第二十七回 段匹殫は劉琨を殺害す

 晋の太尉たいい劉琨りゅうこん并州へいしゅうを失い、父子ともに幽州ゆうしゅうにある段匹殫だんひつせんに身を寄せた。別に次子の劉群りゅうぐんは遼西に入って段末杯だんまつかいに身を投じ、段末杯もまた劉群を礼遇した。

 長子の劉濟りゅうさいは代国の人質となっており、国内の乱れに乗じて劉琨の旧将である姫澹きたんとともに、衛雄えいゆう拓跋六修たくばつりくしゅうの子を伴って幽州に逃れた。

 幽州公の段匹殫は彼らを劉琨の麾下に置き、ともに征北城せいほくじょうの鎮守を委ね、麾下の兵は一万を超える。

 この時、段匹殫とその弟の段末杯の間に隙を生じ、段末杯は手を懐にして幽州を得た段匹殫を嫉んで一計を案じた。密かに劉群に説いて言う。

「卿の父君は中国の堂々たる士大夫、官は太尉にまで昇りながら、今や征北城の鎮守を命じられている。幽州はそもそも中国の内地であり、筋で言えば卿の父君が治めるべきであろう。それを北辺に追いやるとは、吾は恥ずかしく思っている。今、姫澹や衛雄など代の旧将があり、軍勢は一万を超えた。これは大事をなすに足りよう。吾と兵を合わせて幽州を取るよう、卿は書状を認めて父君に伝えられよ。事を果たした暁には、卿ら父子が幽州の刺史に任じられるよう取り計らう。それでこそ晋朝の大臣というものではないか」

 厚遇されていた劉群はその勧めに従い、書状を認めた。段末杯は劉琨を説得するべく征北城に人を遣わした。

 この時、征北城の郊外では段文鴦だんぶんおうが狩猟をおこなっていた。段末杯の使者はその様を見ると、慌てて姿を隠す。段文鴦は何者かと疑って兵士を遣って捕らえさせ、尋問すると要領を得ない。

 拘束して持ち物を調べてみれば、劉群が劉琨に宛てた書状を得た。すぐさま幽州に還って報告する。段匹殫は怒って使者を斬った。それより段文鴦と段叔渾だんしゅくこんの二人に諮って言う。

「吾が劉琨を厚遇したにも関わらず、子の劉群は吾を討たんと書状を送っておった。これは劉琨の意によるものであろうか」

「事を伏せて劉琨を呼び出し、このことを責めて様子を観られればよいでしょう。実であれば罪を正さねばなりません。姫澹、衛雄、烏桓恭うかんきょうは計略に優れており、逃れて段末杯に与すれば面倒なことになりかねません」

 段叔渾の勧めに従い、征北城に人を遣って劉琨を幽州に召し出すこととした。

 

 ※

 

 経緯を知らぬ劉琨は、求めに応じて幽州に到り、段匹殫に見える。

「公の嗣子ししが段末杯と語らって吾を害そうとしておった。内より吾を害するよう、公に勧める書状がここにある。自らの目で改められるがよい」

「どうしてそのようなことがありましょう。われは劉曜りゅうよう石勒せきろくに并州を奪われ、落魄らくはくして四海に家なき身です。ただ明公めいこうとともに大義を表して国の恥を雪ぎ、芳名を青史に残すことを望むのみです。そうでなくては、天地の間に生まれた意味がございません。どうして密かに恩人に背く卑怯を行い、身を不義に陥れましょうや。それがしがどのような人間か、すでにご承知かと思います」

「吾もまた、公の心中にそのような汚濁はないと知っている。これは段末杯が嗣子をたぶらかしたのであろう。ただ、事は小さからず、公に告げざるをえなかった。段末杯と嗣子が幽州を犯すならば、吾は正義によって二人を罪せねばならぬ。公が吾を怨まぬかと懼れるているのだ」

「忠義の心は石に似て移らぬものです。余人が百計を案じたところで、某は一子のために徳に背く行いはできませぬ」

 段匹殫はもとより劉琨の至誠を知る。酒宴を催して歓を尽くすと、征北城に還らせようとした。それを知ると、段叔渾が言う。

「この件は劉琨の関知せぬところです。しかし、麾下にある盧諶ろしん郝詵かくせん、姫澹らはいずれも吾らに従うことを愧じております。万一、機に乗じる者があれば、内より変事を生じましょう。劉琨が至誠であるとしても、安心はできぬのです。さらに、段末杯がその身柄を奪えば、吾らに不利となるおそれもございます。幽州に留めて段末杯が乗じる隙を与えてはなりません」

 段叔渾の言を聞き、段匹殫は劉琨を幽州の城の一室に留め、人を置いて監視させることとした。

 

 ※

 

 北地ほくち太守の辟閭嵩へきりょすうという者があり、段匹殫が劉琨を幽州に拘束したと知った。それより、姫澹、郝詵らと諮って劉琨を奪い返し、ともに北方を平定せんと企てた。

 そのことを知る者が報せると、段匹殫は衆人を召して言う。

「劉琨に従う者たちが大事を企てておる。どのように処するべきか」

「小義に拘泥して大事を誤ってはなりません。劉琨を除いて後患を断つべきです。辟閭嵩の謀がなれば、段末杯は必ずや軍勢を合わせて手出しできなくなりましょう」

 段叔渾がそう言うと、段匹殫はついに人を遣って密かに劉琨を縊り殺した。従事の盧諶と張儒ちょうじゅはそれを知ると、祭壇を設けて大哭し、姫澹らとともに劉濟を擁して遼西に去った。

 彼らは劉群に見えると、段末杯とともに兵を挙げて怨みに報いるよう勧めたことであった。

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