比翼の鳥

巫夏希

第1話


比翼の鳥




 比翼の鳥、というらしい。

 一つの翼と一つの目しか持たないため、オスとメスが協力して飛び立つのだという。

 ならば、私たちのような関係は、空へ飛び立つことすら叶わせてくれないのだろうか――。




「マキ、ここに居たんだ」


 空き教室を借りて、勉強をしていた私の耳に入ってきたのは友人のミキの声だった。

 片耳だけしていたイヤホンを外して、私はミキの方を見る。


「ミキ、どうしたの? ここにやってくるなんて珍しいじゃん」

「えへへ。先生から聞いたんだよ。……ま、別に何かあった訳じゃないけどさ」


 高校三年生の冬にもなれば、自分たちがどのような進路を進むのか大抵分かってくる。

 ミキと私は大学に進学することが決まっている。とはいえ、試験に合格しなければ実際に大学に行くことは出来ないけれど、その話をするのは野暮だ。


「ミキも勉強しに来たの?」

「ん。まあ、そんなところかな。珍しい?」

「別に。珍しいなんて事は無いと思うけれど」

「嘘だ」


 ミキは私の首に手を回す。ちょうど彼女が私に寄りかかる形になっている状態だ。


「どうしたの、ミキ」

「私はあなたのことを、嫌いだなんて思ったことは無いよ」

「どうしたの、急に」

「あなたは私のこと、嫌いだと思ったことは? どうかな」

「何を言っているの」

「聞いているのはこっちの方なの。マキ」


 ミキは、私の首を強引に横に回した。

 痛い。痛さが私の首に重くのしかかる。

 そして、そのままミキは私に軽く口づけを交わした。

 甘い香りがした。

 ミキの唇は、甘い香りがした。


「ねえ、マキ」


 唇を離してから、彼女は私に告げた。


「マキは私のこと、どう思っているの?」




 あれから。

 ミキは何もしないでそそくさと帰って行ってしまった。

 何故彼女がここにやってきたのか、今の私には分からない。今の私にはわかり得ない。今の私には分かるはずが無い。

 そもそも――。

 あの口づけを思い出して、私は顔を赤らめる。

 何故? どうして? 口づけを交わしたの?

 私にはまったく分からなかった。

 今の私には、まったく分かるはずが無かった。




 結局。

 勉強には手がつかなかった。部活動も終わる午後五時になって、先生がやってきた。


「そろそろ鍵閉めるぞ。出る準備しろ」


 男の先生だった。別に知らない先生というわけでは無い。担任の先生だから、学業についての私のことなら、何でも理解していることだろう。

 だからといって、あのことを質問出来る程、私は馬鹿じゃなかった。

 だから結局。

 私はその議題を持ち帰ることしか出来ないのだった。




 お風呂は命の洗濯だ、と誰かが言っていたような気がする。

 私にとってそれは今重要なことのように思えてくる。

 ミキが言ったあの言葉。私のこと、どう思っているの? あれは――告白とみて間違い無いのだろう。

 けれど、私とミキは同じ女性同士。確かに女性同士の恋愛も認められている今日この頃、別にそれが障壁になることは無い。

 けれど、だけれど。

 それをどう思うかという話に繋がってくる。

 私は彼女のことをどう思っているか。まあ、勿論、幼馴染で、友達で、それからそれから。

 ……ええと、何が思い浮かぶだろうか。

 そう言われると意外と思い浮かばない。


「私は、ミキのこと、どう思えば良いんだろう……?」


 私は考える。

 ミキのことをどう考えればいいのか。

 マキとしてミキにどう接せばいいのか。

 私は私の考えで動く。それと同じようにミキもミキの考えで動く。

 ならば、私は?

 私は彼女のことを、どう思えば良い?


「思ったら思っただけ思い浮かぶというか……思い浮かばないというか……」


 ぶくぶく。

 口から息を吐き出し、泡を作り出す。

 ああ、私の考えもそんな泡沫のように消えてしまえばいいのに。



 ◇◇◇



「お姉ちゃーん、まだ出ないの?」


 ガラガラ、と扉を開ける音を聞いて私は目を覚ました。

 どうやら私はミキのことを考えていたら、のぼせてしまっていたらしい。


「あ、ごめん。もうすぐ出るから、ちょっと待ってて……」

「お姉ちゃんの好きなものまね歌合戦始まっちゃうよ。急がないと」


 そうだった。今日は九時から見たいテレビがあるんだった。

 そう思って私は急いで湯船から脱出? するのだった。




 次の日の朝。教室にて。

 私とミキの席は前後だ。だからいつでも話し合えるし、いつでも会いに行くことが出来る。

 そして、ミキが座るや否や、こう言った。


「昨日の話、考えてくれた?」

「あ、あー。昨日の話ねと、それは……」

「まさか、忘れたなんて、言わないよね?」

「わ、私が!」


 ちょっと大きな声を上げたので、周囲がこちらを向いた。

 その視線にちょっとどぎまぎしつつ、さらに話を続ける。


「私の大学進学が決まったら、話の結果を言ってもいいかな」

「………………分かった。マキがそう言うなら、そうするよ」


 意外にもあっさりと諦めてくれたような気がする。いや、それともこれは諦めと言えるのだろうか? 私には分からない。いずれにせよ、引き下がってくれたと言うこと。それが今の私にとっては肝心であり重要なことだったのだから。




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