第7話 幼馴染と俺の終末論

 魔義眼を装着するのは意外にもすぐに済んだ。カインとかいうやつの最高傑作というから、どこか厳重な場所にしまわれているのかと思ったのだが、現物はなんと墓の装飾に使われていたのだ。それを無理やり外し、タナトスは俺の目にそれを埋め込むように押し付けて、いつの間にか魔義眼の装着は終了となっていた。

 衛生面で少しの不安を覚えたが、体に異常が見られなかったので、いつの間にかそんなことは忘れてしまった。とにかく、俺は新しく手に入れた左目の感覚に全身が慣れようとしているのを知った。違和感とも、高揚感とも言えないそれは、どうも俺の体を痒くさせる。


 俺が不思議そうにやっていると、タナトスが面白そうに話しかけてくる。その顔がどうも見透かしているようで胡散臭かった。きっと、麻里奈がタナトスを嫌う理由の一つがこの態度なのだろう。ほんと、神様ってのは変人なのだろうか。


「今、君の体が魔義眼を受け入れる体勢を整えてるのさ」

「……この違和感のことか?」

「そうだよ。もう少しすれば、その感覚もなくなって、次第に左目が君の体に馴染むだろう。時間にして七十二時間といったところかな。他に質問はあるかな?」

「別に、質問をした記憶はないけど……じゃあ、一つ答えてくれよ」

「なんだい?」

「この義眼……《終末論アヴェスター》ってのは一体、どういうものなんだ?」


 ずっと気になっていた。聞いた話では、この義眼を作ったことで、カインとかいうやつは追い出された場所に墓を手に入れることができたらしい。神様の世界に墓を立てるなんてどれだけのことなのかなんてわかりはしないが、並大抵のことではないということだけはわかる。

 そして、その最高傑作である左目に収まった義眼は、ただの義眼ではない。魔義眼。魔法を宿した義眼という、この義眼には、一体どれだけのものが秘められているのか。気にならないわけがない。


 果たして、タナトスは俺の質問に答えを告げる。

 しかし、その発言は俺にとってかんがえもしていなかったことで。宙に浮かんだタナトスの態度は、心なしか困ったような姿に見えた。


「あ~……」

「……? どうしたんだよ、タナトス」

「実は、知らないんだ。その目はすべてを見通す。そのことだけは知り合いに聞いたから知っているけれど、それ以上のことは知らない……というか、神々ぼくたちにはわからないんだ」

「……は?」


 じゃあ、なにか? よく知りもしないものを俺に与えたってことか?

 いや、タナトスのことだ。また別の理由があるに違いない。……待てよ? どうして俺は、こんなにもタナトスのことを信頼しているんだ?


「これでもわからない理由はちゃんとあるんだよ? その義眼はね、神々の義眼と呼ばれるが、神々が装着できるものではなかったんだ。設計からして、それは人間が装着することを元にして作られた」

「神々の義眼なのに……人間のために作られた?」

「そうなんだ。魔義眼の神性から見ても、僕たち神がつけるべきものであるはずが、なぜか人間のために作られた。だから、彼の最高傑作は、神々から見ればただの駄作に過ぎなかった」


 その言い方には含みがあった。

 過去形で話されるそれに、俺は一つの可能性を見出した。もしも、神々の能力を持つと考えられる魔義眼が、神々のためではなく人のために作られたのなら、カインとかいうやつは一体何を考えてそんな物を作ったのだろうか。

 神々の能力を人間がホイホイと持てるはずがない。だから、ここに封印のような扱いをされていたのだ。決して、神以外が神々の能力を持たないように。


 では、今は?


 今、どういう因果か、神々に選ばれた無力の俺がいる。そして、封印されていた魔義眼は俺の左目に収まった。これは、どう考えても――。


「まるで、こうなることを予期して作られた。君も、そう考えるんだろう?」

「……じゃあ?」

「ありえない話ではない。あるいは、今この状況こそが、彼が起こしたバタフライエフェクトの最中なのかもしれない。まあ、小難しいことは頭の固い爺さんどもに任せておけば良いのさ」

「そういうものか?」

「そういうものさ。さあ、晴れて力を手に入れた気分はどうだい、御門恭介くん?」

「……どうって言われてもな。実感がわかないからなんとも言えないし。何より、俺の後ろで今にもブチ切れそうな幼馴染の前じゃ、喜ぶこともできないだろ」


 実は、ずっと発言をしてない麻里奈は、俺の左目に義眼が装着されてからというものの、終始怒りのオーラを垂れ流している状態だった。さすがの俺も、怖すぎて先程から無視を決め込んでいたのだが、そうもいかなくなってしまった。なにせ、麻里奈の怒りは終始俺に対しての心配だったのだから。


 仕方ない。いろいろと無知な俺が勝手に決め込んでやったことだし、やっぱり謝るしか無いよな……。でも、謝って許してくれるかしら?


「え、えっと……麻里奈?」

「何、きょーちゃん?」

「その……勝手に決めて、危ないものとかに足を踏み入れて悪いってほんとに思ってるんだ。けど、そうしないといけない理由もちゃんとあってだな――」

「へぇ? 幼馴染で、しかも年上で、さらにはきょーちゃんよりもこっちの話を知っている私に相談の一つもないんだ、へぇ?」


 すごい怖いじゃないですかやだー。


 謝ればまだどうにかなると思ったが、どうやらそれは幻想だったようだ。

 まさか、俺が今手に入れなければならなかったものが、左目よりも、幻想を殺す右手だとは思いもしないだろう。いや、それはそれで手に入れたら幼馴染の怒りを買うことに違いはないのだが。

 とにかく。俺は喜べない状況に肩を落とす。


 俺と麻里奈の会話の一部始終を見ていたタナトスはクスクスと笑っているばかりで、俺を助けようとは思わないらしい。

 板挟みにされるのは慣れているつもりだったが、相手が幼馴染と神様ともなると、その威力は想像を絶するもので、肩身が狭いとはよく言ったものだ。


 これで無事に魔義眼を手に入れられた。状況は芳しくない……というか、幼馴染にマジで嫌われそうだが、それでも手に入れるべきものは手に入れたのだ。後は、タナトスの話では七十二時間を費やして、やっと魔義眼が体に定着するようだ。

 それを待って、俺は俺を殺した神様に会いに行かなくちゃならない。七十二時間後。それが俺の大一番のカウントダウンだ。

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