第30話 死
「異界ってどういう事なんですか」
「そうですね、魔獣と言い換えても良いかもしれません。要は王都サイズの制御不能なストーンゴーレムの上に王都が収まっている感じです」
何だろう、スケールが大きすぎてよく分からない。
「ちょっと待ってくれ、俺たちが追っている奴は魂を操る魔術師って話だったよな」
レンドさんが頭を振りながらそう言った、それってもしや。
「ええ、その魔術師が地下水路と自分の魂を交換した可能性が高いです」
「「は?」」
そう説明されたものの、イメージに思考力が追い付かない。これは酸欠寸前だからと言うだけではないだろう。
「恐るべきは、かの魔術師の想像力です。幾ら魂の置換が可能であったと言え、私ではとてもそんな事は耐えられないでしょう」
神父様はそう言って頭を振る。
そんな事俺だって同じことだ。王都一杯に広がる地下水路、その全てを自分の体として認識する事なんて常人にはとても出来っこない。
「ですが、これが現実です」
神父様はそう言って自分の背後を指し示す。そこには再生を始めた地下水路の姿があった。
「そんな、そんな無尽蔵な魔力一体どこから仕入れてるんですか!?」
「それは不明です、ですが今重要なものはそれではない、コアです、コアを探すんです」
神父様はそう仰るが、そんな事は不可能だ。この広大な地下水路、しかもそのほとんどが鉄塊のと化している無限の空間、そこから知りもしないし、見えもしないコアを見つけで競る訳なんてない。
「アデム、貴方が頼りです」
神父様はそう言って俺の肩に手を置いた。
「でも! どうやって!」
「貴方には人並み外れた同調力がある。いいですかアデム、私は先程この地下水路を魔獣に例えました。魔獣相手なら召喚師の腕の見せ所です」
「はっ、はは」
そんな馬鹿な、数kmにも及ぶ巨大な魔獣と契約しろと言ってるのか?そんなもんできっこない。
「出来なければ王都は滅ぶ。ただそれだけの話です」
いつの間にか神父様の背後の通路は閉じてしまっていた。神父様は、俺たちを救出するために来たんじゃない、俺たちと運命を共にするためにここまで来たのだ。
「分かりました、少し時間を下さい」
俺は地面に座り込んで呼吸を整える。
先ほど神父様が開通してくれたおかげで、少しは息を整えられた。俺は意識を拡散させる。
遠く、遠く、遠くまで。
自分の意識を世界と同化させる。
王都の地下水路、その全体を自分の体として認識する、そんな事は常人では出来っこない。だが実際にやってのけた人物がいる。奴は悪で狂人だが、その想像力には脱帽だ。
地面に手を置く。その冷たさに体温が奪われて行く。いや拡散していく。おれの体温が拡散していくその流れに、俺の意識を重ねていく。
無限の体を手に入れた、強靭無比な体を手に入れた。これで安心だ、これで自由だ。私は死の恐怖から解放された。
私は大地と一つになり、ちっぽけな人間と言う檻から解き放たれた。
幾つもの死を見て来た。両親の、兄妹の、友人の、敵の。あそこにはありとあらゆる死があった。
何処からか、無限の力が流れ込んでくる。
取り込んだ、無数の魂が流れ込んでくる。
膨張だ、膨張を続けよう。私はこのまま……。
?
??
???
なんだ?何かが私の外殻に接触してきている。小さな何かが、私を観察してこようとしている。
意識をそこに向ける。そこには未だに私に取り込まれまいと抵抗している小さな魂がある。
まぁ関係ない、まぁどうでもいい。アリ一匹がドラゴンを前に何が出来ると言うのか。
私と彼との間には永遠と言える距離がある。私は最早人間一人にどうこうできる存在ではなくなったのだ。
死と言う恐怖から解放されたのだ。
思い出すのは魔女との最終決戦。魔女の精神空間に取り込まれたあの時だ。溶ける、溶ける拡散していく。俺の意識が、俺の魂が、俺の精神が。
ごんごんと壁を破壊する一定のリズムが俺の存在を縛ってくれる。確かなアンカーになってくれる。
心臓の鼓動に似たそのリズムが俺を現世に繋ぎとめてくれる。
同調する、石の塊に同調する。意思を塊に同調させる。
広く、何処までも広く寂しい世界、それは完結した世界だった。
見つけた――
遥か深く、はるか遠くに血の塊、赤くて澄んだ命の灯火を認識する。
『――』
それは俺と目が合った。
巨大な、何処までも巨大な奴の本体からすれば、正に砂一粒の小さなかけら。
同じ魔術師として、ここまでの事を成し遂げた事には敵ながら敬意を表する。だがアンタは間違えた。
精神世界に時間や距離なんて関係ない。俺は無限の空間を一足飛びに飛び越えて――
小さな何かと目が合った。それは冷静に、冷静に、こちらの居場所を確かめていた。それは血に狂った兵士の目ではない。それは狂気に踊った蹂躙者の目ではない。
どこまでも冷静な狩人の目だった。
それは、死の恐怖だった。
違う、これは違う、奴は私を見ているのではない、侵入いや同調しようとしているのだ。
危険、危険、危険。
奴が恐怖を感じ取ったのか、無数の障害が立ちふさがる。
それは血まみれの兵士たち、手足のもげた死の恐怖の具現化だった。それらは欠けた剣や折れた槍を手にして俺に襲い掛かってくる。
だが遅い。
その剣は絶望に満ちていた、その槍は怨嗟に満ちていた、その炎は諧謔に満ちていた。
だが遅い!
かわす、いなす、そらす、弾く。
無数の攻撃ではあるが、無限の攻撃力ではない。どれも当たれば魂を侵される攻撃ではあるが、当たらなければどうと言うことは無い。死の呪いに犯された、当たれば必殺の武器ではあるが、神父様の攻撃に比べれば、どれも止まっている様なもの。
奴の想像力は見事なものだった、奴の認識力は常人から大きく外れたものだった。だが、その程度の攻撃では俺にかすることも出来ない。
奴は優れた魔術師だった、だが優れた戦士でなかった事が敗因だ。奴の完璧な想像力は、未知なる最強の障壁を構築することは敵わず、奴が今まで体験した恐怖しか再現することは出来なかった。
『これで終わりだ』
握りしめた拳は奴のコアを打ち砕いた。
俺の拳が奴のコアを打ち砕いた時、奴の記憶が俺に流れ込んできた。それは死の記憶だった。奴が今まで散々と見せつけられてきた死の記憶。そして、たった今奴が味わった死の記憶だった。
心臓が打ち砕かれた感触が胸に響く。それは俺のコアを俺自身が打ち砕いたような感触だった。
遠く、遠く、その痛みと共に、俺の意識が遠ざかっていく。
その間際、遠くに開いていた扉から、誰かが俺を覗いてるような気がしたのだ。
「誰……だテメェ!」
俺は死の傷みに抗ってそちらに視線を集中する。それは冷静な観察眼、実験動物の様子をつぶさに観察するような、冷ややかな視線だった。
俺に見られている事に気が付いたのか。はたまた、予定の実験を終えたからなのか、その視線は陽炎のように消え去ったのだった。
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