第14話

 手早くキャンプを畳んで、荷物をまとめる。

 帰路にまた水上移動装置『レマ・サバクタニ号』が必要となるので、補修されたパーツがひとまとめにされて地面に埋められた。

 つまり、筋肉ダルマのサバクタニは精鋭揃いの探査隊ですら到達できなかった深度まで地下迷宮に潜りながら、生還するつもりであるということ。

 静電気が弾ける『パチパチ君』と通販で取り寄せたうさん臭い魔導金属『ヒヒイロカネ』の欠片だけを頼りに。

 無謀というか、自信過剰というか、ようするにバカなのだ。

「さて、行くか」

 石鹸の匂いがする粗暴な巨漢が、石鹸の匂いがする小柄で可憐な美少女(私の事です……すいません、だいぶ盛りました……)を軽々と背負って歩き出す。

 ドーム状の高い天井だった地底湖周辺から、徐々に空間は狭くなり、自然に出来た態ていの岩の回廊に入ったあたりでは、天井高は十メートルほどになっていた。

 圧迫感はあるけど、小鬼らとの戦闘があったあたりから比べると、空間は広い。

 レマ・サバクタニと背中合わせに背負われているので、私の担当は後方警戒。

 巨大なリールみたいなハンドルに繋がれた「連射ボウガン」が私の武器になる。

 しばらく、緊張感をもって後方警戒をしていたが、やがてダレてきた。

「魔導生物の気配がありませんね」

 レマ・サバクタニに話しかける。

「ここの支配者は、おそらく『一眼巨人』だ。この魔導生物は小鬼や悪鬼と違って群れを形成しない。ほぼ単独行動だし縄張り意識が強い。したがって、この世界で生まれ、この世界に順応した個体も存在しない。小鬼で言うところの『α』しか存在しないんだよ。繁殖のための憑代もないしな」

 つまり、こっちの世界に顕現しても、寿命は短いってわけね。まるで、死ぬためだけにここに来るように。

「何のために、この世界にくるのでしょう?」

「さぁな。案外、誰かが資源採掘の為に呼び寄せているのかも知れないぜ。魔導生物は『被害者』ってことだな」

 手掘りの隧道ずいどうみたいな通路を進む。

 気が抜けるほど、安全な道行だった。

 こうした地下迷宮に慣れているらしい筋肉ダルマも、特に警戒はしていない。

 その様子が変わったのは三十分ほど歩いて、更に天井が高くなった、自然に出来た伽藍のような空間にさしかかったあたりだ。ここが、一眼巨人の巣らしい。

 鍾乳石をへし折った杭が地面に何本も刺してある。よく見ると、小鬼や悪鬼が肛門から口まで杭が貫通しており、焚火で炙られているところだった。

 うう……吐きそう……

「一眼巨人は、縄張り意識が強い。周辺の生物を狩り尽くしちまう。なので、ああやって保存食を作る。栽培したり牧畜したりする知恵はないみたいだがな」

 左手に、杭打機付の小盾を嵌めながら、レマ・サバクタニが解説してくれる。


 ――本当に単独で挑む気なんだ……。


 一眼巨人は『三級危険魔導生物』に分類されていて、最低でも攻撃型甲種魔導師一名以上が含まれる五人以上の一級地下迷宮探索技能士試験合格者がいないと交戦出来ないって、交戦規定に定められているんですけど。つまり、違法です。

「とにかく、てめぇは視界に『一眼巨人』が入ったら撃て。『リセット』は随時自己判断で発動させろ。俺を死なせるな。俺が死んだら、てめぇも早贄はやにえだぜ」

 石器時代の石斧みたいな原始的な武器を肩に背負って、そんなことをレマ・サバクタニが言う。

 彼が言った『早贄』は、モズという鳥の奇妙な習性のこと。

 この最小の猛禽類は獲物を捕らえると、茨や鉄条網に刺すことがあるのだ。

 ひぇっ! 杭に貫通された、自分の映像が目に浮かんでしまった……。

 保存食として、串刺しの燻製になるなんて、嫌すぎる!

 確かに闘志は湧いたけど……、もっとこう、優しい言い方って出来ないのかな? かな? この野蛮人!

「いくぜ!」

 レマ・サバクタニが駆ける。

 肩ごしに見えた一眼巨人は、串刺しの小鬼たちの向きを変える作業を止め、ぬうっと立ち上がった。


 ―― 大きい! すごく、大きいです。


 五メートル近い身長。緑色の肌。この緑は皮膚に寄生する地衣類の一種で、一眼巨人の老廃物を栄養として吸収してフィトンチッドという一種の化学物質を分泌し、異界生物には有毒なこの世界の大気を中和しているという噂だ。いわゆる『共生』ってやつ。

 斑な皮膚もキモチワルイけど、何より異様なのは、単眼。

 私は科学雑誌で『単眼症』のヤギを見た事あり、なんとなく想像できていたけど、やっぱりぞっとする。

 咆哮があがる。

 ヒステリックなオペラ歌手みたいな、良い声なんだか耳障りなんだか、よくわからない声だった。

 手にしたのは、どこで手に入れたのか、巨大な丸太。

 握りの部分だけちょっと削ってあるのが、理性を感じさせてすごく嫌。

 ぶち当たったら、ぺしゃんこになりそうな丸太を見ても、レマ・サバクタニは、正面から真一文字に突っ込むだけ。


 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!


 無策にも程がある。隅っこから隠れて矢でチクチクとか、やり様あるでしょうに。

 相手は『三級危険魔導生物』なんですけど!?

 怒号を上げて、レマ・サバクタニがぐんっと加速する。

 一眼巨人は、半身になって丸太を担ぎ、片足を上げてくいっと腰を捻った。

 おお! これは伝説のスラッガー サダハール の『一本足打法』!

 あ、ちなみに私、理系女子でありますが、野球女子でもあります。球場では鯉幟振り回してます。

 優勝おめでとう! 前回の優勝は、私が生まれるずっと前らしいです。

 私が恐怖のあまり一瞬だけ現実逃避している間、一眼巨人が地響きを立てて力強く足を踏み出す。

 腰がギュンと回って、やや遅れてバット……じゃなかった、丸太の棍棒が横殴りに振られた。

 きれいな流し打ちのフォーム。

 やや内側に切れ込むような軌跡のボール……じゃなかった、レマ・サバクタニを真芯でとらえる。


 ―― 死ぬ! 死んじゃう!


 爆発音。

 遅れて、もう一度爆発音。

 何が起こったのか分からなかったけど、あれほどのフルスイングの打撃を受けて、レマ・サバクタニは、ほぼ無傷だった。

 ズルっと少し後退しただけ。

 打球……じゃなかった、レマ・サバクタニは、完全に詰まって(ボールが前に飛ばない野球用語です)いた。

「痛ぇ! やっぱり肋骨いったか! タイミング難しいな!」

 馬鹿じゃないの!? あれだけの打撃を受けて『肋骨』だけで済むなんて奇跡ですけど。

 火薬が燃焼する匂い。

 甲冑の前面と、私が収まっている樽型背負子の側面から、硝煙がたなびいている。

 耳がキーンと鳴っていた。

再起動リセット!」

 わー! また、能力名叫んじゃった。週刊少年チャンプじゃあるまいし。恥ずかしい!

 恥ずかしさに、思ったより力が入った肘打ちが、レマ・サバクタニの後頭部にぶち当たった。

 肋骨の損傷を聞いて、反射的に私は魔導を発動させていた。

 レマ・サバクタニが「いて」と小さくつぶやくと、彼の肉体は『損傷なんてなかった』状態に巻き戻る。

 見れば、手が痺れたのか、一眼巨人が棍棒を取り落す。

 棍棒は、内部から爆ぜたかのようにボロボロだった。

 一体何が起きたというの?

 ショックで硬直状態の一眼巨人に、杭打機付の盾を向ける。

 今回のアタッチメントは、鎖でつながれた二つの鉄球を撃ち出す装置。

 それを、レマ・サバクタニが発射した。

 発射の衝撃に、彼の巨体が反って、ズ、ズ、ズ……と、頑丈なブーツの底が地面を擦って後退した。

 鉄球は唸りをあげて飛び、一眼巨人の脚にぶち当たる。

 帆船の時代、帆桁やマストを狙ったチェーン付の砲弾があったそうだけど、それの小型版みたいなものだろうか。

 ただし、装甲被膜の効果でチェーン付の砲弾の様に対象物は破壊されない。

 そのかわり、脚にぐるぐると鎖が巻きついた。

 そして、破壊はされないが、衝撃は受ける。

 強烈な足払いを受けたようになって、一眼巨人がよろめく。

 踏ん張ろうにも、両脚に鎖が絡まっていた。

 もんどりうって、一眼巨人が横倒しになる。

 苛立たしげな呻きが一眼巨人から洩れ、鎖を解こうと手を伸ばす。

「させねぇよ、ぼけ!」

 レマ・サバクタニが武骨なハンマーを振り上げる。

 狙うのは眼。

 先端のヒヒイロカネは装甲被膜を突き破る。

 それが脳まで食い込めば、一眼巨人でもタダでは済まない。

 レマ・サバクタニの松の木の根元の様な上腕二頭筋がボコボコと蠢く。


「一撃必殺!」


 ゴツい武器が降り下ろされる。

 鎖を解こうとした一眼巨人が、とっさに腕を上げ眼をかばう。

 ハンマーの先端は腕に食い込み、皮膚を突き破ったけど、致命傷には程遠い感じだ。

 舌打ちして、レマ・サバクタニがハンマーを持ち変える。

 いびつな円錐形の底面を一眼巨人に向けたのだ。

 ドンという爆発。

 同時に、彼が後ろに跳ぶ。

 火薬の爆発力で、思ったより遠くに跳んだ。

 今まで私たちがいた空間を、一眼巨人の拳が薙ぐ。間一髪だ。

 レマ・サバクタニが、体を傾けて着地と同時に制動をかけ、私は樽の中でシェイクされた。

 多分、いっぱいたんこぶ出来てる。最低だ。

 そのまま、レマ・サバクタニが横に走る。

 私の視界には、ぴよぴよとヒヨコがマイム・マイムを踊っていたけど、大人の頭部程の大きさの岩が吹っ飛んでくるのが見えた。

 一眼巨人が地面から鍾乳石を拾って投げているのだ。

「ピヨってんじゃねぇよ、貧乳ひんにゅう! 撃て! 撃て!」

 乱暴なレマ・サバクタニの怒鳴り声に、飛びかけていた意識が引き戻される。

 今、なんて言った? 貧乳!? 貧乳ですって! 世の中にはマニアがいて、需要あるんだからっ!

 この、レマ・セクハラタヌキ!

「なろぉ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……」

 怒りをリールの回転に変換して、目いっぱいの左射角に向けた連射ボウガンを放つ。

 装甲被膜を破ることは出来ないけど、矢じりにくっついた爆薬の圧力で、鎖を解こうとする動きは牽制出来ているみたいだった。

「もう一度、突っ込むぜ! 覚悟を決めろエリ・エリ!」

 くんっと、機を計っていたらしいレマ・サバクタニが方向を変える。

 一眼巨人に向かって。





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