第28話

 アンちゃんへの体の負担を考え、確かめるべき百十七項目の実験から、ごっそりと七十三過程を削る。

 私の『再起動リセット』があるとはいえ、アンちゃんはまだ子供。

 無理はさせられない。

 助かるのは、餌が人間の食料と兼用出来る事。

 専用フードが必要だと、荷物が増えてしまう。

 肉体の損傷を無かった事にするという曖昧な能力『再起動リセット』だけど、無から有は出来ない。

 従って、餓死などは修復できない。

 アンちゃんの実験で『龍吐息ドラゴンブレス』を確認したのだけど、その大きなエネルギーの供給源は、どうやらアンちゃん自身の生命力に由来しているらしく、実験後彼女は空腹を訴え睡眠をむさぼる。

 臓器への損傷は『再起動リセット』で修復出来るけど、消耗は食べて飲んで眠ることでしか賄えないようだ。

 実験後の食事では、アンちゃんは健啖家ぶりを見せる。

「んぎゃい」

 時々、私を見ながらそんな事を言う。ご機嫌だ。まるで「旨い」とでも言っている様だった。

「そうね、おいしいね」

「やむやむ」

 がっついて食べる時は、そんな声が漏れる。猫みたい。

「ごめんね、実験、辛いよね」

 私も、アンちゃんと同じ実験動物扱いされていた。

 無邪気にご飯を頬張るアンちゃんをみていると、何も考えようとしていなかった自分を思い出してしまう。

「協力してここから出ようね。ずっと一緒だよ」


 レマ・サバクタニは、この塔を決戦の場所に選んだ様だった。

 正確には、この塔の隣に併設された商業施設のビルを『罠』に使おういう作戦。

 私が実験をしている一週間の間、レマ・サバクタニは、赤龍を尾行し、監察し、行動パターンを知ることに時間を費やしていたのだけれど、鉄杭を踏み抜いて怪我をしたという事実をもとに作戦を組み上げたのだった。

 赤龍は怪我をした。

 つまり、少なくとも、赤龍と一緒に、この転移してきた世界の物体に関しては、装甲被膜は効果を発揮していないということ。

 私に図解して見せた作戦は『人間ナイアガラ作戦』という。

「人間って何なのよ?」

「いやぁ『ナイアガラ作戦』でもいいんだけどよ、なんとなく『人間』って足したくなったんだよね」

 意味わかんない。まぁ、作戦名なんてどうでもいいけど。

「……で、いつ決行?」

「そうだな、仕掛けも必要なので、明後日。あまり日数を伸ばしたくないからな」

 反転型地下迷宮は深部に降りるほど不安定だ。

 転移に巻き込まれて、原子レベルに分解とか勘弁してほしい。

 アンちゃんの登場で、愛用していた連射ボウガンはお役御免。

 残った爆裂矢の爆薬は、『人間ナイアガラ作戦』の罠に転用される。

 この三キロ四方の空間に、抜け道は無い。レマ・サバクタニの踏査の結果判明した。

 反転型地下迷宮にはよくあることらしいのだけど、ここの主である赤龍を倒すと、その死体が疑似特異点となり次の階層に進む仕掛けらしい。

 赤龍を避けようと思えば簡単に出来るので、「あえて戦う必要はないのでは?」と、思っていたけど、甘かった。

 レマ・サバクタニは、爆裂矢を分解して四十個ほどの小型爆弾を作り、それを隣接する商業ビルに運んで行った。

 ついでに、その中にある保存食を収穫して帰ってくる。

 私は、最低限の実験と調整を行ったので、アンちゃんの健康管理が主な任務となった。

 実戦に慣れるため、午前と午後に一回射撃訓練をする。

 動きながらの射撃が求められるので、展望デッキから出て、その屋根の上で訓練をしている。

 左手を高く掲げる。

 そこに、アンちゃんが飛びつくようにしてガッチリとホールドする。

 フラッと眩暈の様な感覚。

 ようやく慣れたけど、これが『視覚同調シンクロ』。どういう仕組みなのか、本当に興味あるけど、私と密着することで、念ずればアンちゃんの見ている光景を、私も見ることが出来るのだ。

 私の世界ではBW《バイオ・ウェッポン》なんて存在しないから、科学的、魔導的に解析はされていないけど。

「いくよ!」

「ぎゅい」

 アンちゃんの声。「御意」って聞こえて可愛い。

 声をかけて、百メートル二十三秒の俊足で走る。「遅くね?」という声は届きません。

 走りながら、手にした三十センチ四方のべニア板を投げる。

 同時に『視覚同調シンクロ

 世界は灰色に反転し、アンちゃんがひらひらと地上三百五十メートルから落ちてゆく三枚のべニア板を見ているのが判る。

 そこを照準するように注視する。

 赤い十字のドットが三枚のベニアに投影された。

 これが『自動照準オート・エイム

 アンちゃんの特殊機能だ。

 なんとなく、ベニアの方向にアンちゃんが巻きついた左手を向けた。

「撃て!」

 そう念じると、アンちゃんはカッと口を開ける。

 その口内に小さな光る球が現れ、そこから三発の『念弾エネルギーブリッド』が発射された。

 反動は全くない。

 でも、カタログスペックでは、秒速千メートルで『念弾エネルギーブリッド』が撃ち出されているのである。

 放たれた正体不明の不思議弾丸は、カクン、カクンと二度ほど角度を変え、各々落下してゆくベニア板を撃ち抜く。これが、もう一つのアンちゃんの特殊技能である『追尾ホーミング

 うちの子、超優秀なんですけど。お母さん鼻高々。

 アンちゃんがバッと翅を広げると、熱気が上がる。

 急激な体温上昇に、対応した動きだ。

 臓器にダメージが出る瞬間『再起動リセット』を発動させる。アンちゃんは既に私に触れているので、レマ・サバクタニの時の様にチョップとかしなくていい。

 『視覚同調シンクロ

 『自動照準オート・エイム

 『追尾ホーミング

 『再起動リセット

 までが一連の動きで、かなりスムーズに出来るようになった。

 まだ『念弾エネルギーブリッド』を赤龍に試していないけど、この世界の鉄杭で怪我をしたのなら、おそらく、とおる確率が高い。

 レマ・サバクタニが駆動部。私が砲塔。アンちゃんが砲。人間ナイアガラではなく、私たちのチームは『人間戦車』だ。

 これで、赤龍に挑む。

 どのみち、赤龍を倒さないと、道は開かないのだから。

 地上から、的になったべニア板をレマ・サバクタニが拾ってくる。

 三重丸の的が描いてあるのだが、すべてど真ん中を撃ち抜いていた。恐るべし、『自動照準オート・エイム』『追尾ホーミング』のコンボ。うちの子、超優秀。そして、私は「左手に銃を持つ女」。まるで、有名な宇宙海賊みたいだ。

「杭打ち用の火薬は、今、鉄槌に装填しているのが最後だ。『雲曳クラウド・レッカー』は、あと予備が一個。爆発反応装甲の火薬も、一回分。しくじったら後かねえんだが、灰色のチビのおかげでいけそうだな」

 チャンスは一回きり。そう考えるとブルっと震えが走る。

 怯えて……ではない。これが、武者ぶるいってやつ?



 たっぷり食べて、ゆっくり眠って、決戦の朝を迎えた。不思議と、恐怖感はない。ピリッとした緊張感があるだけ。

 うん、悪くない目覚めだ。無気力、指示待ちだった実験施設の頃の私は、いつでも一日の始まりが苦痛だった。

 アンちゃんも、疲れは無いようで、すこぶる機嫌もいい。鱗のツヤを見るに、体調もいいみたい。

 簡易ストーブや、収集した食料や、日用雑貨を、レマ・サバクタニが樽型背負い子に詰めている。

 アンちゃんが成龍になり、専用のハーネスを装着すれば、翅をはばたかせてパラグライダーの代わりになるらしいけど、まだ幼龍だから無理。

 非常階段を歩いて降りなければならないのだけど、何度か上り下りする間に、少し慣れたみたい。

 私にも筋肉がついたのだろうか? 脚がゴツくなったら嫌だなぁ。美少女(自称)台無しだし。

「よし、始めるか。ここを出るぞ。ションベンしたか? 背中で漏らされたらたまらんからな」

 デリカシーの欠片もない事を、筋肉ダルマが言う。

「あんぎゃりぎゃ」

 アンちゃんが、言う。

「そうね、『あんまりだ』わよね。嫌なセクハラタヌキですこと」

「あんぎゃりぎゃ」

「アンちゃん『あんまりだ』だってさ。私も同意」

 アンちゃんは人語を解し喋る(ということにする)。とっても賢い子。

「おいおい『うちの猫しゃべるのぉ』とかほざく痛い飼い主みたいじゃねぇかよ」

 肩をすくめて、レマ・サバクタニがまぜっかえす。

「あんぎゃりぎゃ」

 ぷっと吹いてしまった。タイミングがいいので、本当に人語を解しているのか思ってしまう。

「生意気なチビだぜ」

 ニヤリと、レマ・サバクタニが笑う。


 笑いで一日は始まる日は、きっと良い日だ。


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