったんだと思いますっ。倍どころが10倍返しだよ。悔しいなぁ」

 眉根を寄せて悔しさを表現する。背理にはイマイチピンと来ない。それに、もう一つ疑問が浮かぶ。

「……仮にその推理が正解だとして、二人の仲は悪化してるように聞こえるんだが」

 敵をあえて懐に入れてインファイトで決着をつけようとしているのだ。これを仲直りと呼ぶには無理がある気がする。だが、

「ななかは恋愛戦闘民族だから、殴りあったら友達だよ!」

 ななかは手を腰に当てて自慢げににやりと笑う。

「ハイリくんは河原で殴り合った親友はいないの?」

「殴り合いはしなかったな」

 背理も釣られて笑う。春樹のことを思い出した。彼とは腹の中を見せ合って仲良くなったのだ。そういえば河川敷で意見が対立したことはあったかもしれない。

 ななかは誰に対しても縁側でだらける犬のように腹を見せ続けている。それにアキハが答えた。と、ななかは思っているらしい。

 恋愛感情など関係なく、単に誰も脱退させたくないという背理の意思を尊重してくれただけだろう。背理はそう考えた。何度か助けた義理もあるし、背理にだけリスクを負わせている。多少の優遇があったっていい。

 しかしななかの推理はまだ続く。

「まだ証拠はあるよっ。昨日の決勝戦! あれは絶対変だった!」

「何かあったか?」

「最後だよ! ななかがハイリくん好き好きアピールするの止めたでしょ?」

「あれは助かったけどな、俺は」

「絶対変だもん。あれ言った方がもっとポイント取れたって思いますっ。なのに打ち合わせ無視してひどいよね!」

 それは、確かにそうかもしれない。最後にアキハが言ったのは翼丸良い奴説。有効ではあったが翼丸が嫌な奴であることを完全に否定できたわけじゃない。取ったポイントは4点だけだ。喧嘩の件ならもっと致命的なダメージを与えられただろう。

「まあ、勝ちは濃厚だったし、翼丸にひと泡吹かせる方を選んだんだろ」

「だからってななかを止めることないじゃない。両方言うことだってできたんだよ?」

「……そうか。そう考えると確かにおかしいな」

「あれは多分ね、『この論隊は恋愛禁止』って話をしなきゃいけなくなるのが嫌だったんだと思うの。えっちーせんせいに本当に禁止されちゃうもん」

「本当に禁止にしたいんだろ? アキハは」

 それならかえって都合がいいはずだ。えっちーせんせいの威光を借りておおっぴらにそのルールを喧伝できる。

「絶対本当はそんなこと思ってないからななかは怒ってるのっ。もう引っ込みつかなくなってるだけだよっ! あと恥ずかしがってるのっ! あんなこと言ってるといつか自分の首締めちゃうぞって思いますっ」

「やっぱ怒ってるんじゃねーか」

「怒ってるから仲良し!」

「すまん……。そこが全然わからん」

 恋愛戦闘民族様の心の動きはうかがい知れない。だが、まあ、本人が良いなら良しとしよう。アキハ側の意見は気になるところだが。

「……でも、ななかを受け入れたってことはやっぱり解禁なんだと思うの。それはわかってるからもういいかな。俺たちの戦いはこれからだっ!だよっ」

「……そうかよ」

 背理が首をななかの反対に向けて投げやりに相槌を打つと、後ろからななかの少し怒った声が聞こえる。

「ななかの推理信じてないでしょ。ビリだから?」

「信じてないな」

 筋は通っているように思える。──だが根拠になっている「アキハは背理が好き」という点が信じられないのだから、その上に乗っかる理屈はまるごと信じられない。

「じゃあ信じたい?」

 その問いかけに背理は固まった。

 ──信じたい?

 アキハが背理を好きでいてほしいと思いたい?

 ……わからない。ただ、否定するのではなくわからないと思う時点で背理は──。

「……どうだろうな」

「はぐらかさないでよ。ななかにとってはすっごく大事な話なのにって思いますっ」

 背理の答え次第ではななかはフラれる質問なのだ。臆面なく、直球でそういう勝負に出るななかのまっすぐさと積極性は見習いたいところもあるが、焦りすぎると相手を困惑させてしまうということも身をもって教えてくれている。

 ──だからここは、話題を変えることにした。逃避じゃない。戦略的撤退だ。

「ななかはもうビリじゃないだろ」

「え?」

「昨日二勝してクラスの代表にまでなったんだ。多少上がっててもおかしくない」

「あ! 本当だ!」

 ななかは議具のついたヘアピンを取り外す。ふわふわした前髪が目にかかる。そんなことはお構いなしに、ななかは議具に話しかけた。

「ななかの序列は?」

 すると議具は、

「玉浜ななか。専権序列207位。統合序列1170位」

 機械的な音声で返答する。

「う~ん、思ったほどじゃないなぁ……」

 爆発的急上昇を期待していたようだが、ななかの貢献度を考えるとそれほどではなかったようだ。それでもななかの下には28人いる。思い出深い数字だ。背理も専権選別の時点では今のななかと同じ1170位だった。

「ハイリくんはどうだった? ハイリくんのおかげで大逆転したんだし、グ~ンと上がったんじゃない?」

「俺は一回戦のペナルティーがあるからな。でも専権10位になった」

「すごい! 御堂筋さんと同じじゃない?」

「ああ、並んだ。逆接は層が厚いから上がらなかったみたいだ」

 統合序列は503位と、30位になったアキハには大差をつけられているが、専権序列だけなら肩を並べたのだ。

「ところで、ハイリくん」

 ななかは改まって、転換の接続詞を置く。

「話を変えようったってそうはいかないよ?」

「……バレたか」

 背理のやり口を真似されてしまってはもう戦略的撤退は失敗だ。やはり何事も、逃げずに立ち向かわなければ話が進まない。だから、観念して正直に言うことにした。

「まだわからないんだ。アキハのこともななかのことも。だからもうちょっと考える時間をくれ」

 これが今の背理に言える、偽りのない最大限の言葉だった。

「ハイリくんは相変わらず悪い男だね。曖昧な態度を取ってたくさんの子をキープしておくタイプ」

「いや、そんなつもりじゃなくてな。つーか、やっぱり知識が偏ってるぞ恋愛戦闘民族。情報源はどこなんだ?」

 ずっと気になっていたことを訪ねてみると、

「まとめサイトだよっ」

 このお答えだ。……そりゃ偏る。

「……うん、わかったよ。今はそれでいいかなって思いますっ。でも気をつけてね」

 ななかは少し早足にトコトコと数歩進んで背理の前に立ち、くるりと振り返って大きな目を細める。

「あんまりななかのこと考えすぎたら、ななかのこと好きになっちゃうよ?」

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