06-2 潜伏

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 大小の揃った艦艇の群れが進んでいた。宇宙空間であるのに、何故か音を立てながら。


 その音に会わせるように。


 スーーーーッ、


 フーーーー。


 スーーーーッ、


 フーーーー。


 なるべく音を立てないように呼吸しようとすると、息苦しさが蓄積される。


(はやく通りすぎてくれ……)


 コムロの焦りも強くなる。


 呼吸音ごときで、カントムが敵艦隊に捕捉されるなど、実際には起こり得ないだろう。それでもコムロは、息を殺さずにいられなかった。



 ◆



 その数刻前。

 戦艦内のコムロは、ある重大な任務を、艦長から仰せつかっていた。


「伏兵として小惑星帯に潜み、敵の右翼をやり過ごせばいいんですね?」

 コムロの声に疲れは見えない。若さがソレを、外側から覆い隠していた。


「その通r……うええええ」

 キモイキモイは発言中に、えずいた。発艦時の酔いに、丸顔の艦長は未だに対処できていなかったのだ。


 ビヨンド副長が腰をかがめて丸顔の艦長の背中をさすり、発言を引き継いだ。

「我が軍はついに合流を果たした。しかし、それは敵軍も同様。兵数的に、およそ3対1の劣勢だ」


「3倍?」

「それは……」

「対処できないのでは?」


 騒然とするブリッジ内を一瞥いちべつし、小さく咳ばらいをした後、ビヨンドは続けた。


「戦争は数で決まる……などという常識は、もはや通用しない。思考金属ニョイニウムの発見によって、コペルニクス的転回が起こったから」


 副長のその言葉で、乗組員の間に、基本的には理解の色が広がった。


「コペル肉?」

 と、首をかしげる少女、モラウ・ボウの存在が、「基本的には」という注釈となって現れていた。

 

 まるで、円の中心点を求めるが如く、乗組員の皆の視線が、コムロへと集中する。


「ええっと……」

 少年は困惑げだった。



「たしかに……」

「あのマイケノレ隊の大軍を退けた実績もあるわけだし」

「コムロが居れば……」



 乗組員達は思い出したのだった。

 思考するほどに強くなるという、開拓者達フロンデイアが発見した思考金属ニョイニウムの性質を。


「そういうこt……うええええ」


「艦長、船酔いが収まるまでは、無理をなさいますな」

 やさしく言ったのっぽの副長は、今度は乗組員に向けて言った。


「コムロ君がな。我々は、コムロ君とカントムが状態で、敵の攻撃を受け止めねばならない」



「「「えっ?」」」

 複数の絶句が、同時に発生した。

 カントムの戦果に頼って、なんとかこの場まで生き延びた彼らには、まだ甘えがあったのだ。


「我が艦は本軍左翼集団にあり、敵軍の前進に合わせて後退しつつ、攻撃を受け止める。カントムは友軍の一部と共に小惑星帯に潜み、敵軍をやり過ごした後、敵の後背あるいは側面から攻撃。そうですね? 艦長」


 コクコク。

 まだ青い顔をしたキモイキモイ艦長は、口を手で抑えながら無言でうなずいた。


「コペル肉酢……」

 一人、少女モラウのみが、肉という概念から脱却できずにいた。



 ◆



(んー、……)

 敵の通過を待つカントムの中で、コムロは苦しんでいた。


(何も考えない、という事が難しい……)


 父、ホシニ・テツと同様、コムロ少年は常に、何らかの思索にふけるのが自然な状態なのであった。


 下手な事を考えて、カントムがその思考に反応してしまったら。

 この機動哲学先生モビルティーチャーは何をやりだすかわからない。


 何らかの内的思考の積み重ねを経て、一般人の視点では奇行にしか映らない行動をとる時が、哲学者にはある。それはコムロも承知していた。


 しかし、敵軍に見つからぬよう、潜伏中の今。それが発生しては困るのだった。



(考えるな。何も考えなくていい。呼吸だけに集中しよう)


「ふー」

「ふー」

 コムロは何度かに分けて、息をゆっくり吐き出した。


 普段は意識下にも上がって来ない自らの呼吸音が、「あってはならぬ騒音」であるかのように感じられる。


 機動を停止した暗闇のコックピットの中で、コムロは、自分が「原子」になったかのような感覚を覚えていた。


 物質を構成する、1ピースの原子。

 宇宙空間を構成する、1ピースの自分。


「死んでも、原子がバラバラになるだけ。だか、生きている間に楽しむべきなのだ」

 そんな唯物的世界観を示して笑ったのは、かつてのヒューマン哲学者、デモクリトス。


 コムロは、それを真似して、声は出さずに、左右の口角を上げてみた。


 カントムとコムロは文字通り息を潜め、敵軍通過の時を、静かに待ち続けた。

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