第6話 エクハリトス家の男たち ①

 竜族たちの宴席には欠かせない、パートナーとのダンスがはじまった。


 正式な春の宴では、ダンスの最初の一曲は国王夫妻が踊ることになっているが、今夜は新郎新婦がその役目だ。それでデイミオンとリアナは壁際に立って、のんびりと彼らのダンスを見まもった。


「お似合いだわ」

「そうだな」

「二人が幸せそうで嬉しい」

 リアナが身体を寄せてきたので、デイミオンは長身をかがめ、つむじにキスを落とした。膝の上に座ってくれるか、せめてどちらも座った体勢ならもっと楽にキスできるのだが、なにしろ立っていると身長差があるので……。


「陛下」

 エクハリトスの分家からの一人が、緊張しつつもにこやかに声をかけてきた。隣に着飾った若い女性を連れている。「もしよろしければ、姪にダンスをご指導くださいませんか? この春からシーズンに参加する娘で、陛下のお導きがあればよいご縁があるかと……」

 萌黄色のふんわりしたドレスを着た女性が、恥ずかしそうに目礼する。


 妻との会話を邪魔されたデイミオンは、露骨に不機嫌な顔になった。

「今夜は妻としか踊らない予定だ」


「そうなの?」隣から当のリアナが口をはさんだ。「『女にモテモテの俺のカッコイイ踊りを見たか?』ってやらないの?」

「そんな阿呆をやったことはないだろ」

「シーズンの最初の踊りは、毎年はりきってるじゃない。そのあと自信満々でわたしのところに戻ってきて」

「あれは竜王の義務で、別に――」


「陛下。ぜひうちの娘と」

「いや、妻の姪と」

 別の娘たちと、その保護者まで現れた。

 

「……?……」

 デイミオンはくっきりした眉を寄せ、疑わしげな表情になった。「おまえたち、急にどうしたんだ? 娘たちを勧めてくるなんて」


「いやぁ、それは、その」

「これもよい機会といいますか」


 貴族たちは言葉をにごし、デイミオンはますますかたくなに、不機嫌になった。

「いいからさっさと、その不器量な娘たちを連れて戻れ。目障りだ」


 そうこうしているうちに、今度はリアナにも声がかかった。年配と若い貴族の二人連れが三組ほど、一度に目の前に現れた。

「リアナ陛下も一曲いかがですか、竜王陛下はすばらしい方ですが、私の息子もこれでそこそこ名の通ったダンスの名手でして」

「いや、わが甥もなかなか、騎竜術など見どころのある男で」


 リアナは驚いて、目をぱちぱちさせた。成人したての頃、シーズンに出る前にデイミオンと結婚してしまったので、こうやってダンスの誘いを受けること自体がめずらしい。

 口を開こうとすると、長い腕がのびてきてリアナの胴をかこった。怒りに満ちた低い声が頭上から降ってくる。

「今日は、妻をどの男とも踊らせるつもりはない」


 いったいどんな形相で言ったものやら、リアナからは見えないが、貴族と息子たちは古竜の怒りに触れたかのごとく縮みあがっている。

「そのようなつもりでは……」

「これは失礼を」

 不明瞭な謝罪を呟きながら、いっせいに散っていった。


「? ……みんなシーズンの最初の宴みたいに張りきってるわね。なにかあったの?」

 リアナは腕の中から、夫のハンサムで不機嫌な顔を見あげた。「デイはなんだか、インコみたいに嫉妬深いし」

「俺は嫉妬深くなどない」デイミオンはいらいらと言った。リアナの手がのび、夫の顎の骨ばったあたりをなだめるように撫でた。その指を掴んだデイミオンは、まわりに所有を見せつけるように甘噛みした。


「デイ」

 たしなめるように名前を呼ぶと、夫はしぶしぶ口を離したが、後ろから握った手はそのままだった。「……ヒュー叔父に話がある」

「そうなの?」

「ああ。夫婦のことに画策されるのは我慢ならん」

 なんの話かよくわからずにきょとんとしている妻の指の、自分でつけた噛み跡に口づけてから、デイミオンは背後に控えていた〈ハートレス〉の護衛を呼んだ。

「ケヴァン」

「はい、陛下」

「私が戻るまで王妃に張りついておけ。声をかけてくる男がいたら、竜王から指一本くらいは切り落とす許可が出ていると脅してやれ」

「御意に、陛下」


「ちょっと、デイ……」リアナは声をかけたが、夫は無視して部屋の中央へ進んでいった。長い脚でずんずん大股に歩くので、ほんの数歩で「ヒュー叔父」ことヒュダリオンにたどり着きそうだ。


 リアナが遠くから見ているうちに、夫は義理の叔父と口ゲンカをはじめた。デイミオンが怒ると雷がとどろくようで、ほとんどの男がすくみ上がるが、そこはさすがにエクハリトス家の男だけあって、ヒュダリオンも負けてはいない。


「なんなの、いったい? ……ほんとに、あんなに焼きもちやきじゃなかったのに」

 リアナはいぶかしんだ。


 二人とも声が大きい男たちだから、音楽にまぎれても口論は伝わってくる。シーズンがどうの、夫婦のことに口を出すなだの、そうはいってももう十年も……だの。

 それでなんとなく分かってしまって、リアナはため息をついた。そして、ダンスの相手にと望まれたときに夫が怒った理由も、だいたい想像がついた。初婚同士で、十年も子どもができないのだから、竜族の慣習ではそろそろ次の配偶者パートナーを探しはじめる頃合いということだ。

 世話焼きのヒューが、結婚式にかこつけて、おたがいに新しい候補者を見つけてやろうと画策したのだろう。そして、デイミオンはそれに怒っている。


「……なるほどね」


 リアナもデイもまだ、ほかの配偶者パートナーを探すという宣言をしていない。だからヒューの行動はマナー違反ではあるのだが、親族のおせっかいと呼べない範囲でもない。

 二人のいさかいを止めたくはあるが、自分が割って入ると、よけいに話がこじれそうだし……と考えていると、ふと会場がざわめいた。

 急ぐように入ってきて、グウィナと抱擁をかわしている人物――。


 遅れてきたことを明るい声で謝罪しているのは、息子のヴィクトリオンだ。グウィナそっくりの赤毛で、すっかり背が伸びてたくましくなり、いっぱしの青年貴族に見える。だが、注目を浴びているのはもう一人の人物のほうだった。この会場でたった一人だけ、白い長衣ルクヴァを身につけている。でもそれは北方領主のナイルではない。


 かつては正装を許されなかった男。〈竜の心臓〉をもたぬ〈ハートレス〉。さまざまな二つ名を持ち、英雄でありながら竜殺しスレイヤーとも呼ばれる男。


 会場に現れたのは、フィルバート・スターバウだった。

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