44 桐生院知花の憂鬱 -11-

「え…明日?」


 あたしはその言葉を聞いて、寂しい気持ちになった。

 千秋さんが…明日日本を発つ。と…


「ああ。これでも俺、結構需要があるんだよね。」


「…千秋さんなら、きっと世界中から求められてるとは思いますけど…でも…」


「でも…?」


「……」


 こんなに電子基盤や改造の事で話せる人…他にいないのに…

 なんて、あたし…厚かましいよね。

 仮にもIQ200以上の人と、勝手に話が合うって思うなんて。



「…千秋さんが居てくれると、千里が嬉しそうだから…どこかに行かれるのは寂しいだろうな…って…」


 小さくつぶやくと、千秋さんはふっと優しい顔をして。


「知花ちゃんは?」


 首を傾げた。


「え?」


「知花ちゃんは、寂しくない?」


「……」


 しょ…正直に言っていいのかな。

 厚かましくないかな。

 そう思いながらも…


「…寂しいです…」


 小声で答えた。


「ははっ。無理矢理言わせちゃったな。」


「えっ…いえ、本当です。本当に寂しい…です…」


「…そう思ってくれるの、嬉しい。ありがと。」


「…いえ…」



 今日は、あたしも千里も休みで。

 突然、千里が子供達を連れて『ちょっとそこまで出かけて来る』って出て行った矢先…千秋さんが来られた。

 すぐ帰って来るだろうと思ってたんだけど…



「庭、歩いていい?」


 千秋さんが、広縁から眺めていた庭を指差す。


「はい。」


「一緒にどう?」


「あ…はい…。」



 千秋さんと庭に出て、のんびりと塀のそばを歩く。

 立ち止まって家を見上げる千秋さんに釣られて、あたしも視線をそちらに向けた。


「…千里の居場所は、時間がのんびりで心地いいな。」


 眩しそうな目の千秋さん。


 …確かにここは、そうなのかもしれない。

 あたしは長い間この家を出てしまっていたけど…

 自分の考えを改めて、子供達と帰ってからというもの…心地いい我が家でしかない。

 そう思える場所があるって…幸せな事だ。


 千里も…そう思ってくれてるのかな…。



「知花ちゃん。」


「はい?」


「千里の事、好き?」


「…え?」


「好き?」


「……」


 千秋さんが、振り返ってまでそう言って。

 あたしは…つい、赤くなってしまった。

 ど…どうしてそんな事…



「え…えと…はい…」


「はいじゃなくて、好き?」


「……」


 千秋さんは、笑ってるけど…

 目が、何だか…



「…好き…です…」


「愛してる?」


「……愛してます…。」


 変な気分。

 そう思いながらも、問われてる事に答えた。

 …本当の事だし…いいけど……恥ずかしい!!


 額に汗をかいて、それを手の甲で拭ってると、千秋さんが小さく笑った。

 …あ、いつもの笑顔だ。

 そう思ってホッとすると…


「アキちゃーん!!」


 華音と咲華の声が聞こえた。


「帰って来たね。」


 千秋さんが二人に手を振る。


 そして…


「え。」


 突然、手を取られた。


 え?え?え?えええええ?



 あたしの動揺も見て見ぬフリ?

 千秋さんは、あたしを振り返りもせず、だけど手を握ったままずんずんと歩いて行く。


 えっ…ええ!?

 手を繋いだまま家に入るの!?

 ちっ…千里に見付かったら…!!

 ど…どうしたら…っ!?


 振りほどく勇気もないあたしは、されるがままに手を引かれた。



 振り返らない千秋さんが。

 どんな顔をして歩いてるかなんて…知りもしないで。

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