07 もうひとつちょうだい

 円山公園から出て、セイコーマート円山公園店で猫缶とちゅーるを買った。税込み一四九円と二〇四円で、合計三五三円……。中学一年のお小遣い的には払える額だけれど……。


 お店のまえで待っていた白猫に、コンビニ袋からちゅーるの一本目を出した。目の前でちらつかせると、猫は前足をひょいひょいした。白猫は、向こうの世界の行き方を教えないとちゅーるをもらえないことがわかると、とうとう観念かんねんして、それでも前足をひょいひょいしながら話しだした。


「ペンギンが――水面に飛び込んだのは――見た――よね? あれと――同じこと――すれば――向こう側――いける」


「わたし、あんなに高く飛べないよ?」


「ペンギン――を集めて――乗せても――らう」


「え? ペンギンに乗れるの?」


 呆気にとられたわたしの手から、ひょいとちゅーるを奪い取った。白猫は、爪で器用に袋をあけて、ぺろぺろ舐めだした。


「やっぱり、おいしいなあ」


 白猫は、ちゅーるをめ終わるまで、質問には答えなかった。しかたないのでしゃがみながら横で待っていると、満足したのか、ぼんやり顔になった白猫がわたしに振り返って、言った。


「もうひとつちょうだい」


「ダメ」


 白猫の言うには、そこらへんにいるペンギンをたくさん引き連れて、池の前まで誘導ゆうどうしたあと、ペンギンたちに頼んで彼らの背中に乗せてもらう、とのことだった。


 けど、そこらへん? ペンギンはそこらへんにいるの?


 ひとつ問題があるのが――


「ペンギンたちはもともと向こうの世界の住人だから、あの水面をすんなり通り抜けられるけど、きみはこっち側の人間だから、トンネル効果を使って通り抜けなくちゃいけない」


「トンネル工事?」


「トンネル効果こうか。きみの場合、あの扉にぶつかったら、ふつうははね返されちゃうんだけど、たくさんのペンギンを使って、きみが乗り越えられそうなタイミングと場所を見つけ出せれば、乗り越えられるはずだよ」


 言っていることがよくわからない。けれど、この仔猫は出来ると言っているので出来るのだろう。言葉を喋る猫なんだ、あさっての新(5)みたいに、なんでも出来そうな気がしてきた。


「わかった。じゃあ、ペンギンを集めればいいんだね。けど、そこらへんって、どこらへんにペンギンはいるの?」


「ペンギンはそこら中にいるよ。きみ以外の人間には見えないみたいだけど。けど、あいつらも向こうに帰らないといけないから、そのうち池に集まってくるんじゃないかなあ」


「じゃあ、それまで池で待っていればいいの?」


「それだと、扉が閉まるぎりぎりになっちゃうから、そのままいっしょに向こうの世界に行ったら、戻ってこれなくなるよ」


「それは困る」


「なら、ペンギンたちを急かしに行かないと」


 白猫はそう言うと「地図はあるかい?」と聞いてきた。


 わたしはリュックのなかから札幌市の地図を広げてみせた。白猫は、またもや器用に前足を使うと、池から次第に広がっていくうずまき状になぞってみせた。


「この対数たいすう螺旋らせんが、ペンギンたちの通り道だよ」


「対数螺旋?」


「こうやってオウム貝みたいな渦巻うずまきを描いた螺旋のうえに、ペンギンがいるはずだから、あいつらを急かして池に誘導しよう」



 こうしてわたしたちは、池からオウム貝? のような渦巻きを描いた、ペンギンたちの通り道にそって移動を開始した。


 青空のもと、円山公園内から外へ向けて、しだいに広がっていく円へと、わたしたちは歩いていく。白猫の言ったとおり、いく先ざきにジェンツーペンギンがウロウロしていて、白猫は彼らににゃあにゃあ声をかけていた。


 白猫とペンギンは、わたしにはわからない言葉でやり取りをしていたけど、そのあとペンギンたちはわたしを見て、かならず「くぅえー」とひと言鳴いてから、ぴたぴた螺旋の中心へと歩き出した。そんな移動とやり取りを、何度も何度も繰り返して、途中、白猫に二つ目のちゅーるを補給してあげているうちに、すっかり夕方になり、日が暮れた。そして、池へ戻った。



 池の周りと水面には、たくさんのジェンツーペンギンがひしめきあっていた。


 おなかを水面に当ててすいすい滑っていたり、昨日の子供たちが置いていったのか、ボールをおなかで押し合っては、雪中サッカーをしたりしてた。空を見上げると星空で、冬の大三角形やオリオン座がくっきりと見えた。とてもきれいだった。だけど、とてもとても寒い。


「これだけ集めれば大丈夫かなー」


 白猫はそう言って、前足をひょいひょいした。


 わたしは三本目のちゅーるをあげようとしたけど「ちゅーるより猫缶のほうがいい?」と聞くと、白猫は、「んー、猫缶は向こうの世界で開けようかなー」と言って、そのままちゅーるを受け取って、ぺろぺろしはじめた。


 あ、しまった。一日に三本もちゅーるをあげてしまった。……まあ、いいか。


「じゃあ、これから向こうの世界にいく?」


「ううん、明日の朝を待ってから」


「明日の朝?」


「うん。明日の朝になったら、光の具合もちょうどいいはず。もう寒いから、きみは帰ったほうがいいよ」


「えっ、きみはどうするの? 凍えちゃうよ?」


「ぼくは、こいつらといっしょにいるから大丈夫。また明日ここにおいで」


 うーん。それでいいのかなあ。明日になったら、猫やペンギンたち、さきにいなくなっちゃわないかなあ。


「大丈夫だから。猫缶と最後のちゅーるはちゃんと持ってきてね」


 わたしはうなずくと、名残惜なごりおしいのを我慢して手を振った。


 猫とペンギンたちはこちらを向いて、みんなで手を振り返してきた。




(5)『三人のシュタニスラウス かみ舟のふしぎな旅』(ヴェーラ=フェラミークラ 著)に出てくる明後日の世界から届いた不思議な新聞のこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る