一緒にがんばろうね

2-①

 帰宅後、後藤さんからあいさつのようなLEENが来たので、簡単なやり取りをする。語調が強いけれど、まじめで律儀な人だ。


 それが終わると、僕は夕飯までの時間をのんびりと過ごすことにした。


 ふと我田先輩のことを考える。この辺りに住んでいるということは、同じ中学校だったのかもしれない。


 でも、まったく見た覚えがない。接点がなければそんなものだろうか。


 一つ上といえば、ファンクラブが作られるほど女子に人気だった先輩のいた学年だ。野球部で、プロ候補とまで言われていた。彼が昼休みにグラウンドでサッカーをしているだけで、クラスの女子が、それこそ芸能人のファンみたいに眺めていたのを覚えている。


 そんなにカッコよくて華のある同級生がいたら、そこが基準になり、周りの男が霞んで見えたりするのだろうか。


 我田先輩も、その人に憧れていた可能性はある。少なくとも、それだけ人気のあった人が目につかないわけはない。だとしたら、僕なんて一切見えないことだろう。


 こんなこと考えても仕方ないのに、僕の頭は勝手に想像してしまう。ただただ劣等感だけが積もるばかりで、良いことなんて一つもないのに。


 僕のマイナス思考は根深い。童顔とか、運動神経が悪いとか、片親だとか。それらが積み重なって、前向きな考えを打ち消してしまう。直さなきゃならないのはわかってるんだけど……


 スマホの電子音で思考が止まる。後藤さんに言い忘れでもあったのかな、なんて思いながら電源ボタンを押す。


 すると、画面にLEENの最新メッセージが表示される。相手は美和ちゃんだ。今ひま? という用事のわかりかねる質問だった。


〈 ひまですよ〉


〈ですよですかーふーん〉


 不満げな返信だ。こんな敬語と言えない敬語でも許されないらしい。


〈 ひまだよ〉


〈そかそか〉


〈えっとさ、土曜日あいてる?〉


〈あいてるならみんなで遊びに行かない?〉


 僕の一行に、美和ちゃんは三行で話を展開させる。今度は用事が一気に明らかになった。


 土曜日、遊びに……。即座に耳辺りに熱をおびてしまう。


〈 大丈夫だけど〉


〈おー! ていこうされなかった!〉


〈じゃあ決まりね!〉


 約束! とスタンプが貼られる。僕はひまどうかだけを伝えたつもりだったけれど、行くという返事をしたことになったらしい。


 どうしよう。行きたくないわけではないけれど、気になることがある。でも、ここから断るほうに持っていくのもどうかと思う。


 そんなことで返信が遅れると、また美和ちゃんからのメッセージが来た。口での会話と同じように、LEENでもスピードについていけない。


〈場所とか時間はまた連絡するから、ちゃんとあけといてね〉


〈 はい〉


 僕が返したのはその二文字だけ。悩むどころか、その時間を作るための返事ができない。


 かわいい猿がウインクしながら「シーユー」と言うスタンプが押される。要件は済んだようだ。


 考える間もなかった……。あるいは、僕が必要以上に早く返事しようとしたせいだろうか。とにかく、大変なことになってしまった。


 休日に女の子と遊びに行くなんて、中学のころでは考えられなかったことだ。まさか四月中にこんなイベントが起こるなんて思ってもみなかった。


 着ていく服とか無いんだけど、どうしよう……


 そもそも、我田先輩は大丈夫だろうか。確実に『みんな』には我田先輩が含まれている。免疫がついたのか確認もせずに、僕がのこのこと出ていって困らないだろうか。


 というか、なんでこんな数分のやり取りで、重大なことが決まってしまうんだ。高校生歴二週間以下の僕には、女子校生のシステムなんてわかりようもなかった。



 困惑しているうちに土曜がやってきた。結局、気合を入れ過ぎるのも恥ずかしかったので、中学から変わり映えのしない服を着ていた。


「クックと外で会うの初めてだよね。私服初めて見た」


 隣にはサギがいる。誘ったら大喜びで予定を合わせたのだ。


「あれ、緊張してる?」


「当然」


 マイナス方面のことは自信を持って言える。疑うことなく、僕はガチガチだった。


「あっ! ここだよー!」


「お、どうもでーす」


 待ち合わせ場所には、すでに三人がそろっていた。


 私服姿が僕の胸をときめかせる。


 美和ちゃんはニットのセーターにデニムのショートパンツを合わせた、活動的でかわいらしい感じ。


 真木先輩はワンピースの上にジャケットを着て、かっこいい感じ。


 我田先輩はひざ下丈の白いスカート、上には淡いピンク色で柔らかそうな生地のパーカーをはおり、白くて小さなリュックをしょっている。幼さの残るかわいさで、眩しくて直視できなかった。


「えっ……」


「ああ、この前の」


 僕らの登場に、美和ちゃん以外からの反応は微妙なものだった。すごく驚いているような。


「いやー、先輩たちの私服みんなカワイイっすねー」


「速攻お世辞? サギくんって普段ナンパとかしてるんじゃない?」


 おしゃべり二人の会話ジャブが繰り広げられる中、我田先輩と真木先輩はひそひそと何か話し合っている。気まずい雰囲気だった。


「こらっ」


 真木先輩が美和ちゃんを小突く。


「聞いてないわよ」


「うん、言ってなかったし」


 美和ちゃんが悪びれずに言った。どうやら、二人は僕らが来ることを知らなかったらしい。


 真木先輩が少し怒ったみたいなため息をついて美和ちゃんの首に手を回し、僕らに背を向けてしまった。


「我田さん、ピンク似合いますね」


「えっ? あ、ありがと……」


 その間でサギは我田先輩に声をかけている。先輩、引いちゃってるし。あまりサギを我田先輩に近づけたくない。それは、僕の気持ちの問題かもしれないけれど。


「大丈夫だってっ」


 二人がふり返る際に、密談の最後の声だけが響く。やっぱり、真木先輩としては不満だったのだろう。現時点で、悪いことをしたような気分になる。僕は目を合わせないようにうつむくしかなかった。


「……ブラ買いたかったのに、恥ずかしくて行けないじゃない」


 真木先輩は言葉とは裏腹に、恥ずかしげもなくそんなことを言う。それこそ密談でするべきではないかと、僕は驚いてしまう。


「クッくん連れていって、選んでもらえばいいじゃん」


 美和ちゃんは僕の顔を見る。これは、僕の反応を楽しもうとしているものだ。反抗したいけれど、こっちは照れて顔をそむけることしかできなかった。


「逆セクハラだっつの。まあいいや、とりあえず服見に行こう。春奏」


「あ、うんっ」


 我田先輩は小走りで真木先輩に追いつく。見るからに居心地が悪そうだった。


「……言ってなかったの?」


 そう訊くと、美和ちゃんはいたずらっぽく笑った。


「サプライズゲストだからねっ。さ、行こ行こ」


 美和ちゃんは急かすように僕の背中を押す。前途多難だった。

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