第3話 神様っていうやつは

 中二病のときに、死後の世界を考えたことはあった。

 その時の俺が考えた死後の世界とは、お花畑が天国で、鬼だとか言葉に出来ないような化け物がいるのが地獄であると定義していたような気がする。もちろん、それを元に妄想を繰り広げたことは言うまでもあるまい。所謂若気の至りというやつだ。黒歴史と言っても良い。


 んなことはどうでもいいんだ。ああ、どうでもいいとも。問題は、どうしてそんな話になったのかって話だろう?

 記憶のチェックを始めよう。とりあえず、麻里奈のおっぱいはおっぱいで保存だ。さあ、左クリックと右クリックを連打して複製保存を繰り返せ。……っと、そうではない。いろいろ有りすぎて現実逃避しかけていた。目下、問題として取り上げられるのは、俺が死にかけていることにほかならない。


 そう、俺は死にかけているのだ。近道を選んだがゆえに、巷で噂の殺人現場に遭遇してしまい、そこで俺は、黒いスーツを着た男性に雷を打ち込まれた。

 普通なら死んでいて当然だ。まず意識があることはないだろう。では、今の俺はどういう状況だ。

 雷のような攻撃を受けて、意識を保てている俺は、一体どういう体の構造をしているんだ。おぉ? 俺の体は超人でしたか? いいえ違いますね。標準以下の性能でしたわ。


 とにかく、俺が言いたいのは、視界に映る宙に浮く少年についての解説なんだよ!!


「返事をしてもらいたいんだけれど……?」


 いやね? 返事ができる状況に見えるなら、お前の目は大したもんだよ。タナトスだっけ? お前一回眼科行ったほうが良いわ。


 言うまでもないが、俺の体からは雷撃を受けたダメージにより、体中から煙が出ている。激痛だってあるのに、叫び出せないのが返事をできない良い証拠になるだろう。

 その状況を見て、宙に浮く少年の言葉は、返事がほしいという頓珍漢とんちんかんなもので。死にかけの俺でも、ついうっかりツッコミを入れてしまいそうになってしまう。


 身動き一つできない。たまたま、視線の先に少年が宙を浮いているから見えているだけで、少しでも場所が異なっていれば、視界に入ることすらしなかっただろう。

 その視界も薄くなってきた。ついでに言えば、俺の意識も薄くなっていく。きっと死が近づいているんだ。直感的に、俺はそう思う。死というものが一体どういうものなのかは知りえないが、とても眠い。このまま、気持ちのいい方に体を任せれば、俺は楽になれるのだろうか。


 心残りがあるとすれば、そうだな。

 もう一度、麻里奈のおっぱいでビンタされたかった。

 そのくらいだろう。


「ひどい心残りもあったものだね。胸部に興味を示すのは、日本人の特有だと耳にしていたが、君のような魂は例がない。もう一つ言えば、品もないけどね」


 うっせ、言ってろバカ野郎。

 ……あれ。気のせいでしょうか。今、意思疎通ができた気がするんですが……?


 薄い視界に、ニヤついた少年の顔がいっぱいに映る。急に近づいてきていたこともあって精神的に驚いたが、次の瞬間には、さらに驚きを感じざるを得なかった。

 自らをタナトスと名乗った少年が、俺の体に触れると、俺の体から俺が抜き出された・・・・・・・・のだ。


「な、なんだこれ!?」

「激痛と死にかけの体じゃ、僕と話すのは大変だからね。魂だけを引き抜いたのさ」


 所謂、幽体離脱に近い現象だろうか。

 俺は、半透明な姿になった俺の体を見て、おかしさを感じていたが、すぐにその興味は目の前の少年へとシフトする。


 これほどまでのことをしでかすやつだ。絶対に只者じゃない。いやまあ、宙に浮いている時点で只者ではないのだが。それはそれとして、人の肉体から魂を引き抜けるなんて、たとえ神様であっても容易くできることではないのではなかろうか。

 果たして、俺は半ば自由になりすぎた体でタナトスと会話をすることにした。


「それで? 魂だけにしてまで、一体何を話したいんだ?」

「おや? 意外に冷静じゃないか。普通なら、もっと驚いたり、慄いたりしてもいいと思うけど?」

「こういうことに慣れているわけじゃないけど、普通じゃないことには免疫があってな。そのせいじゃないか?」

「なるほど。それは、幼馴染の奇行や両親の変人行為のせいかな?」

「……」


 いやまあ、そのとおりなんですけどね?

 問題は、どうしてそんなことをお前が知っているって言うことでね?


 どうやら、俺がここでタナトスと話をしているのは、たまたまではないような気がしてきた。俺を殺害しようとしたのは黒スーツを着た男性だったが、もしかしたらタナトスは、ずっと前から俺の周囲を探っていたのではないかとさえ思える。

 でなければ、瞬時にあんな答えが返せるわけがない。ならば、俺は今、タナトスと話をするのは危険なんじゃないかと思うわけだ。


「心配しなくていい。これから君にする提案を呑めないと言うのなら、対象は別に行くだけだ。ついでに言えば、君はこのまま死ぬわけだけれどね」

「……提案云々は後で聞くとして、別の対象はもう決まってるような口ぶりだな?」

「決まっているとも。君が駄目なら、君の幼馴染。それも駄目なら、君の両親。それも駄目なら、今度はそうだな……君の友人たちを――」

「とりあえず、提案とかいうやつを聞いてみようじゃないか」


 軽く脅された。タナトスが死人以外にも見えるのならばいいが、もしも死人にしか見えないのならば話は別だ。次に狙われるのが麻里奈だって言うのなら、殺害される可能性を麻里奈に背負わせてしまうことになる。それだけは、絶対に駄目なのだ。

 俺は、不安になるが、タナトスがいう提案というやつに耳を傾ける。


「なぁに。簡単なことさ。君に、番狂わせをしてもらいたいだけだよ」


 番狂わせ? 一体何の順番を狂わせろって言うんだ?


 俺の疑問に答えるように、タナトスは宙を舞いながら説明する。その姿が実に自由そうで、もう一つ言えば、タナトスの顔は終始悪戯者のそれであって。本当に信用に足る存在なのかどうかを疑わせる。

 それでも、ここで話を聞いておかなければならないと思うのは、自分の命がかかっているからか、それとも麻里奈の命がかかっているからなのか。今の俺には判断しかねた。


「君を殺害したやつは、実は天界で悪戯者として通っていてね。しかも、無駄に力をつけているから周りも文句が言いにくい。そこでだ。僕たち神々は考えた。僕たちが言うのは面倒――はばかられるから、人間に文句を言わせようってね」


 今、面倒って言わなかったか?

 要は、面倒な仕事を下の奴らにさせようって話だろ? てか、タナトスってどっかで聞いた名前だと思ったけど、そう言えば神様の名前だっけ。


 神様の存在は今は追求せずに、俺は提案というやつを深く考えてみることにする。

 天界の悪戯者が、果たして文句を言われてそのままでいるだろうか。俺の知る悪戯者は、文句を言われると腕力と知力に物を言わせて暴れるイメージしか無いんですが。むしろ、ワンチャン人間絶滅の危機到来しちゃうのでは?


 人間の最後を生み出すかもしれない大役を担う勇気がなく、一瞬断ることも視野に入れたが、人質がいる以上、断ることもしにくい。

 なにか一つでも、黒スーツを着た男性に対抗できるような手段さえあれば考えなくもないのだが……。今のままでは、人間絶滅待ったなしの提案に乗らなければならなくなる。

 俺は、ダメ元で対抗手段についてタナトスに聞いてみた。


「なあ、何か神様たちの方から、人間に対抗手段は与えてはくれないのか? 話した感じ、さっきのやつは話を聞きそうになかったぞ?」

「そう来ると思ってね。実はいろいろ用意はしているんだ。君が提案に乗ってくれさえすれば、その力を君に譲渡するのもやぶさかではないというわけさ」

「……………………わかった。もともと断る選択肢はなさそうだし。やれるだけやってみるさ」

「君が絆に弱い性格でよかった。実は、君に断られたらどうしようかと思っていたのさ」


 ウソつけ。終始ニヤついた顔からは、しめたって言葉が滴り出てるぞ。

 まあ、俺が犠牲になりさえすれば、周りに迷惑は被らないのだから、まず良しとしよう。それに、麻里奈に何かあったら麻里奈の両親に悪いし、何よりも俺の両親に殺されそうだ。

 交渉はうまく行った。同時に、俺の半透明な体から粒子が流れる。死ぬのかと思ったが少し違う。これは……。


「君の体を再構築している。少し意識がなくなるが、次に目覚めた時、君は普通ではなくなる。取り乱すことはないよ。君は、そういう選択肢を選んだだけなんだから――」


 待て、俺が選んだ選択肢はそんなものじゃなかったはず――。


 そこで、俺の意識は彼方へと旅立った。

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