第五話 老翁と相対す

「そうか…いよいよ発つか…」

 豊かな白眉と白髭に覆われた老人は、掠れた声で目の前に座るウルヴンに呟いた。

「…はい。ここ、フェイの村での多大なる加護。どれだけ感謝の意を述べても足りるものではありません」

 首を横に振り、老人が応える。

「そのような気遣いは無用だ。この村は様々な理由で各地を追われた者たちが辿り着く希望の地。ならば皆が抱える願いに寄り添うのが当然というものだろう」

 ウルヴンは黙って老人に頭を下げた。しばらく沈黙が流れたが、それは扉を開ける音に遮られた。

「…来ましたか」

「おうよ、ここならここと最初に言え」

 入ってきたガトラは軽く老人に会釈すると、ウルヴンの隣に座った。

「…若は?」

「ノアと一緒です。今期のガシュの収穫を手伝っていますよ」

 おいおい、と呆れた顔でガトラが応えた。

「ロマーノ翁、若の誕生日まであと半月ほど。我等はその日を待たずとも、直ちにフェイを発つつもりでおります。ウルヴンがどう説明しているのかは分かりませんが…おい、どう説明した?」

 小さくため息をついたウルヴンがロマーノ翁と呼ばれた老人に向き直った。

「翁、先ほども話しましたが…」

「うん、その前に…ガトラ、無事戻ってきて何よりだ」

 予期せぬロマーノ翁のねぎらいにガトラは面食らったが、少し恥ずかしげに頭を掻きながら、どうも、と呟いた。

「今回は…ユス方面であったか」

「はい、ユスでは残念ながら芳しい成果は得られませんでしたが…帰り際、ウルヴンが予てより言っていた通り、カラナントで興味深い動きが」

「…ガトラ、その話は後にしましょう」

 口を挟むウルヴンに不満そうな顔を向けながらもガトラは黙った。ウルヴンが続ける。

「彼が申し上げたように、若君が十五を迎えられるこの年、機を図り我等はフェイを発つつもりでおります。問題は若君自身がご自分の立場を理解されておられないことですが…それ以上に厄介な件が」

「なんだ、それは。俺は初耳だぞ」

 ウルヴンはロマーノ翁とガトラを交互に見やり、声を潜めて話し始めた。

「実は…」

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