41 神 千秋の暇つぶし -12-

『えーと…この人数は…』


 カンナから『SHE'S-HE'Sのリハ見に行かない?』と誘われて。

 見に行く。

 いや、やっぱり行かない。

 て言うか、なぜカンナがSHE'S-HE'Sを?


 知花ちゃんが歌うところを見たら…鎮めようとしている気持ちも鎮まらない気がして。

 いや、別に鎮めるほどの気持ちじゃ…


 そうやってウダウダと考え込んでる間に、俺とカンナが話してる所に来た千里が。


「何だそれ。俺も行く。」


 と言い…


「えー、SHE'S-HE'Sのリハの時に俺らが暇って珍しいー。」


 F'sのギタリスト、東 圭司もついて来た。


 そうしてCスタに向かってると…


「ん?なんや?このメンツ。」


「何か始めるのか?」


 朝霧さんと高原さんまで…


 恐らく見学者はカンナだけだったはずのスタジオには、結局六人が押し掛けてしまい。

 …狭い。



「俺らの事は気にせず始めろ。」


 高原さんにそう言われたものの、知花ちゃんを始め、メンバーは顔を見合わせて複雑そうな顔。

 そんな様子を見た千里は、ツカツカと知花ちゃんに近付いて。


『ストレスか?腹に良くないなら皆追い出すから言え?』


 小声のつもりなんだろうが、知花ちゃんの持ってるマイクに入りまくってる。

 …ボーカリストを生業としている俺の弟は、幸せだとそれもボケてしまうのだろうか。



「う…ううん…そんな事ない。ただ…ちょっとビックリして…」


 チラリと視線を向けられたカンナは、首を傾げてわざとらしい笑顔を返す。

 …二人の間に何があったかは分からないが、先日まで感じてたカンナのトゲがなくなっているように思えた。



「オーディション思い出すな…」


「思ってたけど言うなよ…マジで緊張するから。」


 ギタリストの二人がそんな事を言い合いながらギターを構え直す。

 …こうして見ると、このバンド…美形揃いだな。

 メディアに出てないのがもったいない。



「じゃ、いくぜ。」


 朝霧さんの息子がみんなを見渡して、スティックでカウントを取る。

 次の瞬間…


「っ…」


 驚くほどバッチリなタイミングで、全楽器の音が始まった。

 スタジオでの音を聴き慣れてない俺とカンナは、その音の大きさに肩を揺らせる。


 まるで…

 CDを聴いてるのかと思うほど。

 確かに目の前で演奏されているそれは、寸分の狂いもない。

 そして…


「…え。」


 隣にいるカンナから、そんな声が漏れたような気がしたが、もしかしたら俺からも漏れたかもしれない。

 知花ちゃんが…



 まるで、別人だ。



「…すげーだろ。」


 千里が斜に構えて俺とカンナを覗き込む。


「……」


 どちらかと言うと…いつも自信のなさそうな顔をしてて。

 ふわっとした笑顔と、華奢な体から想像させられる歌は…ハードロックからは掛け離れていた。


 が。

 目の前で知花ちゃんが歌ってるのは、まぎれもなくハードロックだし…

 それ以前に…


 これ、知花ちゃんか…?

 顔付が…全然違う。

 まるで別人だ。



「……」


 カンナの向こう側を、さりげなく見る。

 腕組みをして、真剣な目で…知花ちゃん見てる千里。

 それは、妊娠中の妻を心配するようでもあり…

 それでいて、いちボーカリストに向ける眼差しにも思えた。


 …二人は、お互いをリスペクトしていて。

 誰にも…入る隙はない。

 いい暇つぶしになると思ってたのに、気付いたら本気で幸せが欲しくなって。

 束の間でも…恋のような、何かを味わった。

 今となっては、恋とは…思いたくない。

 大事な弟の、大事な女性だ。



 一曲目が終わって、間髪入れず二曲目が始まった。

 SHE'S-HE'Sも歌詞は英語。

 千里は意外と情熱的な歌詞を書くが…SHE'S-HE'Sの歌詞は抽象的だな。

 しかも、サウンドがそうだからなのか…内容も少しハードだ。

 誰が書いてるんだろう。


 でも、今聴くにはそれでいいと思った。

 ラブソングなんて聴いたら…泣いてしまいそうだ。



 そう思っているところに、三曲目はスローなイントロ。

 美しいピアノの旋律で、すでに胸を打たれた気がする。

 さっきまでシャウトしてた知花ちゃんの声が、耳の奥をくすぐるようなウィスパーボイスに変わった。

 あー…なんて心地いいんだ…


 目を閉じて聴いていると、それまでのハードな歌詞とは少し違って…繊細な心の揺れについて歌っている事に気付く。

 歌詞の中の『自分』が、当然のように進む事に疑問を抱き、立ち止まって自分と向き合う…といった内容だ。


 …自分と向き合う…

 それって、簡単なようで難しい事だよな。

 自己分析なんて、自分で分かったつもりになってるだけだ。

 …俺も、そうだ。



 ずっとバカにし続けて来た兄弟と、もっと話をしたいと思った。

 それでも俺は、これからも…兄貴達をバカにしたような目で見てしまうかもしれないが…

 千里だけは、違う気がした。


 千里は可愛くて憎らしい弟。

 そうだけど…

 もしかしたら、友人のような弟にも成り得るのかもしれない。



 …ここに来たのは、ある意味正解だった。

 ビートランドに関わる事が出来て、自分の能力の自信がさらに上がったのは言うまでもないが。

 恋に関して臆病なのは…玲子のせいだと決めつけてた自分に気付けた。

 …玲子は何も悪くない。

 むしろ…いい女だ。

 ちくしょ。

 千幸にはもったいないぜ。



 そして…

 ここは俺には温かすぎる。

 今以上の自分を求めるなら…ここを離れるべきだ。



 バラードの後、少しポップな曲が始まった。

 それは恋についての歌で。

 隣にいるカンナが笑顔で頷いていたあたり…何か共感出来る部分があったのだろう。



 最後の曲が終わると、全員で立ち上がって拍手をした。

 知花ちゃんは照れくさそうに何度もお辞儀をして、人前でやるのが久しぶりだったのか、メンバー達も嬉しそうにハイタッチを繰り返した。

 …この前見たF'sのLIVEのようではなくても、これもLIVEだと思えた。



 暇つぶしに幸せを欲しいと思った。

 しかも弟の幸せを。

 …バカだな俺は。

 天才と言われるのに、大バカだ。



「あー、意外と良くてビックリした。」


 両手を伸ばしながらそう言ったカンナに注目が集まった。

 あーあ…バカだな、こいつ。



「意外と、か?」


「だって。知花さんって、いつも自信なさそうな顔してたから。ヘナチョコなの想像しちゃうじゃない?」


「厳しい奴だな。」


「誉め言葉だけど?」


 千里とカンナのやり取りを、みんなは静観してる。

 だけど…今までならビクついてたはずの知花ちゃんが、笑顔だ。


 その笑顔を見ながら…胸の痛みがゼロではない事に気付く。

 やっぱり、鎮めようとして鎮まるものじゃないな。

 玲子の時は怒りで鎮めようとしたが…


「……」


 恋については凡人以下の俺は。

 この気持ちの持って行き方について、アドバイスをもらう事にした。

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