好感度120%の北条さんは俺のためなら何でもしてくれるんだよな……

本田セカイ/角川スニーカー文庫

|HR《ホームルーム》 彼らは自分が望んでいる通りに振る舞ってしまう

 

「ようやく二人っきりになれたわね、雅継まさつぐくん」


 そこは真っ暗な密室だった。

 畳半畳もあるかも怪しい非常に狭い所、本来であれば一人入るのが限界とも言えるその場所に、俺と北条ほうじょうはいた。


「いや……まあ二人っきりと言えばそうなんだが……何というかその……」


 二人の距離はゼロに等しく、何なら北条の豊満な部分に関しては少し、かなり、大分当たっている気がする。

 しかし北条はそんなことはお構いなしなのか、あろうことかその足を半歩も進め俺との距離が完全にゼロになるまで接近を試みようとする。


「いや……ちょっと……近っ」

「こんなに狭いのだから近いのは当たり前じゃない、それに少しひんやりしていて寒い……もっとくっついて温め合うのが定石だと思うの」

「ひんやりしてるのは壁がステンレス製だからであってだ――むぐうっ!」


 だがそんなことはどうでもいいと言わんばかりに北条は更に身体を前へと押し出し、中腰になった俺の顔は殆ど豊満な何かに包み込まれ、声が出せなくなる。


「あら、雅継くんったら……そうしたかったならいつでもして上げるのに……」

「ち、違っ……どう考えても今のはお前が――はぷうっ!」


 最早当たっているでも、当てているでもなく、完全かつ検証可能で不可逆的に当てられていると言ってもいい程の波状攻撃に俺は段々と意識が朦朧となり始める。

 そんな意識の中で目の前にある僅かな隙間から差し込んだ光が北条の顔を照らす。

 明らかに俺とは違う意味でとろけた顔をしており、このままでは俺の魔法使いへの道は完全に断たれてしまうことに危機感を覚え始めていると、止めの一撃と言わんばかりにムギューっと抱きしめられ、俺は完全にノックアウトしてしまう。


「ま、待て……」

「やだ……こんな狭い所だから酸素が薄くなっているのかもしれないわ、これは一刻も早く人工呼吸をしないと――雅継くん今助けるから」

「い、いや……ち、ちが――」


 抵抗する気力すら削がれ、全く身動きが取れない俺に北条はしっかりと俺の頭をホールドすると、その美しい唇を、俺の口へと近づけ始める。

 ま、まずい……この女完全に暴走してやがる……な、何とかしないとこのままじゃ確実にキ、キッス――――


「ピピーッ!」


 あとほんの僅かで唇と唇が重なりかけるその瞬間。

 けたたましい笛の音と共に荒々しく扉が開け放たれたかと思うと、降り注ぐ光の中から怖い顔をした虎尾とらおが姿を現し、ぐいっと北条の首根っこを引っ張る。


「はいはい! 一分は経ちましたので罰ゲームは終わりでありますよ! これ以上の身体的接触は一切認めませぬ!」

「ああん、もう虎尾さんったら、随分と厳しいのね」


 虎尾に強引に引き剝がされ、ぐいぐいと背中を押されながら俺から遠ざけられる北条は、少し不満そうな顔をしながらそう答える。


「あ、危なかった……」


 嬉しいような悲しいような、何とも言えない気持ちになりながらようやく掃除用具入れ兼物置の中から脱出すると、俺はホッとため息をつく。


 ――とある日の放課後、現代歴史文学研究会にて。

 暇を持て余し過ぎた俺達は漫画やゲームが揃いも揃った部室で、何故かトランプゲームの王道とも言える大富豪をして遊んでいた。

 そこで北条が最下位の人は一位の人が考えた罰ゲームを受けると提案したので、俺と虎尾はそれに乗っかったのだったが……。


「雅継殿も雅継殿ですぞ! あんな羨――されるがままになって――」


 そうぷりぷりと怒る虎尾、いや罰ゲームなんだからされるがままなのはおかしくはないと思うんですけど……。


「次私が勝った時はアレでは済みませぬからな! 覚悟しておくように!」

「どういう理由で怒られてんだ俺は」


 北条が常軌を逸したスキンシップを繰り広げる度に虎尾が怒るというのが最近の恒例行事となりつつある気がするが、だからといって北条がその程度で止める筈もないのでホトホト困った話なのである。


「大体罰ゲームってこういうのじゃないだろ……もっとデコピンとかさ、ジュースを奢るとかそういうもんだと思っていたんだが……」

「雅継くんを舐めるとか、雅継くんをしゃぶるとか?」

「意味合いが一緒だしそういうのじゃねえっつってんだろ」

「雅継殿を……は、ハムハムするとか――」

「あれ、おかしいな? 虎尾をそんな子に育てた覚えはないんだが」


 そもそも北条の好感度指数は120%であり、その上感情マークも一度だって喜と楽以外の表情は見せたことはないので今更どうこう言うつもりはないのだが……。

 最近虎尾もそれに影響されている傾向があるのは気のせいだろうか。


「と、兎も角! これ以上の不埒なことは厳禁でありますよ! このままでは現代歴史文学研究会が如何わしいお店と勘違いされてしまいますからな!」

「あら、私が雅継くん以外の人間にそんなことをするとでもお思いなのかしら」

「む……そ、それは……」

「それに虎尾さん、規制なんてしなくても勝ちさえすればいいだけなのよ? それだけで私達は自由を手にすることが出来るの」

「いや罰だから」

「それともあれかしら、虎尾さんは――」

 北条が何やら含みを持たせた言い方で虎尾を煽った所で、突然虎尾は手に握っていたトランプの束を北条に向かって突きつける。

「北条殿――第二回戦でありますよ」

「……そうこなくっちゃ」


 虎尾は北条が椅子へと座り直すのを見ると、トランプをシャッフルし、自分と北条に五枚ずつカードを配り始める。


 ……あれ? 俺は?


「……この一回で勝負をつけましょう、私は三枚カードを交換しますぞ」

「構わないわ、私は一枚だけカードを交換」

「ねえねえ、俺が入っていないんですけど? ねえ?」


 完全に蚊帳の外になった俺になど目もくれず、虎尾はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、これでも喰らえと言わんばかりに手札の五枚のカードを長机に叩きつけた。


「終わりでありますよ! 私のターン! フルハウス!」

「残念フォーカード」

「な……! ぐう……む、無念……」


 どうやら一騎打ちでポーカーをしていたようだが、北条の圧倒的な強運が勝ったのか虎尾は呆気なく敗れ去り、苦悶の表情で机に突っ伏す。

 一体何がなんだか……と思っていると、悔しがる虎尾をよそに北条はおもむろに長机の上によじ登ると、何故か仰向けになって寝転び始めていた。


「……何してんの」

「何って、罰ゲームよ、ほら早く眠れるお姫様に目覚めのキッスをしてくれないかしら」

「めっちゃ起きてるんですけどこの人」

「ああさっき食べたポテチにきっと毒が入っていたんだわ……く、苦しい……」

「なんだって……! それはどう考えても殺人事件だな、警察を呼ぼう」

「チッ」


 まともに取り合うと何をされるか分かったものではないので、適当に受け流して対応をしていると、北条は舌打ちの末やっと諦めたのかふうっと小さなため息をつく。


「分かりました、お姫様抱っこで妥協をしましょう」

「全然諦めてないし、妥協すらしてねえなこいつ」

「……え?」

「さも抱っこならセーフじゃないのみたいな顔しないで」

「だ、だって私は雅継くんがスキ――スコティッシュフォールドなのよ」

「照れ隠しにしてもその包み方はおかしい」

「いいから早くお姫様抱っこをしなさい!」


 そう言ってバッと両手を広げる北条。

 無茶苦茶な言われようだが、表情一つ変えずにそんな興奮気味な声を出されては否応なしにお姫様抱っこをせざるを得ない。

 まあさっきと比べればマシか……と思ったが、よくよく考えるとそういえばお姫様抱っこの経験など一度もなかったことに気づく。

 ……しかしこのままでは終わらせてくれる様子は皆無なので、苦戦しつつも慣れない手つきで何とか彼女を抱えると、気恥ずかしさを覚えながらもゆっくりと持ち上げる。


「こ、これでどうだ……?」

「最高ね……このまま死んでもいいぐらいだけれど――やはりキッスが足りないわ」

「は? 何を言って――ぬおおっ!?」


 すると北条は身動きが取れないのをいいことに俺の首に回していた手にぐいっと力を入れ、俺の顔を自分の口元まで引き寄せてくるではないか。


「ぬ、ぬあああ……! こ、こいつ……!」

「ふふふ、今度こそ雅継くんの唇は私のものよ……観念しなさい――」

「だ、駄目だ……」

「北条殿の好きにさせてたまるものですか! ええいっ!」

「ぎええええええええええええええええええっ! や、止め、虎尾……し、死ぬ……」


 この状況に我慢出来なかったのか、突然虎尾が加勢へと入る。

 俺の唇貞操を奪われまいとするのはありがたい、だが何故俺の背中に飛び乗って顔を引っ張るのか……、お陰で首が引きちぎれんばかりの音を立てるので堪らず声をあげる。

 ある意味罰ゲームらしい罰ゲームになっている気がしないでもないが、もうそろそろ死んじゃうからね? 絶対くの字からつの字で首の骨折れるからね?


「ふふふ……虎尾さんやるじゃない……けれど果たして私の愛の力に勝ることは出来るかし……らっ……!」

「私とて意地があります故――こ、これで終わりでありますぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「もう二度と……罰ゲームなんて……しないからな――――――あっ」

「雅継くん!?」

「雅継殿!?」


 とまあ、こんな所で。

 これが、現代歴史文学研究会の日常であり、俺の日常である。

 いつの間にか思い描いていた日常は露と消えてしまっていることに、正直どうしたものかと頭を抱えてしまっている毎日なのだが――

 この生活に慣れてしまっている自分もいるので、何とも恐ろしい話ではある。

 はてさて……これから俺はどうなってしまうのやら……。

 では、俺の首にコルセットが巻かれるのが確定した所で、今日はお開きとしよう。


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