第1章 遭遇、シューとコムロ

01-1 日常の終わる時


 概念宇宙暦0184オー・イヤヨ年。


 デブリの海を超え、辺境の地フロンティアへと向かった人類。


 赤色巨星の爆発、磁気嵐。幾多の困難を乗り越え、新天地を切り開かんとする彼ら彼女らは、自らを『フロンデイア連合』と呼称していた。


 5月。第2船団に属する60隻、2000名余りが、小惑星帯付近で消息を絶った。


 安寧の地を持たない彼らは、困難の中で知を保ち、次世代の指導者を育てる必要があった。リバタニア帝国の圧政から逃れ、自由を手にするそのために。


 そのために開発されたのが、「ティーチャー」と呼ばれる、大型の金属であった。

 宇宙線に耐えられる、防壁で守られたコックピットで、生きる知恵を学ぶ。学を修めた「スチューデント」は次世代のリーダーとなり、更なる新天地を切り開いていく。


 しかし、辺境の惑星で発見された新金属(?)が、事態を急速に進展させた。

 人の歴史は、戦いの歴史である。繰り返しの物語でもある。


 既得権に安住するリバタニア。

 新天地を求めるフロンデイア。

 二大勢力の争いは、拡大の一途を辿った。


 戦いの中で、「ティーチャー」という概念も、変革を迫られた。

 ティーチャーが持つ、宇宙の悪環境に対するものであった防壁を、戦闘用の装甲として転用し、スラスターと武器とを搭載し、戦争の為の道具として使われるようになったのだ。


 機動哲学先生モビルティーチャーの誕生である。

 

 ◆


「コムロ、おはよう。ご飯作ってきたけど……」

 コムロ・テツ少年の部屋のドアを開けた幼馴染の少女、モラウ・ボウは、室内を見るなり絶句した。


「また本をこんなに散らかして。片付けてって、いつも言ってるでしょ」

 ミニスカートから出た足をちょこんと曲げてしゃがみ、床の本を拾いながらモラウは言った。手入れが大変と言われる、ミディアムの長さの髪がファサリとなった。


 女子のキビキビとした動作とは対称的に、コムロ少年の動きは緩慢だった。


 ボサボサ髪の少年は、コタツのテーブルにペタリとくっつくように体を預け、本を持つ両腕をテーブル上に投げたしたまま、顔だけをクイッと少女の方へと向けた。

「散らかっている方が落ち着くんだよね。混沌が僕に天啓を指し示すかもしれ……」


「難しい話はしないでって、いつも言ってるでしょ!」



 コムロは怒られた。「怒る」という感情は、一体どこから生ずるのであろうか?



「朝ごはん食べないと。頭も回らないでしょ?」

 散らかった本をザックリと片付けた少女モラウ・ボウは、「食べると眠くなるんだけどなあ」などと、既に眠そうにブツブツ呟くコムロ少年の部屋から、一度消え、そしてトレイを持って戻ってきた。


「はい、温かくしてあるから。うちの残り物で悪いけど」

 ご飯に汁物、焼魚の、和風なメニューが並んでいた。


 少年に、ただ一人での食事などさせまいとする気遣いが、汁物から立ち上る湯気に現れていた。


 コムロはトレイを受け取り、言った。

「味噌汁か」


「近所からダイコンをもらったの。痛む前に、使ってしまわないと」


「モラウ・ボウ。君は本当にいつも、棒を貰うね」


「そういうのはいいから!」

 少女モラウが言った、その時。


 外から、物凄く大きな爆発音ドゴォーーンが響いた。ダイコン味噌汁の湯面が、大きく波打った。


「えっ? 何!?」

 困惑し、硬直する少女モラウとは対称的に、コムロ少年は、先ほどまでとはうって変わって俊敏な動きでコタツから抜け出し、無線ラジオに取りついた。あたかも「うってかわって」で例文を作る場合の如く、麻薬を打って変わってしまったのだろうか?


 ピーガガガ


『……き襲! ガッ、敵襲! ガガッ、リバタニア軍が来襲! 各員応戦を! 後方支ピガッ隊は民間人の避難と救助に当たれ!』


「そんな……」

 少女モラウは、唖然として、コムロ少年の顔を見やった。


 少年の顔からいつものボンヤリ感が消えている事と、お椀からこぼれてトレイに拡がる味噌汁の湯気とが、『平和だった日常の終わり』をモラウに理解させた。否応なしに。


 へたり。

 床に座り込む少女の手を、少年が取った。


「逃げるぞモラウ。急げ!」


 それは、思考などそもそも不要な程の、自律的な行動であると思われた。

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