第二十九回 石虎は謀って邵續を生きながら擒とす
遼西軍を率いる
「
それを知ると、段匹殫は
「
「
段叔渾の言葉を聞き、段文鴦が懸念して言う。
「邵續は晋人、吾らが劉琨を害したことを怨んで救援などすまい。救援など求めれば、かえって吾らに害をなしかねぬ」
「まずは書状を
段叔渾が重ねて言うと、段匹殫はその言葉に従って書状を認め、胆力に優れて冷静な士卒に与えた。士卒は書状を懐深くに納めると、夜陰に乗じて城を抜け、一路冀州に向かう。
※
段匹殫の書状を一読した邵續は、救援を躊躇した。
「
使者の言葉を聞くと、邵續は衆人を集めて事を諮ることとした。
「使者の口上には一理がある。段匹殫は
邵續の言葉に駁する者はなく、甥の
※
連日、段末杯は幽州の城を囲んで攻め立てている。
そこに斥候が駆け込んで言う。
「邵續の軍勢が冀州よりこちらに向かっております。段匹殫の救援と見られ、その軍勢はすでに州境にあります」
段末杯は腹背に敵を受けることを懼れ、兵の半ばを割いて自ら東南より攻め寄せる邵續にあたることとした。両軍が道に遭えば、布陣して対峙となる。
段末杯が陣頭に馬を立てて言う。
「吾が兄は不仁にも
「お前の行いは人を欺く
罵られた劉群が怒って馬を飛ばすと、邵續の子の
※
この頃、幽州城内の兵士が段匹殫に報せていた。
「段末杯の軍勢が東南に向かっておりますが、その理由は分かりません」
報告を聞いた段文鴦が言う。
「冀州からの援軍が到着したのであろう。兄上は西北の軍勢を防いで頂きたい。吾は
段匹殫はその身を案じて言う。
「傷が癒えつつあるとはいえ、本復にはまだ遠い。敵に臨んでは戦を避けて吾が駆けつけるまで待て」
「吾が行かねば段末杯を破れません」
そう言うと、甲冑を着込んですぐさま城を出た。目指す先には冀州兵と段末杯の軍勢が挙げる塵埃が立ち昇っている。
その塵埃の下では冀州兵と遼西兵が乱戦していた。段文鴦と吉銅頭はともに遼西兵の背後から攻めかかる。不意を突かれた遼西兵に抗う術もなく、次々に死傷して半ばの兵が喪われた。
折りしも日も暮れかかり、行き場を失った衛雄は
※
一敗地に塗れた段末杯は邵續を深く怨み、敗卒を集めるとともに
「邵續が段匹殫と結んで
石勒は衆人を集め、事を諮って言う。
「前々から冀州を狙っておったが邵續の防備は堅く、手を出せなかった。天は吾に機会を与えたと観るべきであろう。段末杯は吾が軍勢の力により邵續を退けるつもりであろうが、これは吾にとっても幸いである」
※
この時、邵續の軍勢は幽州にある。段匹殫は州境に退いた段末杯がふたたび幽州城に向かうと明言していたため、邵續を城に留めていた。石虎が冀州に軍勢を向けたことなど知る由もない。
石虎が率いる五万の兵に対し、
報せを受けた邵續は驚愕し、段匹殫に言う。
「
段匹殫はそれを妨げられず、ただ糧秣を贈って見送りに出るよりない。別れに際して邵續は段匹殫の手を執って言った。
「石勒の軍勢は強大です。この度の戦の帰趨は分かりません」
「唇と歯は相伴わねばならぬもの、あなたからの要請を受ければ、必ずや加勢に駆けつけます」
段匹殫がそう誓うと、邵續の軍勢は飛ぶように冀州に向かった。
※
石虎の斥候は邵續の帰還を知ると、馬を馳せて軍営に報じた。
「邵續の軍勢が戻って来るならば、誰ぞが一軍を率いて城に向かう道を阻み、吾が城を陥れるまで足止めするのがよかろう」
石虎の言葉を聞いた
「そうではありません。冀州の城は河北でも筆頭に挙げられる堅城、にわかには攻め落とせますまい。ここは、邵續が到着する前に計略を施すのが上策です。将軍は精鋭を率いて青山の谷中に埋伏して下さい。城に向かう邵續は必ず通る地です。不意を突いて襲えば、必ずや生きながら擒とできましょう。さすれば、冀州の城は落としたも同然です」
石虎はその計略を容れ、自ら一軍を率いて兵を伏せ、邵續の通過を待ち受けた。
邵續は伏兵があるとも知らず、一心に城を目指して馬を駆る。酉の刻(十八時)になる頃合に青山の谷口に到った。
「この山道は狭くなっています。軍勢は整然と進めて滞留してはなりません」
邵輯の言葉に邵續が応じる。
「城の兵は少なく、火中の急にある。日暮れに乗じてこの山を越えれば、人知れず城に近づけよう」
邵輯を先頭とする軍勢は粛々と谷口から内に入り、邵續は殿軍を務めることとした。狭隘な山道で軍勢は長く伸びざるを得ない。その先頭が谷を抜け出ようとしたところ、砲声の響きとともに谷の左右から伏兵が発する。
横腹を突かれた冀州兵は抗えず、次々に討たれて倒れ伏した。血が川のように流れ、屍が積み上がる。
「邵續父子を逃がすな。取り逃がしたら容赦はせんぞ」
石虎の叫び声が戦場に響き、先頭を行く邵輯は後も顧みずに城を目指して奔る。殿軍を務める邵續は包囲され、そこに刀を手に石虎が駆けつける。
邵續は鎧兜を捨て、兵に紛れて逃れようとするも、見失うことを懼れた石虎は強弓に矢を番え、その背を狙って一矢を放つ。矢は邵續の馬腹に突き立ち、愕いた馬は邵續を振り落とす。
石虎は馬に鞭して突き進み、ようやく立ち上がった邵續を生きながら擒とした。
※
城に逃げ込んだ邵輯は敗卒を迎え入れていたが、いつまで経っても父の邵續が戻らない。
「父上はどこにおられるのか」
問われた敗卒が言う。
「石虎に襲われ、生きながら擒とされました」
それを知ると大哭して城に入り、邵竺に言う。
「幽州の段匹殫に救援を求め、父上を取り戻して冀州を守り抜くよりあるまい」
邵竺は石虎の軍勢が攻め寄せる前に人を城から送り出し、幽州に向かわせた。
翌日の早朝、石虎は陣前に邵續を引き出して言う。
「城内の者たちを投降させ、士民に害が及ばぬようにせよ」
その言葉を
「邵輯と邵竺はよく聞け。この父の素志は忠義を尽くして国家に報いることにある。しかし、不幸にもこのような身となり、もはや為すこともない。お前たちは幽州の段公を報じて冀州を保ち、石勒の軍勢を退けよ。吾が身のために臣節を欠くことは決して許さぬ」
石虎の兵は慌てて邵續の身を軍営に返した。
※
邵輯と邵竺は哭して言う。
「忠ならんとすれば孝を尽くせぬ。父上の御心であれば、他に選ぶ道もない」
それより、冀州の城兵はただ厳しく守って幽州からの救援を待ちわびていた。
三日後、段匹殫の大軍が冀州に入り、城の東に軍営を置いた。石虎は城と幽州軍の両面を支えざるを得なくなる。報せは冀州の城にも届き、邵輯と邵竺は大いに喜んで城下にある石虎の兵に伝えさせる。
「お前たちは軍勢を退くがよい。明日、吾らは城を出て一戦を挑む。軍営に還って用意を整え、明日の戦に備えよ」
その言葉が伝わると、石虎は怒って城攻めに向かおうとする。ふたたび石遵が諌める。
「冀州の城は堅く、幽州からの援軍も到った。戦っても勝ち目は薄い。ここは邵續を連れて襄國に引き返し、
怒りが収まらない石虎であったが、幽州軍にはかつて互角の戦を繰り広げた段文鴦があり、やむなくその言葉に従った。冀州城を包囲する兵を軍勢に戻すと、夜陰に乗じて兵を返した。
※
翌日、冀州兵と幽州兵が会して布陣するも、辰の刻(午前八時)になっても石虎の軍勢は現れない。人を遣って軍営を探らせれば、石虎は昨夜のうちに兵を返していた。
邵輯と邵竺は段匹殫とともに城に入って祝宴を張り、段匹殫は麾下の
石虎は邵續を伴って襄國に帰還し、石勒に見えさせる。
石勒は邵續を降らせようとしたが、頑として応じない。その言葉は悲憤慷慨の意に溢れ、凛然として晋室のために死ぬことを求める。決して国家に背かないという気迫に満ちていた。
石勒はその忠節に接し、縛を解いて賓客として遇することとした。
「これより後、敵に勝っても士大夫を妄りに害してはならぬ。必ずや生きて捕らえよ」
邵續の気概を知り、諸将にそのように厳命した。
※
邵竺は人を遣わして江東に上表し、
「北方の藩鎮はただ邵續と
朝廷の高官たちは、長江、淮水、黄河を越えて河北に進出することは難しく、たとえできても石勒を破らねばならず、現実的ではないと言って反対する。
晋帝の
時の人々は、邵續の遭難を知り、夷狄が中原を犯して衣冠の士大夫が膝を屈していると嘆いたことであった。
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