ポップンロール

@Hayahiro

第1話

 俺たちポップンロール

 弾けて飛ぶのさ

 甘くてとろける

 ポップなロックンロール


 バンドやろうぜって、あいつが言い出した。突然のことだが、いつものことでもある。あいつはすぐになにかの影響を受け、真似をしたがるんだ。今回の原因はなんだ? 前日のテレビか、雑誌でも読んだのか、どっかの可愛い子にでも唆されたのかも知れない。あいつの思いつきなんて、いつもその程度だ。

 楽しいことしようぜ! それがあいつの口癖だ。無邪気な笑顔で、真っ直ぐな瞳でそう言うんだ。俺たちはいつも、そんなあいつに騙される。

 あいつとの付き合いは古い。俺の記憶では保育園からだが、あいつが言うには、それ以前にも公園などで一緒に遊んでいたそうなんだ。

 滑り台やブランコ、ターザンロープやクライミング。あいつと一緒に楽しく遊んでいたそうだよ。今になって思い出すと、確かにそんな友達がいたかも知れないっていう記憶は存在している。しかしそれは、後から散々あいつに聞かされた話を記憶が勘違いしているだけのようにも感じられる。

 俺たちは確かに、近所で生まれ育った。あいつの話が本当かどうかは問題じゃない。あいつと俺たちは、確かに全員がその公園で遊んでいた。一緒にいる時間なら、家族とさえも引けを取らない。


 保育園でのあいつは、遊びの天才だった。木登りや探険、オリジナルの鬼ごっこを考えたり、おままごとも独創的で楽しかった。

 しかし、天才っていうのは一人じゃない。俺は別として、あそこには四人の天才がいたんだよ。俺の誇りである幼馴染たち。

 ヨシオは保育園に入る前からピアノを習っていた。音楽の天才だった。と言っても、俺たち素人レベルの中ではだがな。ヨシオはどんな楽器でも、保育園一の腕前で演奏していた。俺たちがヨシオを真の天才だと感じているのは、ヨシオはいつだって、純粋に音楽を楽しむことができているってところだ。楽器以外のものを使ってでも演奏をする。あいつにとっては滑り台もブランコも、鉄棒だって楽器だった。

 ケイコはスポーツの天才だ。水泳を習っていて、中学の頃には全国大会に出場したことがある。ついこの間オリンピックで金メダルを取った女子高生に、試合で勝ったこともあるくらいだ。けれどやはり、俺たちはそんなところにケイコの天才さを感じたりはしない。ケイコはどんなスポーツだって全国レベルでこなせるが、それが凄いってわけではない。ケイコの凄さは、スポーツの楽しみ方にあるんだ。ケイコは音楽さえもスポーツのように楽しむ。激しいっていう意味もあるが、それだけじゃない。ケイコを見ていると、マラソン選手のような輝きが見えてくる。

 カナエは勉強がよくできる。けれど、頭がいいのとはちょっと違う。もちろんバカじゃないが、単純に勉強の天才ってだけだ。算数も国語もいつだって満点を取れる。カナエに言わせれば、勉強っていうのは、クイズやゲームと同じだという。カナエはゲームも天才的だ。クイズ番組をテレビで一緒に見ていて、カナエが正解しなかったのを見たことがない。カナエは勉強を楽しんでいる。知識を得たり、考えたりすることが楽しいようだ。参考書や教科書を読んでいるときのカナエは、俺が漫画を読んでいるときと同じ表情になる。授業中には、暴れたりはしないが、まるでライヴ会場にいるかのような興奮具合を見せている。けれど、カナエが真に天才的なのは、どんなことでも勉強だと考えられることだ。人生死ぬまで勉強って言うだろ? それを本気で全うしている。だからカナエは、人生そのものを楽しむことができるんだ。

 遊びの天才だったケンジは、ちょっとした変わり者だ。その天才ぶりが、その都度変わるんだ。生きることの天才っていうこともできるが、俺たちはまだまだお子様だからな。そんな大袈裟な表現にはちょっと無理があるかも知れない。ケンジは、人間の天才なんだよ。

 ケンジを中心に、俺たち五人は常に行動を共にしている。小中は義務教育だから、近所住みの俺たちにとっては当然のことだが、高校まで一緒になるとは驚きだよな。偶然なんかじゃないが、揃いも揃ってケンジに付いて行くとは思わなかったよ。そんな物好きは、俺だけだと思っていたからな。


 俺たち五人はそりゃあ仲良しだ。けれど、当時はまだ全てを曝け出してはいなかった。子供の頃って、そういうのが恥ずかしかったりするもんだ。保育園の頃には特に意識はしなかったが、家族や自分の将来のことなんて話したりはしなかったし、例えしていたとしても、お互いにそんな意識も記憶もなく、ただなんとなく言葉にしているだけで、そこに意味なんてなかった。保育園児なんてまだ、自分が世界の中心だと無意識に感じるお子様だ。なんて言うと、ちょっとばかり言い過ぎになる。大人になっても無意識で自分を世界の中心だと感じている輩は多い。俺たち五人はまだ、そんなお子様だったんだ。

 小学生になると、そんなお子様度合いは減っていくが、代わりに本音を晒すのが恥ずかしくなる。仲良しの俺たちの間にだって、意識的に秘密を作るようになるんだ。家族のこともそうだし、自分自身のことについても同様だ。俺は特に、そんな傾向が強かった。学校で家族のことを話したことは少ない。将来の夢や、好きな女の子のことさえ話さなかった。まだ自分が世界の中心だと感じている連中は相変わらずだったが、俺たち五人の中に、そんな奴は一人もいなかった。と言っても、本音を全て隠して仲良くしていたわけではなく、自分勝手な本音は無闇に表に出さなかったってだけのことだ。

 中学生になると、その傾向はさらに強くなっていく。俺たちは、それぞれの友達を作り、五人で会うのは登下校時や休みの日くらいだった。学校で顔を合わしても、挨拶程度だ。特に俺は、ケイコとカナエとの距離を遠くしていた。好きとか嫌いとかは関係がなく、異性とは距離を置きたくなる年頃だったってわけだよ。

 しかし、ケンジだけは少し様子が違っていた。ケンジは決して夢見がちなお子様ではなかったが、本音を隠すこともなかった。無闇矢鱈に夢を語らずとも、自分に対しての信念を持っていた。当然、自分が世界の中心じゃないことは理解している。そのせいか、少し大人びている面もある。ケンジは全てを楽しむことのできる男なんだ。ケンジといると、俺はなにをしていても楽しくなれる。


 小学生の頃のケンジは、野球に夢中になったり、読書に耽ったり、映画ばかりを観たり、漫画やアニメに嵌ったり、テレビでお笑い好きになったり、多趣味と言うか、本人が楽しめると感じたことはなんでも試していた。どれも長続きはしなかったが、それは決して中途半端に投げ出したわけではない。ケンジなりの理由があり、納得をした上で夢から覚めていく。

 プロ野球選手になりたい! 夏休み明けの初日に、会った瞬間、ケンジがそう叫んだ。

 俺が知る限り、野球に対しての熱が一番だった。甲子園で活躍する二人の選手に影響されたようだったが、あいつはそれまでも野球の話をよくしていて、公園でキャッチボールをして遊ぶことはよくあった。

 明日、少年野球のチームを見学するんだけど、みんなも来るだろ?

 ケンジはなんの迷いもなく俺たち四人を誘った。ケイコは分かるとして、カナエまでもを当たり前のように誘うんだ。俺にとっては今でこそだけど、ケンジは俺たち五人を当時から兄弟のように感じていたんだ。

 俺たち五人は、日曜だというのに学校に行き、野球の練習を体験した。見学だけだと思ってはいたが、五人共がそれなりに運動ができる格好をして来た。俺は普通に楽しんだ。ケイコは俺よりも上手だった。意外なのがカナエで、そのバッティングセンスを監督に褒められていたよ。カナエには四つ上の兄貴がいて、野球をやっていたんだ。その影響で、何度かバッティングセンターに行ったことがあると言っていた。ヨシオは下手くそだったが、なぜだか一番真剣だった。そんなヨシオの姿は、監督には一番の好印象のようだった。ヨシオには付きっきりで指導をしていた。肝心のケンジはというと、やはりなんでも上手にこなしていたよ。監督は満足気な表情だったが、コーチの一人はケンジを睨みつけていた。俺にはケンジがなにか悪さをしたようには見えなかった。五人の中で一番態度が悪く、やる気がないのは俺だったと思う。けれど俺は、相手にされていなかったのか、そんな視線も向けられず、注意の一つもされなかった。

 俺たち五人は、翌週から正式なメンバーになった。それから一年半、毎週野球をするっていう生活が続いた。それぞれみんな、別の習い事をしながらだ。俺は当時、書道教室に通っていた。ケイコは水泳で、ヨシオはピアノ。カナエは大忙しで、俺と同じ書道教室とそろばん教室と、学習塾と絵画教室に通っていた。ケンジは俺たちには内緒にしながら、バレエ教室に通っていたはずだ。ケンジはきっと否定するだろうが、ケンジのあの独特な佇まいはバレエ仕込みなんだよ。


 子供の問題に親が口を出す。どうしてそんな馬鹿げたことをと感じるが、あまりにもよくある出来事で、俺たち子供は泣き寝入りするしかなくなるんだ。親っていうのは、口出しはしても、その後の後始末はしてくれない。

 俺の親は、試合があっても見にきてくれなかった。俺にとってそれは、嬉しいことだ。余計な口出しなんて、して欲しくない。俺たち五人の中では、ケンジの親だけが顔を出していた。ケンジの親は、子供に関心があるっていうタイプというよりも、単純に野球が好きだったんだ。

 ケンジの親は、両親共に熱心だった。父親は、ケンジに対してだけでなく、俺にも口を出してくる。ああした方がいいだとか、もっと真剣に取り組めだとか。それはそれで構わないが、その後の展開がよくなかった。ケンジの両親こそ、もっと真剣に取り組んで欲しかった。

 俺たちを指導していた監督が年齢を理由に辞めることになった。それが悲劇の始まりだ。ケンジの父親は、コーチではなかったが、まるでコーチのように振舞っていた。次の監督が自分になるんじゃないかとさえ考えていたようだ。しかし、そんなことにはなるはずもなかった。監督の甥っ子がチームのコーチだった。そのコーチが次期監督になることは、誰がみても明らかだったからな。

 ケンジの父親もそうだが、その人事に最も反対したのはケンジの母親の方だった。あの人が監督になるなんて、絶対に許せない。なんとしてでも阻止しなくてはと、親連中に声をかけまくった。うちの亭主を監督にするべきだとの説得をしながら。俺の親は無関心だったが、中にはケンジの母親に乗っかる親もいたんだ。そして、勝手に監督候補に名乗りを上げたことになり、二人の争いが始まった。

 どっちが新監督になるのかは、初めから決まっていた。ケンジの両親は、勝手に騒ぎ、勝手に盛り上がっていただけだ。そもそも、次期監督争いなんて存在していなかった。次期監督は初めから、甥っ子が勤めることに決まっていたんだ。

 それでも一度火がついた親連中を鎮めるのは難しい。

 ケンジの母親の勢いは止まらず、数の上では監督の甥っ子の支持を上回った。

 しかし、そんなことは御構い無しに、なんの前触れもなく監督は交代された。それに怒ったケンジの両親は、練習にも全く顔を出さなくなった。なにやら監督に文句を言ったようだが、まるで相手にもされなかったらしい。その他の親連中は、何事もなかったかのように新監督にベタついていた。掌返しが上手いんだよ。

 ここまではまぁ、よくある話だ。ケンジの両親はケンジに野球チームを辞めろと言ったそうだ。俺ならきっと、その指示に従うね。しかしケンジは、辞めなかった。それがいけなかったんだろうね。新監督は、あからさまにケンジを虐めたんだよ。それもかなり陰湿な方法でね。


 ケンジはチームのレギュラーだった。以前の監督時代はな。それが監督交代と同時にベンチ入りすらできなくなったんだよ。俺は巻き込まれなかったが、ケイコはベンチから外されたよ。新監督はケイコがケンジを好きだって勘違いしていたんだ。それを理由にそんな対応をした真意は意味不明だけどね。

 俺達五人に、恋愛感情なんてなかった。兄弟姉妹で恋に落ちないのと一緒だよ。新監督は確かに、ケンジの両親が嫌うに値する人間だったってことだ。

 さすがにケンジは怒りを爆発させたよ。ケイコだけでなく、俺たち四人を誘ってチームを去ることにした。しかし、ケンジは決して泣き寝入りなんてしない。五人で新しいチームを作ろうとしたんだ。なんともまぁ、ケンジらしい対応だよ。

 ケンジは父親に相談をし、協力を求めたが、それは無理だと言われた。面倒ごとはごめんだそうだ。やりたいなら勝手にすればいいとも言われたようだ。だからケンジは、勝手にすると決めたんだ。

 そんなケンジに協力する大人が一人いた。俺の父親だと言えたら嬉しいんだが、残念ながらそうじゃなかった。最終的には俺の父親も、ケンジの父親だって手伝ってはくれたんだが、その初動に協力してくれたのはヨシオの父親だけだったんだ。

 俺たちの町に、野球チームは一つしかなかった。隣町に行けばあったんだが、よその人間の力を借りたくはなかったんだ。ケンジの目的は、野球を続けることじゃなく、新監督をやっつけることにあったんだよ。

 しかし野球は五人ではちょっと厳しんだ。九人でやるスポーツだからな。後の四人仲間を探さなくちゃならなかった。

 意地が悪い俺は、新監督率いるチームから何人かを引き抜こうと提案したが、ケンジがそれを却下をした。それじゃあ意味がないんだとさ。

 それで結局、同じ学校の連中に声をかけることにした。それしか方法がなかったんだよ。他の小学校にも知り合いはいたが、練習時間を考えると、近場を誘うのが一番だったんだ。

 悔しいが、新監督率いるチームは強かった。俺達五人がいてもいなくても、全国大会に出場できるほどの強さだったんだ。俺達の一つ後輩だけど、今年の甲子園で大活躍した奴もチームにいたんだ。そいつは今からプロのスカウトに目をつけられているって噂だよ。

 同級生に目星い奴が二人いた。陸上をやっている奴と、サッカーをやっている奴だ。運動神経がよく、遊びでの野球にはよく参加をしている。理由を話すと、喜んで参加すると言ってくれた。

 後の二人を探すのが一苦労だった。運動が得意でなくても構わないと、とりあえずは男女の区別なく全員に声をかけた。しかし、誰一人として快い返事はくれなかった。

 私じゃダメですか? そう声をかけてくれたのは、一つ下の女子だった。俺達が声をかけていたのは同級生だけだったから、まさか年下から声をかけられるとは想像もしていなかった。

 別にいいけど、野球やったことある? 俺がそう言うと、彼女は首を横に振った。

 けど・・・・ 友達で一人上手な子を知ってるよ。女の子なんだけど。

 これでようやく九人が揃ったってわけだ。男子五人に女子が四人。なかなか珍しいチームだよな。バランスが取れていると俺は思うよ。今の時代にはよく合っている。

 しかし当時は、大いに笑われたよ。オカマチームだとか、女たらしだとかね。けれど俺達は、少しも気にしなかった。そういうことを言うのは、弱い奴らって相場が決まっている。俺たちのチームは、練習試合では負けなしだったんだからな。


 ヨシオの父親は、とてつもなく厳しかった。野球に関しては素人だったが、教えることが上手で、しかも熱心な勉強家でもある。俺の父親とは大違いだ。平日の放課後にも練習をしていた。サラリーマンじゃない父親って、格好いいなって思ったよ。

 俺達はみるみる上達していったよ。もともと素質があった連中と、やる気に満ちた連中しかいないんだ。土日の練習だけで満足し、強豪チームを気取っている連中とは違うってことだ。

 ヨシオの父親は、あちこちのチームに会いに行き、練習試合を組んでくれた。新監督率いる古巣のチームにも掛け合ったようだが、断られたらしい。俺達の噂は町を飛び出していたからな。なんせヨシオの父親が探してくる練習試合の相手は、市外はもちろん、他県からもやってくる。どういう繋がりがあったのか、強豪と呼ばれるチームも多く混ざっていた。

 古巣のチームとはいずれ大会で当たるんだから、わざわざ練習試合をしたいとは俺もケンジも思っていなかった。他の連中も同じだ。早めに実力を見せつけてしまうと、本番で逃げ出しかねないからな。あの監督ならそうしそうだよ。現にちょっとしたズルもしている。

 俺達は、古巣のチームが毎年出場している大会にエントリーをした。決勝で当たれば面白いなと俺は思ったが、それだと古巣のチームが途中で敗退する危険もある。初戦で当たりたいと、ケンジは言っていたよ。

 結局俺達は、組み合わせにより、準決勝まで進まなくてはならなくなった。練習試合では負け知らずと言っても、大会ともなるとそう簡単にはいかない。相手も本気だし、なんせ俺達は警戒されていた。練習試合のときにはどのチームも俺達を甘く見ていた。負けるわけがないと思っていたんだ。ちょっといいプレイをしても、たまたまだって感じていた。点を取られても、すぐに取り返せる。そんな気持ちで挑んでくる奴等に、俺たちが負けるはずもない。

 しかし、実力がどうとかをいう前に、本気でくる相手は馬鹿にできない。俺達は常に本気でそんな相手と向かい合った。

 九人ちょうどしかいない俺達は、疲労が溜まる一方だった。ピッチャーはケイコとケンジが交代でやっていた。俺達は強くなったとはいえ、所詮は駆け出しだ。本気でぶつかってくる相手には、そう簡単には勝てなかった。それでもなんとか勝ちを重ね、準決勝まで辿り着いたが、誰もがボロボロの身体になっていた。

 こうして迎えた準決勝の相手は、古巣のチームだった。あいつらは確かに強かったが、俺達にビビり、助っ人を用意していたんだよ。それも、野球の本場から連れてきた外国人をだ。

 まったく、イヤになるよな。


 新監督の妹が、海辺の街の海軍兵士と結婚をした。その関係者からの紹介で、わざわざその大会のためだけにホームステイさせていた。

 外国人は二人いた。ピッチャーとキャッチャーだ。ピッチャーは小学生とは思えないスピードの球を投げる。キャッチャーはどんな球でも打つスラッガーだ。準決勝までは、二人だけで野球をしていたと言っても過言ではない。甲子園で大活躍した後輩も、まるで出番がなかった。

 しかし、俺達はそんな奴に黙って敗けを宣言したりはしない。というか、とても燃えたよ。外国人が悪いとは思わないが、そのやり方が気に入らない。新監督は、二人の家族に金を払っている。二人はそれを承知で野球をしている。

 ケンジはこういう状況では普段以上に力を発揮するんだ。

 しかし、身体には限界がある。頑張りすぎたケンジは、途中で肩を痛めてしまった。その後はケイコが奮闘した。試合途中には色々な事件があったんだが、とにかく俺達は勝ったんだ。甲子園の後輩もそれなりに頑張ってはいたが、俺たちの前では力不足だった。まぁ、あいつが必死になっていたのには、勝負とは別の問題があったんだけどな。

 甲子園のあいつは、俺たちのチームに入った一つ下の女子のことが好きだったんだ。野球が上手な方じゃなく、全くの素人の方をだよ。

 残念なことに、その子はケンジのことが好きだったんだ。っていうか、もう一人の子もそうだった。二人共、ケンジと一緒にいたくてチームに入ったんだよ。

 この年齢の恋っていうのは、一方的な片想いが多く、大抵はそれで満足するもんなんだ。二人共、そんな感じだった。ケンジのことが好きだっていうのはみえみえだったが、一緒にいるだけで満足をしていた。

 ケンジは二人の気持ちに気付いてはいたが、ごく普通に接していた。特別扱いはせず、避けたりもしなかった。そんなケンジの態度に、二人はさらに好感を持っていたようだ。

 しかし、甲子園のあいつは違っていた。素人の子を自分のものにしたく考えていたようだ。まだ小学生だっていうのに、ませたガキだよ。

 甲子園のあいつだってそれほどの馬鹿じゃない。自分の好きな子が、自分を見てくれていないことは分かっていたようだ。ケンジに恋していることを知り、嫉妬心が爆発した。

 絶対に負けたくないっていう思いが強すぎた。甲子園のあいつは、かなりの乱暴なプレイで好きな子を怪我させてしまったんだ。足首の捻挫し、脛の辺りから血を流した。ケンジは本気で怒っていたよ。乱闘騒ぎになるんじゃないかと冷や汗をかいたくらいだからな。

 結局そのプレイが勝敗を決めたともいえた。甲子園のあいつは、その事件をきっかけにプレイの精彩を欠き、それを見ていた外国人までやる気をなくしてしまった。さすがにレディーファーストの国の子供だ。女子を怪我させてまで勝ちたいとは思えなかったようだ。映画の世界ではスポーツが得意なだけで女子にも乱暴な奴らが多いが、現実は必ずしもそうじゃないと知ったよ。外国人に対する偏見はよくないってこともな。

 古巣のチームが低迷している間に、俺達は勝ち越したんだ。それまではゼロゼロだった。ケンジが肩を痛めてファーストにまわっていたから、相手にとってはチャンスだったはずなんだ。ケイコは必死だった。やる気をなくしたあいつらには決して打てない球を投げていた。

 そのまま勝ち逃げっていうのもありだったが、あいつらは最終回になり、やる気を取り戻した。そのきっかけは、素人の子だったんだよな。


 あんなに勇気がある子だとは思わなかったよ。その名前もユウキっていうことを知ったときは驚いた。名は体を表す。ごく稀に実在するんだ。俺はその日をきっかけに、ユウキに恋をしているんだが、それは内緒だ。いまだに実っていない恋だからな。けれどもう、ユウキはケンジに恋をしていない。俺にもチャンスはあるってことだ。

 最終回の表、俺たちの攻撃の際、ユウキは突然相手ベンチに走っていき、大声を出した。野球をしているときは別だが、普段は大人しい感じのユウキが、あんな風に大声を出すとは思わなかった。まぁ、これも野球の試合中だったし、ユウキにとっては自然な行動だったんだろうよ。見ていた俺たちには驚きだったけれどな。

 あんた達ねぇ! やる気がないんなら今すぐ帰りな! 言っとくけど、私は怪我なんてしていないからね! ちょっと足を捻ったり血を流すのなんて、野球選手には日常でしょ!

 ユウキの言葉に、甲子園のあいつを筆頭にした古巣の奴らが萎縮する。外国人の二人も、言っている意味は分からずともその言葉に圧倒されていた。するとユウキは、その二人に向かって英語を投げた。

 ユウキの言葉の意味が分かっていたのはカナエだけだった。俺はその場でカナエからの耳打ちを受けていたけれど、その他にとってはチンプンカンプンだったはずだ。

 続けてユウキは、日本語でも投げかけた。英語での言葉を和訳し、さらに言葉を足していた。

 女の私に怪我させたと思っているなら責任をとってみな! 本気で向かってくるのが礼儀だろ!

 そう言っていたそうだ。

 ユウキの言葉に外国人の二人は立ち上がった。そして本気の顔つきでグランドに飛び出した。

 あんたもさ、私のことが好きなら本気で向かってきなよ! こういう中途半端は嫌いなのよ!

 ユウキは甲子園のあいつに向かってそう言った。あいつは一瞬苦い顔をしたが、一度深呼吸をし、すぐに真剣な表情を取り戻した。そしてグランドに走って行く。他の連中も後に続いたよ。

 ユウキは走って俺たちの元に戻ってきた。足の痛みを感じさせない走りだったが、俺は気がついていたよ。ケンジに対し、無理はさせない方がいいと耳打ちした。するとケンジは、分かっている、だからタケシが自分で伝えてこいよ。そう言ったんだ。俺は内緒にしているんだが、ケンジは当初から俺の気持ちに気がついていたのかも知れない。

 俺はユウキの側へ行き、バットは振らなくていい。無理して走ることはないよ。そう言った。ユウキは一瞬の沈黙の後、こう言った。

 ・・・・タケシ君って、優しんだね。でも大丈夫。もう痛くなんてないよ。

 そう言われてしまうと、返す言葉がなかった。ユウキはヘルメットをかぶり、バッターボックスに向かった。俺はただ、その背中を見つめていた。


 外国人のキャッチャーがユウキになにか話しかけていた。その言葉を受け、ユウキはニコッと笑った。外国人のピッチャーも、笑顔を見せたよ。そして本気の球を投げつけた。

 ユウキは二度、見逃した。そのままでいいんだと俺は思った。そんな思いでユウキを見つめていると、俺に顔を向け、ニコッとする。思いが通じてよかったと安心し、俺は頷いた。

 しかしユウキは、俺が思っていたのとは違う行動をとった。バットを短く持ち、思いっきり振ったんだ。

 ボールはバットに当たったが、ピッチャーの前にゆっくりと転がっただけだった。どうせ間に合わないんだ。無理して走ることはないのに、ユウキは全力で一塁ベースを駆け抜けた。結果はアウトだよ。しかも、一塁ベースを踏む際、痛みに顔を歪めていた。

 その表情に気がついたのは、俺だけだったようだ。ユウキは笑顔でベンチに戻ってきたんだが、よく頑張ったとの言葉しか聞こえてこなかった。ケンジでさえ、そんな労いの言葉しか使わなかった。俺もそれに倣ったよ。本人が隠そうとしているんだ。無理に暴く必要はない。そう思ったが、やはりきつく叱った方がよかったのかもと、すぐ後に思ったよ。

 裏の回を凌げば俺たちの勝ちだ。運がいいことに、三人で片付ければ外国人の二人にも甲子園のあいつにもまわらないで済む。ケイコは最後の力を振り絞り、頑張った。そして二人を三振させた。

 後一人になり一球目、ボテボテのセカンドゴロだ。そこを守っていたのはユウキで、普段なら簡単に処理できる球だった。しかしユウキは、捕らえた球をファーストに投げる際、足の痛みで踏ん張りが効かず、倒れ込んでしまった。しかしその球は、なんとかケンジの手元に届き、三人目を打ち取った。キャッチャーをしていた俺は、真っ直ぐにユウキの元に向かい、背負ってベンチに戻り、その足を手当てした。まぁ、ケンジの母親が処置しているのを見ていただけだったんだけどな。ケンジの母親は、結婚する前には看護師だったらしいんだ。

 試合には勝ったし、古巣のチームメイトと外国人は俺達を認めてくれて握手を求めてくれた。新監督はしかめっ面で居心地悪くしていたけれど、俺達は目標を達成できて満足だった。正直、決勝のことなんてどうでもよくなっていた。

 そして決勝当日は、コテンパンにやられてしまった。怪我を押しての出場だったが、それが理由で負けたんじゃないのは明らかだった。俺達はすでにやる気を失っていたんだから当然だよ。本気じゃない奴は、勝てないんだ。それが勝負の世界の現実だって知ったよ。

 野球はもういいか?

 ケンジがそう言い、俺達のチームは解散をした。ヨシオの父親の働きにより、俺達五人とユウキ以外の三人は古巣のチームに受け入れられることになった。これは噂にすぎないんだが、ケンジのことを好きだったもう一人の女子は、甲子園のあいつの彼女になったらしいよ。

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