第3話 涙

 あの後、夕日たちはすぐさま家を出発し、魔物のところへ行くため荒野をかけていた。



「シャルネア」

「なんだ夕日」

「ものすごく恥ずかしいんだが」

「仕方ないだろ、夕日のスピードに合わせていたら着くものも着かないからな」

「それはわかる、けど⋯⋯さすがにお姫様抱っこは」



 シャルネアは夕日は抱えながら荒野をかけていた。

 さながら王子様がお姫様を抱っこするように。

 この場合、王子様がシャルネアでお姫様が夕日なのだが、周りには魔法部隊の隊員がいるだけで、他の人にその光景を見られることはない。

 とはいえ、女性にお姫様抱っこをされるというのは男としてとても恥ずかしかった。

 そうは言っても、なぜこのような状況になっているのかと言うと、シャルネアと隊員の移動速度が速すぎるのが原因だった。

 シャルネアは魔力を纏い脚力を強化し、隊員は魔法を使い移動速度を上げていた。

 夕日は魔法を使うことも魔力を纏うこともできず、二人についていくことがままならない。

 夕日は魔法が使えず、ましてや魔法の使い方すら知らないのだ。

 だから、夕日は自分の足で走るしかない。

 しかし、そうなると目的地に着くのに時間がかかってしまい、魔物を自由にさせてしまう。

 それは何とか避けたい。

 そういう理由から夕日はシャルネアに抱えられていた。

 だが、やはり仕方ないといっても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 そのため、夕日は恥ずかしさに顔を隠していた。



「あ、すいません。名前を名乗っていませんでしたね。私の名前はセルフィス・オッドガルド。御存じの通り国家の最高戦力である魔法部隊マルグリアの隊員です。私たちマルグリアは、魔物が街から人をさらい、森に帰って行ったと王都に報告がありました。それで、その森は一定の強さを持っていないと入ることができないようになっていて、それで、その森に入れる強き者である私たちがここまで来たというわけです。そして強き者しか入れない森に入れる魔物もまた強き者。その強き者を倒せるのは同じ強き者だけ。⋯⋯でも、結局はあの魔物のほうが強く、私は仲間を置いて助けを呼びに来たというわけです」



 夕日は聞こえてきた声に反応して隠していた顔を上げる。

 その声の主、セルフィスは応急処置を施しているとはいえ満足には動けないはず。

 だが、シャルネアと走る速度は変わっていない。

 ここら辺は流石、国家の最高戦力だ。

 そうやって事の経緯を説明したセルフィスだったが表情は暗い。



「セルフィスか。私は、言うまでもないがシャルネア・タースだ。そして私が抱えているこいつは龍崎夕日。とある事情で今、私の家に泊めているんだ」



 ものすごい速さで走りながら、会話をする2人。

 走りながらの会話というのは相当キツイはず。

 だが、二人とも全く呼吸が乱れていなかった。

(⋯⋯この速さで走りながら会話するってなかなかにきついと思うんだけど。⋯⋯なんで二人とも息あがってないんだ?)

 それだけでシャルネアとセルフィスがどのくらい強いのか分かるような気がした。



「ところでセルフィス。その魔物の詳細を教えてくれるか?」

「はい。体長は約3メートルほどの人型の魔物で、力が強く、スピードが速くて、そして何より魔法が一切効きません」



 現在、人が出せるとは思えない速さで走っているセルフィスが、速いと言ってしまうほどの魔物とは一体。

 それに、力も強く、更には魔法が効かない。

 夕日はどうやれば勝てるのか考えてみたが、答えは出なかった。

(全く勝てる想像が出来ない。戦うのは俺じゃなくてシャルネアだけど、誰が戦っても勝てないんじゃないか?)

 夕日はネガティブな思考になっていた。

 だが、そうなるのも納得の強さを魔物は秘めている。



「まあ、久しぶりの相手としては申し分ないんじゃないか」



 シャルネアの履いたセリフによって夕日のネガティブな思考は見事に霧散していった。

(正気か⋯⋯シャルネア。いくらなんでも勝てないだろ。⋯⋯でも、あの自信。もしかしたら本当に⋯⋯)

 絶望の中に産まれた希望。

 その希望であるシャルネアを夕日は信じてみたくなった。



「本当に勝てるのか?」

「う~ん。わからん。でも、まあ、大丈夫だろ。戦えばわかる」

「⋯⋯」



 だが、信じてみるにしても魔物の事を聞く限りはやはり勝機が見当たらない。

 何か策があるのかと思い聞いてみるが、返ってきた答えはなんとも曖昧なものだった。

(結局勝てるかわからないのかよ。戦えばわかるってそりゃ戦えばわかるでしょ。⋯⋯本当にこんなんで勝てるのか?)



「もうすぐで着きます」

「わかった」



 セルフィスは自分の発した言葉により自身の表情を固くさせた。

 仲間がどうなっているのかそれは魔物の強さを直で知っているセルフィスはわかっているのかもしれない。

 セルフィスの表情が固くなるのも仕方がないことだろう。



「⋯⋯それで、俺は森に入れるのか?」

「あっ!!そうですね、それは⋯⋯どうでしょうか」



 セルフィスはシャルネアが強いと言うのを噂ながら聞いていた。そして今シャルネアが纏っている覇気と魔力。

 それはセルフィスも認める強きものであった。

 だが夕日は違う。

 夕日が強き者なのかは誰も知らない。

 だから夕日は心配になり聞いてみたのだが、どうやらセルフィスにもわからない様子。

 だが、シャルネアは違っていた。



「多分大丈夫なんじゃないか?」

「⋯⋯え?」



 夕日がシャルネアにあきれていると、目の前に樹々が見えてきた。

 森は目前まで迫っていた。



「ここから森に入ります。」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って俺、どうなるの?」


 シャルネアの言ったことはあてにせず、シャルネアの腕の中でバタバタと慌てる夕日。

 だが、夕日は樹々の中に入ることができた。

 森に入る際、体を何かがスゥーっと通り抜けていく感じがした。



「あ⋯⋯入れた」



 森に入れたことに驚く俺と、ドヤ顔をするシャルネアの光景がそこにはあった。

(俺って強きもの、ってことなのか? まあ、今はそんなこと考えてる場合じゃないな)

 思考を切り替え目の前のことに意識を向ける。



「目的地である湖までもうすぐです。もう見えてくると思うんですが⋯⋯」



 セルフィスがそう言うと目的地周辺から謎の声が聞こえてきた。



『グアァーーーーーーーー!!』

「な、なんだ?」



 急いで目的地に向かうと目の前には、目的地である湖があった。

 ただ、その湖は血で赤く染まっており、湖に何かが浮かんでいた。

 それは白鳥、ではなくところどころもげた屍。

 何人死んだのだろうか。

 その湖の中に佇む人影。

 ただ、それは人ではなく人型の何かであった。

 見慣れない大量の血と死体を目にし、夕日は吐き気を催す。



「お、おぇー」



 吐き気に耐え切れず、吐こうとするが何も出てこなかった。

 7日間も寝ていたため胃の中には何も入っていないからだろう。



「あれが、敵か?」

「そうです。魔法が効かない魔物です。」

『グアァーーーーーーーー』



 夕日たちに気づき人型をした何か、否魔物は雄叫びをあげながら夕日たち目掛けてものすごい速さで迫ってくる。



「うわぁっ!!」



(やばいやばいやばい!!)

 夕日は焦っているのも束の間、敵は目前まで迫っていた。

 突然時間が止まっているように感じた。

(ああ、死ぬ前って本当に時間がゆっくりに感じるんだな。終わった)

 夕日はそう思った。

(流石にこれは無理だ)

 時間がゆっくりになった世界で死を覚悟し目を瞑ると横を突如、突風が吹き荒れる。



「!?」



 突風が収まったと思ったら、魔物の首が飛んでいた。

 その魔物の首は文字通りシャルネアの手により切断されていた。

 と、突如魔物は虚空に消えていった。

(シャルネアは夕俺の隣に居たから、さっきの突風はシャルネアが動いたために起こった突風?⋯⋯いや、どんだけ速いんだよ)



「まあ、こんなもんか」



 シャルネアがちょっと残念そうに呟く。

(シャルネア強すぎないか?国家の最高戦力でも、全くかなわなかったのに。なんだよ、余裕じゃないか)



「何を言っているんだ。動くのが0.1秒遅れてしまった。体が鈍ってるな」



 耳を疑うようなシャルネアのセリフ。

 はぁーっとシャルネアが溜息を漏らし足や腕をペタペタと触っている。

(鈍っててそれって頭おかしいだろ)

 夕日はシャルネアのその態度で先程まで死を覚悟していた自分が恥ずかしくなってきた。

 セルフィスはというと目前に広がるその光景を信じられないというような目で見ていた。

 そして、バラバラになった仲間を見て呟く。



「みんな⋯⋯」



 ドスンと音をたてセルフィスはその場に座り込み、涙を流していた。



「セルフィス⋯⋯」



 夕日は涙を流しているセルフィスを見て、気の利いた声をかけてやることができずにいた。

 夕日は、15の頃両親を亡くしている。

 夕日には12歳の妹がいた。

 ただ、妹は3000万人に1人といわれる難病を患っており、親戚たちは厄介事を避けるかのように夕日たちを引き取ることをしなかった。

 二人きりになった夕日は妹と生きていくことを決め、妹の治療費を稼ぐためバイトに日々明け暮れていた。

 夕日も両親を亡くしているからセルフィスの今の気持ちが少しはわかっている。

 ここで「少し」といったのは完全に相手の気持ちがわかるほどの心を持っていないし、完全にわかられてもセルフィスにとっては嫌だと思ったからだ。

 似たような経験をしているからこそ何と言葉をかけたらいいのかわからない。

 安い言葉では逆に相手を傷つけるだけだ、言葉選びは慎重に。

 そう考えていた夕日だったがシャルネアがセルフィスに声をかけるのが先だった。



「仲間のことは残念だったな。でも、セルフィス泣いているのを仲間たちはいい気分でいられるか? 仲間の最後くらい笑って送ってあげよう、な」

「は、、、い、、、」


 セルフィスはシャルネアに優しい口調でそう言われたことにより、いっそう涙を流していた。

 セルフィスはもう大丈夫。

 そう判断してシャルネアは今やるべきことを考えていた。



「とりあえず⋯⋯遺品を回収しよう」

「わかった。けど、遺体はどうするんだ?」

「これじゃあ誰が誰だかわからんからな。普通なら王都に送ってやるのが普通かもしれんがこの状態じゃ可哀想だ、早く土に埋めてあげた方がいいだろう」



 二人で会話をしていたシャルネアだが、さっきまで涙を流していたセルフィスが涙を拭き、立ち上がるのを見てシャルネアは少し驚いていた。



「すみません。⋯⋯もう、大丈夫です」



(驚いた。もう立ち直るなんて)

 シャルネア同様、夕日も驚いていた。

 だが、夕日のほうがシャルネアの何倍も驚いていたようだった。

 夕日は親をなくしている。

 親がなくなった当初、現実を受け入れることができなかった。

 だから、立ち直るのにも時間がかかった。

 そして同じような境遇のセルフィスもそうだろうと思っていたのだ。

 だが、セルフィスは夕日の想像の何倍も強かった。



「それじゃあ、遺品の回収からしましょう」

「「お、おう」」



 セルフィスはもう吹っ切れたようだった。

(でも、なんか引っかかるな)

 吹っ切れた様子のセルフィスだったが無理やりテンションをあげているように見えるのは気のせいだろうか。

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