第19話 魂
「うーお菓子、お腹一杯」
「ミント! 起きろミント!」
俺は呑気な寝言を言うミントを揺り起す。
「う……ん? なにお兄ちゃん、どうしたの?」
「ミント! 良かったミント!」
「わわっ、どうしたのお兄ちゃん、そんな恥ずかしいよ!」
何を言われようか構うものか、俺はミントをしっかりと抱きしめる。
「ん、はーあ、一体何の騒ぎさね」
「イルヤ姉! 起きてくれたんだね!」
騒ぎで目を覚ましてくれたイルヤ姉も同時に抱きしめる。2人の温もりが、これ程暖かかった時は無い。
「起きたようだな、それでは私は此処でお邪魔する」
「きょ、教授! ありがとうございました!」
教授は少し頷くと、黙って部屋から出て行った。アプリコットたちはそれを見送りに退出する。
俺もそうすべきなのだが、今は2人の暖かさが俺を離してくれなかった。
「イルヤ姉、ミント、良かった、本当に良かった」
涙ぐむ俺を訳の分からないと言う様子でされるがままだった2人は、やがて観念したのか優しく俺を抱き返してくれた。
暖かい、暖かい、今はこの温もりが何よりも代えがたい。教授に、仲間たちに感謝の円を抱きつつも、心行くまでこの温もりを味わっていた。
「ハリス教授、今回はどうもありがとうございました」
「構わない、私は私の目的の為にやっただけだ」
「目的……ですか?」
玄関先で、シャルメルの用意した馬車に乗り込むハリス教授へ、アプリコットが礼を述べた時だった。
ハリス教授はその様に訥々と答えを述べた。
「魂だ、最近の私の研究課題は魂の解明だ」
ハリス教授はそう言うと馬車に乗り込み、行く先を告げ窓のカーテンを閉め切った。
「ふぅ、借りが出来てしまいましたわね。教授には後日お礼の品をお送りさせていただきましょう」
シャルメルは遠ざかる馬車を見守りつつそう呟いた。
「……ごめんなさい皆、私があんな本を手に入れてしまったばかりに」
チェルシーは俯きながらそう口惜しさを漏らす。
「チェルシーさんの所為ではありません、悪いのは罠を仕込んだあの店主です。それにあの時誰も気付くことが出来なかったのですから……」
アプリコットは胸前で両手を握りしめながらそう呟く。
「そうね、それにしても今回は
シャルメルは何処かにいるであろう、あの店主を睨みながら片手に拳を打ち付ける。
「ですが、一先ずは無事解決いたしました、皆様お疲れでございましょう、今日の所はお休みになられてはいかがですか」
カトレアの発言に、皆顔を見合わせる。
そう言えば夜は既に明けかけている。丸々一晩あの2人を救おうと右往左往していたのだ。
「そうですわね、気が抜けたら眠くなってきましたわ」
「使いの物を出して、蚤の市の事務局には探りを入れております。皆様方は一休みしてください」
「うそ、ジム先輩何時の間に?」
チェルシーが熊の出来た目でジムを見返すも、ジムはかぶりを振ってこう言った。
「自分はチェルシーさん達とは違い、こう言った事には不向きですからね、自分のできる仕事をしただけです。
とは言っても、使いの者を出しただけですが」
「得意だなんて……私は結局何もできなかった、只々右往左往していただけです」
教授の施術は簡単に見えてそうではない、その事は教授の下で勉学に励むアプリコットが一番分かっていた。
「そうね、取りあえずは休みましょう。寝不足の頭では碌な案は浮かびませんわ」
シャルメルはそう言うと家の中へ戻る。
そうして客間に顔を出して見ると、そこには……。
「しーです。お兄ちゃん寝ちゃったです」
姉妹二人に頭をなでられながら、静かに寝入っているアデムの姿があった。
「なんだいなんだい、随分と面白い事になってたみたいだね」
「笑い事じゃないよイルヤ姉、教授が居なかったらどんなことになってたのか分かったもんじゃないぜ」
笑いながら話すイルヤ姉に俺は遅めの昼食を取りながらそう言った。
念のための様子見として、今日はシャルメルの家でゆっくりと過ごす予定だ。
「見てみてお兄ちゃん、この綺麗な洋服」
ミントが煌びやかに輝くドレスを纏って現れる。
「おー、凄いなミント、良く似合ってるぞ」
「それは良かったですわ。荷物に紛れ込んでいた
「あはははー、こんな綺麗なお洋服、田舎じゃ着る機会が無いよ」
ミントは愉快そうにそう笑う。村祭りであんな服を着ていようなら、一体何が起きたのかと周囲が大騒ぎするに違いないだろう。
「それは残念ですわ」とシャルメルが俺にウインクして来る。折角王都に来ているのに、一日中家の中では退屈しないだろうかと危惧してい居たが、シャルメル達のおかげでその心配はなさそうだ。
「ただいまーミントちゃん。じゃあこの本を読んであげましょう」
チェルシーが家から大量の児童書と共に帰って来た、本の虫としては、あんな魔道書に好きにやられたのが気に食わないんだろう。
ミントは、本が原因であんなことになっていたのにも関わらず(まぁ本人たちはただ夢を見ていたと言う実感しかないんだが)嬉しそうにチェルシーの元へ走って行く。
そうこうしていると、席をはずしていたジム先輩が戻って来た。
「ジム先輩、何か分かりましたか?」
俺は彼の元に詰め寄って話を聞く。
「残念だが、不発だアデム。事務局に届けられていた名前も住所も架空の物だった」
「やっぱり、そうですか」
それはそうだ、犯罪を犯すのに正直に名乗りを上げてからやるモノ好きはそう居ない。
「まぁ安心なさいアデム、我がミクシロン家の大事な客に狼藉を働いたのです、どこに行こうと必ず見つけ出し、その罪を裁いて見せますわ」
シャルメルはそう言って獰猛な笑みを浮かべる。その時は是非とも俺にも一報を頂きたい、俺の拳は十分に温まっている。
「魂の創造、零から壱をくみ上げる。それも唯の壱ではない、完璧な壱だ」
男は暗く締め切った部屋で、1人孤独に呟いた。
時間が足りない、男の天才的な頭脳は残酷な計算をはじき出していた。それは、猿が鍵盤の上で踊り狂い、歴史に残る名曲を完成させるに等しい奇跡。
未だ全貌の解明されていない魂を、徒手空拳で構築させると言う技。
それには人間と言う、限られた時間の中で生きる生命には、なしえない技だった。
「それが神の御業と言うなら、私は先ず神になろう」
暗く締め切った部屋の中、幾千、幾万の魔術式を書き記しながら、男はそう呟くのだった。
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