後輩は積極的

Joker

第1話

「きょ、今日からお世話になります! 石川愛実です!!」


 そう元気よく挨拶をしたのは、美少女と言って問題のない女子高生の女の子だった。

 その元気な挨拶とは裏腹に、見た目はなんだかギャルっぽい。

 今時の女子高生という感じで、俺は第一印象から苦手意識を抱く。

 俺こと、岬次郎(さき じろう)はそんな彼女に挨拶を返し、厨房の方に向かった。

 俺がバイトしているこの店は、全国チェーンのハンバーガーショップだ。

 バイトを始めて一年、色々あったがこのバイトは気に入っている。

 

「おはようございまーす……」


「あぁ、おはよう次郎君。新しいバイトの子とは会った?」


 厨房に行くと、先にバイトに入っていた、同い年のフリーターの小山大志(こやま たいし)に声を掛けられる。

 

「うん、可愛い子だったけど、なんかああいう子は直ぐにやめそうだな……この店は慣れるまでが大変だからな」


「そうだよね、でも容姿はすごく良いよね」


「鼻の下伸びてるぞ……ほら、オーダー入ったぞ」


「りょーかい」


 俺の予想は外れた。

 石川さんはどんどん仕事を覚え、仕事に慣れていった。

 素直で可愛い石川さんは、店の男女どちらからも人気だった。

 しかし、そんな彼女がバイトに慣れ始めた頃、事件は起きた。


「ご、ごめんなさい……わ、私はその……お付き合いとかは……できないです!」


 シフトが終わり、着替えを済ませて帰ろうとしたところ、休憩室の外で何やら怪しい会話が聞こえてきた。

 声の主はおそらく石川さんだろう、そしてもう一人は……。


「え~、良いじゃん! 付き合ってる人居ないんでしょ?」


 この店の問題児、岩崎だった。

 年は俺の一個下で、確か大学を中退していたはずだ。

 岩崎はあまりシフトに入らない上に、入ったら入ったでやる気がない。

 真面目に仕事をしないし、シフト中に女の子をナンパするようなチャラ男だ。

 なんでこんなのを店長は雇ってしまったのだろうか?

 まぁ、人が居なかった頃だったから仕方ないのだが……。


「い、いや……あの……私はそういうのに今は興味は……」


「付き合ってる人居ないんでしょ? 良いじゃん良いじゃん~」


 まったく、休憩室の前でそんな話をするなよ、出にくくなっただろうが……。

 俺はどうしたものかと考えながら、とりあえずスマホを取り出し時間を潰す。


「ねぇ、良いじゃんか~」


「い、いや……こ、困ります」


 それにしても岩崎はしつこいな……。

 すっぱり諦めろよ、なんてことを思いながら俺は早く岩崎が諦めるのを待つ。

 しかし……。


「じゃあ、友達からってことでどう?」


「だ、だから……そういう事じゃ……」


 いや、どんだけ粘るんだよ!

 もう諦めろよ、考えればわかるだろ、脈なしなんだよ!


「じゃあ、今日は送って行ってあげるよ。もう夜も遅いし」


「え……あの……それはちょっと」


「良いから良いから!」


「いやっ……あ、あの…」


 流石にそれはやばいのではないかと思い、俺は思わず休憩しつのドアを開けて外にでる。


「え……岬さん?」


「あ、お疲れっす……」


 休憩室の外では、岩崎が石川さんの手を掴んで連れて行く寸前だった。

 俺は彼女を助けなくてはと思い、咄嗟に彼女の空いているもう片方の手を握る。


「ごめんな岩崎君。石川さんは俺が送っていくことになってるから」


「え……え?」


「はい? ほんとっすか?」


 そんなに睨むなよ……怖いわ。

 俺は岩崎にそう言うと、石川さんを連れて外に出る。

 店を出て少ししたところで、俺は石川さんに尋ねる。


「大丈夫? あいつはちょっと面倒な奴だから気を付けた方が良いよ?」


「は、はい……あの…ありがとうございます」


「いいよ別に、バイト先で揉め事も面倒だし、俺か店長に岩崎とシフト被らないように調整してくれって言っておくよ」


「ありがとう……ございます。あ、あの……」


「ん? どうした?」


「その……手が……」


「え? あ! ご、ごめん!!」


 俺はいまだに石川さんの手を握っている事に気が付き、直ぐに手を離す。

 石川さんは顔を真っ赤にし、うつむき気味に答える。


「い、いえ……だ、大丈夫です」


 夏が近づいてきていた六月の夜。

 これが俺と彼女がちゃんと話た最初の出来事だった。





 大学に入って二年目の夏が、もうじきやってくる。

 夏のハンバーガーショップのバイトは正直キツイ。

 油を使うフライヤーはいつも以上に熱いし、慣れてない人は油酔いをする。

 鉄板もジュージューと熱せられており、ハンバーガーショップの厨房はまさにサウナ状態。

 一応エアコンもあるが、あまり効き目はない。


「あっつ……」


 俺は大学から自転車でバイト先に向かっていた。

 汗を搔きながら自転車をこいでいると、スマホの通知音が鳴った。

 なんだろうと思い、俺は自転車を止めてスマホの画面を開く。


【今日は何時で上がりですか?】


 連絡をしてきたのは、愛実ちゃんだった。

 初めて愛実ちゃんと出会ってから約一年が経過しようとしていた。

 最初はあまり話をしなかった俺たちも、今ではすっかり仲の良い先輩後輩だった。


「確か……今日は20時までだったな……」


 俺は愛実ちゃんに「20時までだよ」と返信をし、再び自転車でバイト先に向かう。


「お疲れ様でーす」


「ん、お疲れ次郎君」


「あぁ、今日は小山とシフト一緒か」


「うん、静かだといいねぇ~」


「まぁ、平日だしそこまで混まないだろ?」


 休憩室に入るとそこには、先にシフトに入っていた小山が休憩を取っていた。

 俺は休憩室の奥にある男子更衣室に入って着替えを始める。


「ん? 返信帰ってきてるな」


 着替えの時にスマホを取り出すと、愛実ちゃんから連絡が返ってきていた。


【じゃあ、ごはん食べに行きたいです! アイゼリア希望です!】


 いや、君は受験生だろ……。

 なんてことを考えながら、俺は返信する。


【受験生だろ? 勉強しなさい】


 直ぐに返信が返って来る。


【じゃあ、勉強教えてください!】


 返信早いなと思いながら、俺は再び返信を返す。


【俺はそこまで頭良くないよ】


【じゃあ、ご飯行きたいです!】


 振り出しに戻ってしまった。

 俺はため息を吐いて、スマホをロッカーに仕舞い、制服に着替える。


「さて……今日も行きますか」


 俺は自分自身に気合を入れて、小山と共に厨房に向かう。


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