第5話 神々の世界に来たんですが
力を与えるために、一体どんな行為が必要なのかは一般人である俺にはよくわからないけれど。どうも、こういうことに詳しいような麻里奈は、必要以上にタナトスを警戒していた。
だが、その麻里奈の行動も、タナトスの言葉で一蹴されることになる。
「そう睨まないでもらいたいな。少なくとも、君の愛する人を食べようなんて思っていやしないよ」
「そんなことしたら、ギリシア神話体系を滅ぼすから」
「お~怖い怖い。でも良いのかい? 愛する人って言葉を否定しないで」
「べ、別に、私がきょーちゃんをどう思ってるかなんてもう知られてるから! ね!?」
麻里奈の祖母の家は、非常に静かな森のなかに建っていた。外に出ると、その様子は顕著に現れていた。鳥は鳴き、森はさざめき、空気が澄んでいる。まるで心を洗われる思いでいるところに、麻里奈の大きな言葉が耳を挟む。
ハッとなって麻里奈のほうを向き、何やら同意を求めているようなので、とりあえずイエスの意味を込めて返事をすることにする。
「あ、ああ。そうだな。……何が?」
「あぁもう! なんで、ちゃんと聞いてないかな!?」
「す、すまん。景色がすごい綺麗なもんだから、見とれちまったんだよ……」
普段、俺はこんなにも自然に見惚れるようなことはない。なぜなら、俺は普通の男の子で、普通の男の子というのは、少なくとも自然よりも女の子のほうが気になるからだ。なのに、今日の俺はどこかおかしい気がする。いや、片目がなくなってる時点でだいぶおかしいのはおかしいのだが、そういうことではなくて。
まるで、自分の感覚が自分のものじゃないみたいだ。
これは体を再構築したために起きる不具合みたいなものなのだろうか。でも、そんなことはタナトスは言っていなかったし、元々自然を愛する心が俺にあったというのだろうか。いや、それはないか。
俺が手を見つめながら考え込んでいると、タナトスが目の前に現れて、疑問の答えを落としていく。
「まるで、自分の体が自分のものではないような感じがする、といったところかな?」
「……なんでわかった?」
「わかるとも。普通、こんな場所に、一般人は来ないんだからね」
「こんな場所?」
「君は感じたことがないかい? 神社に足を踏み入れた時、鳥居をくぐった瞬間、あるいは寺院に入ったときでもいい。空間が変わったとか、空気が変わったような感じがしたことは?」
「……ある、けど」
「それはね。神が住まう門前だからだよ。人は感覚が強すぎて、神の存在を未熟ながらも感知してしまう。大抵は、避けるか、敬意を持って近づくかの二パターンだけれど、稀に門前を通り過ぎる人間がいる。僕たちはそういう人間を、巫女、シャーマン、あるいは――英雄と呼ぶ」
風がなぎった。頬を触れる風は、金切り風になってタナトスの首を切断しようと迫る。
俺は、それが麻里奈が放った手刀だと気がつくまでに、一分以上の時間を有した。
気がつけば、タナトスは少し遠い場所まで離れており、俺の背後には見たこともない目をしている麻里奈の姿があった。怒っていたのだ。何にかはわからないけれど、麻里奈は今、怒りに任せて神様に攻撃を仕掛けた。
なぜ。その言葉よりも先に、麻里奈がタナトスへと言葉を渡す。
「あんまり、きょーちゃんにこっちの世界の話をしないで」
「……それはできない相談だ」
「なんで……!」
「彼は……御門恭介くんは我々、神々と契約した。その身をもって、悪を成す何者をも降す存在になるとね。あるいは、君が彼の選択に否を言えるのかい?」
少し前にわかったことだが、麻里奈とタナトスの相性は最悪だ。犬猿の仲よりもなお悪い。天才と神様は反りが合わないようで、それに挟まれる俺は、非常に肩身が狭い。
このまま放っておいても俺のためにならないので、二人の間に立って大きく肩を落としつつ喧嘩を宥める努力をする。
「お前たちが仲が悪いのはよくわかったって。麻里奈、タナトスが言うように、俺はタナトスに頼んでここにいる。誰かがやらなきゃいけないことなら、俺がやったって同じことだろ?」
「でも……! これ以上知ったら、本当に後戻りできなく――」
「元々、後戻りなんてできないんだよ。俺はもう、一度死んでるんだから。それに、このままだと中途半端で、夜も眠れない」
タナトスに文句は言えども、俺に反論はできない様子の麻里奈は、また泣きそうな顔になってしまう。やっと収まった騒動も、これにて落着。するはずなのだが……。
「あれあれ~? 泣くの? 泣いちゃうのかな~?」
「なあ、タナトス。頼むからこれ以上、話をややこしくするのはやめてくんない……?」
俺を殺した黒スーツを着た男よりも先に、タナトスをどうにかしないといけないのではないだろうか。本気でそう考え出す手前で、タナトスは一歩引く。麻里奈をいじるのに飽きたのではなく、純粋に今やらなければならないことを優先したのだろう。
そういえば、どこへ向かっているのか聞いてなかったな。話を聞く限りだと、ここら一帯は普通の人は絶対に近づかない場所らしいけど……。
少なくとも、どこへ向かっているのくらいは聞く権利があると思い、タナトスに説明を求めるために先に行くタナトスの背中に言葉を飛ばそうとする。が、その前に言葉がやってきた。
「到着だよ」
「……ここは?」
「神々の墓標。古き神々の眠る安息の地さ」
「……待て、じゃあここは――」
引きつる頬に、タナトスはニヤつき、麻里奈は険しい顔になる。
そして、とんでもない答えはやってくる。
「ここは
なんてこった。神々が死ぬとか、そういうの以前に俺……神様たちの世界に来ちゃったんですが!?
てか、麻里奈ここに住んでるとかいってませんでしたっけ!?
ただでさえキャパオーバーで脳みそが悲鳴を上げているというのに、いろいろと考えたくないことが押し寄せてきて、もう何が何やらわけがわからなくなってきた。挙げ句頭を抱えて低い悲鳴をあげる始末。心配した麻里奈が、俺の背中を優しく撫でるが、俺としてはそれどころではない。
とりあえず、自分が神々の世界に来たのはわかったので、どうしてそんなところに来てしまったのかの説明を求めた。
「ど、どうして俺を、ここに連れてきたんだ?」
「いろいろと理由はあるけれど、一番の理由は僕が与える力を行使するにあたって、君に与えなきゃいけない物があってね」
「……それは?」
クエスチョンマークを頭に浮かばせて、どうしてわからないという風でいるタナトスは、少し考えて、俺がただの一般人だったことを思い出したようで、悪戯者の顔になる。
あー、これはろくでもないことを考えてやがるな。
とてもわかりやすいタナトスの表情を見て、これから言われることが、とんでもないことだと悟る俺は、希望すら願わずにただ待ち受けた。
果たして、タナトスの口はここに来た理由を告げた。
「君に、神々の目を与えようっていうのさ――当然だろう?」
ぜひとも、その当然を馬鹿げていると気がついてもらいたいものだ。
まあ、相手が神様ならば、一生をかけても無理な話ではありそうだが。
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