第30話

 いつもの巡回路である通りやすい大きな道路を無視して、建物を破壊しながら赤龍が私たちの跡を追ってくる。

 背中の外骨格が展開し、燐光を放つ翅が広がってその巨体が浮いた。

 視線を四方に送っているところを見ると、私たちの移動が速やかだったため、失索したらしい。

 まるで、雷鳴のような声。不意を討たれて苛立っているのだろうか?

 今、私たちが潜んでいるのは、半ば崩れたビル。

 そこの瓦礫の影からの狙撃を狙っている。

 空を飛びやがったのは、想定したシナリオの中では、最悪の部類に入る。

 『龍吐息ドラゴンブレス』の直撃を避けることが出来ても、発生する熱波の範囲内にいれば、焼け死ぬ。

 だから、撃っては素早く隠れるといった、『ヒット&アウェイ』がキモになるのだが、空に居座られると、そのタイミングがシビアになるのだ。

 だからといって、離れすぎてもいけない。これは、仕掛けた罠への誘導であるのだから。

 塔の隣の商業施設ビルに、赤龍を誘い込まなければならない。

 悪鬼との交戦のダメージは全くないだろう。

 悪鬼が持っていた武器は、多分、彼らの世界の武器。仕組みが究明されていない『装甲被膜』に阻まれて、傷一つつけられなかったから。

 この転移してきた空間のガードレールなんかを武器に加工すれば、赤龍には通用したかもしれないけど、今ここにある空間の赤龍やアンちゃんの世界以外の魔導生物にも通用するかどうかは、分からない。

 ううむ、良く考えたらアンちゃんにも『装甲被膜』はあるのだろうか? 殴ったり、撃ったりするなんて可哀想でできないから、実験していないけど……。

 政府の魔導研究機関は、もっと詳しい解析をしているのかも知れないけれど、こういった事柄は軍事機密に類することで、厳重に秘匿されているだろうし。

 まぁ、ここで論じても推測の域を出ない。今は『人間ナイアガラ』作戦に、集中、集中! どうも『人間』の部分が気になっちゃうんだけどね。レマ・サバクタニのネーミングセンスは、ダサいを通り過ごして『不思議ちゃん』入ってる。キモい。

 瓦礫の間に隠れながら、上空から私たちを索敵する赤龍をやりすごす。

 だいたい、上空五十メートルくらいのところを飛んでいるようだ。

 本当は、地上に居る赤龍を建物越しに曲射する予定だったのだけど、それを対空砲火に応用しなければならない。難しい射撃になってしまった。

 狙うのは、カブトムシっぽい翅。

 『龍吐息ドラゴンブレス』の副作用である高熱を放熱したり、力場を発生させて飛んだりする、けっこう重要な器官が翅だ。だから、通常はキチン質の外骨格で守っている。

 こっちが発見されやすくなるというリスクはあるけど、敵が上空に居る間は翅が常に露呈している点は有利だ。動きが早くて、ピンポイントで翅を狙うのは至難の業だけど、アンちゃんは『自動照準オート・エイム』と『追尾ホーミング』の能力持ち。翅を撃てれば、この作戦はかなり有利になる。

 瓦礫の隙間から、上空を通過する一瞬をとらえて射撃しなければならない。

 うまく、こっちに誘導できればいいのだけれど。

「ねぇ、今、盾に付属している射出機構には、何が入ってる?」

「鉄球だが?」

 『装甲被膜』に守られた相手を、圧力で押し戻したり、仰け反らせたりする代物だ。

「それで、赤龍を撃ってよ」

「こいつは、至近距離で使うモノだぜ。当たりゃしねぇし、当たっても『装甲被膜』でかすり傷一つ負わせられやしねぇ」

 射線に誘導。それが目的なのだからそれでいい。

 ぶんぶん飛び回っているのがウザいから、それを叩き落としたい。

「わかった、こっちに来させるわけだな? やってみよう。とにかく、今はおめぇとチビ頼りだ。やってやるぜ」

 レマ・サバクタニが鉄槌から薬莢を一つ外して、盾の杭打ち機構に嵌め込む。

 その爆発の圧力で、円筒に収められているゴルフボール大の鉄球が飛ぶ。

 狙撃用ではないし、円筒内にはライフリングなんかもないので、精度は低いし、射程も百メートルも飛べば殆ど威力も減衰する。

「こっちが、翅を撃ったら、即移動ね。応射来るよ」

「まかせとけ」

 赤龍は、上空を旋回して索敵している。

 『龍吐息ドラゴンブレス』で絨毯爆撃でもされたら、ひとたまりもなかったけど、そういう知恵が無いのか、それとも使用制限数があるのか、謎だ。

 転移してきたアンちゃんたちの世界と違い、こっちの世界では龍の研究は殆ど進んでいない。

 双眼鏡を覗く。

 龍が、こっちに背を向けたタイミングで、撃つ。その機を狙っていた。

赤龍が「なんとなく、こっちの方向だなぁ」という程度の認識が望ましい。

 彼奴の全長は尻尾も含めておおよそ二十五メートルくらいか。

 あの翅でよくその巨体を支えられるものだ。

「上空五十メートル。六時の方向。距離およそ百メートル。射撃用意……」

 蠅じみた動きで、カクンと赤龍が方向を変える。今だ!

「頭出せ、サバクタニ! 狙え…… よし、撃て!」

 ポンと鉄兜を叩くと、レマ・サバクタニが立ち上がり、ピタリと杭打機を構え『パチパチ君』を発動させる。

 火薬の爆発。轟音。その爆圧に鉄球が撃ち出され、赤龍の方に飛んでゆく。

 だが、その鉄球は約百メートルを超えると急激に減速し、重力に負けてヘロヘロと落下してしまう。

 その途中で、赤龍を掠めた。杭打砲の性能を考えると、上出来の部類に入る。

 赤龍がカクンと方向を変え、こっちに向かってくる。

 素早く伏せたので、目視はされていないはず。

 直線でこっちに向かっていると想定した。

 真横にアンちゃんを構えた。

 念じるのは、私の後方から接近しているはずの赤龍の姿。

「撃て!」

 あさっての方向に『念弾エネルギーブリッド』を撃つ。三連射。

 五十メートルほど瓦礫に隠れて進んだ『念弾エネルギーブリッド』は、キュンと空気を裂く音とともに、上空に角度を変え、瓦礫を飛び越えると再びカクンと角度を変えた。赤龍の方向へと。側撃&翅狙い。

 これは『追尾ホーミング』の応用。アンちゃんと練習した変則射撃術。これじゃ、ますます左腕に銃を持つ有名宇宙海賊だ。

「退避!」

 レマ・サバクタニの鉄兜を叩く。ものも言わずに、彼は走り出した。

 アンちゃんの広げた翅から、むっとした熱気。アンちゃんが放熱するときは、なぜかローズマリーの匂いがする。そして、『再起動リセット』。アンちゃんの内臓の損傷が「そんなことはなかった」状態に巻き戻る。

 チラリと赤龍を目視した。

 やっぱり、側面からの不意打ちの『念弾エネルギーブリッド』だったのに、その方向に頑丈な正面装甲を向けていた。

 つまり、赤龍は猛禽並みに動体視力が良くて、反応速度は空中でも脊髄反射よりも早いということ。

 くそう! ※ュー※イプかよ。(一部モザイクがかかります)

 普段の昼行灯ぶりからは、全く想像も出来ない動き。

 赤龍の鱗と窒素を含む多糖高分子体……つまりキチン質の外骨格に当たり甲高い音を立てて跳弾した。

 火球が、カッと開いた赤龍の口内に形成され、一直線に火線が走る。

 『念弾エネルギーブリッド』が飛び出た地点が炎に包まれ、坂道をスケボーで逃走する私たちのところにも、熱波が走る。

「あちち!」

 アンちゃんを庇って、背を向けたけど、またチリっと髪が焦げた。

 パンチパーマになったら、どうすのよ! ウッメは好きだけど、髪型まで同じにするつもりはないし!

 クンッと、蠅じみた動きで、赤龍が角度を変えた。

 あ、見つかったかも。

 追尾してくる。放熱が終わったアンちゃんを構える。

「追ってくるよ! そのまま逃げ続けて! 迎撃してやるっ!」

 今度は、互いに目視しているので、『自動照準オート・エイム』を使う。

 狙うのは、キモい翅。

 赤いドットが、『視覚同調シンクロ』した灰色の視界に浮かぶ。

「撃て!」

 火薬が推進剤じゃないから発砲音はしないけど、空気を裂く鋭い音がキュンキュンキュンと三度鳴る。

 やっぱり、赤龍の動体視力と反応速度が半端ではない。

 彼我の距離二百メートルほど。初速は秒速千メートル。まばたきより早く着弾するはずが、あの巨体を射線から逸らしたのだ。

 でも、今回は『自動照準オート・エイム』と『追尾ホーミング』の能力を上乗せした射撃。

 カクンと『念弾エネルギーブリッド』が、赤龍の動きを追尾していた。

 二発は僅かに狙いを逸れて翅を守る外骨格にぶち当たり、カカーンと弾かれる。

 だが一発が、辛うじて翅を貫通して、外骨格が展開して露呈した背中に食い込む。やった!

 姿勢を制御できなくて、赤龍が民家に突っ込んで転倒する。

 発射準備していた赤龍の『龍吐息ドラゴンブレス』は、大きく上方に逸れた。

 あ……危なかった! まともに食らったら、こっちは消し炭になるところだった。

「よし『空樹の塔』が見えてきたぜ、勝負だ!」

 どこが水源か分からない運河にかかる橋を通過し、階段を飛越する。

 レマ・サバクタニは、大人になってもスケボー少年のままの、ちょっと痛い人みたいに器用にカーブして、塔に隣接する商業施設に向かう。

 瓦礫と化した民家から、むっくりと身を起こして、憤怒の雄叫びを上げつつ、赤龍が地響きを上げて追尾してきた。痛めた翅は修復中だろうか?

「ぶっ殺す!」

 私が叫ぶ。焦げた髪の恨み、晴らしちゃる。

「あぎゃる!」

 私を真似してアンちゃんも叫んだ。


 あ……教育上、良くなかったかしらん?


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