第三話 辺境の少年

「聞いた?」

 少女は凛とした声で隣を歩く少年に話しかけた。両手には蔓草にぶら下がる大量のガシュ(紫芋の一種)を抱えている。長く蓄えられた黒髪は少し青みを帯びており、汗ばんだ肌が陽の光を受け、キラリと光った。

「何が?」

 問われた少年──少女とは対照的に、薄白い肌には汗の玉一つ浮かんでいない──は、不思議そうな顔で少女を見やった。同じように山のようなガシュを両手に抱えている。傍から見れば、蔓草の束が移動しているかのような、滑稽な様にも思えた。

「もうすぐ貴方、誕生日でしょ。今年は、ほら」

「ああ」

 めでたい日を告げられた少年だったが、さして心を動かされた風でもなく前を向いた。

「十五歳、か。そう聞かされているだけだから」

 少年の反応に頬を少し膨らませ、少女がまくし立てた。

「…ひねくれてるわね。ウルヴンから聞かされてるんだったら間違いないわよ。今ね、お母さんたちと一緒に盛大にお祝いする準備しているんだって。…それで、どうするの?もう決めた?辺境にしてはそこそこの規模の村だとは思うけど、そんなに選択肢はないか…」

「んー」

 気のない返事をしつつ、少年は蔓草の横に顔を出した。

「あ、アサト。持ってきたよ」

 少年にアサトと呼ばれた相手は、水桶を両手に持ちこちらへと歩いてきた。小太りで優男といった印象のその男は、下がり気味の目尻をさらに細めると機嫌の良さそうな声で少年に応えた。

「やあ、アル。それにノアも。精が出るね」

 アルと呼ばれた少年が既に山のように積み上がっていた蔓草の横に自らの荷を下ろした。ノアと呼ばれた少女も同じように続ける。

「今期は豊作だったね。大砂嵐が酷かったからどうなるかと思ったけど」

 重労働を終えた両の肩を回しながらアルが言った。

「寒暖差が大きかったから、ガシュが育つのには良く働いたんじゃないかな。僕はちょうどその時期にここに来たから、今までのことは分からないけど」

「そうか、アサトってまだここに来て三ヶ月くらい?」

 ノアの問いにアサトが笑って答えた。

「四ヶ月になるかな。フェイの村のことは前に住んでいた処でもよく聞いていたよ。家もあるし、こうして仕事もさせてもらえるし。イレーヌと共に本当に来て良かったと思っている」

「ここは元々移民が作った村だからね。アルも何年か前にやってきたのよ」

 ノアが少し誇らしげに言った。

「へえ…それは初耳だ」

 アルは次々に蔓草からガシュを切り離し、アサトの持ってきた水桶へと放り込みながら言った。

「はいはい。寛大なロマーノ翁のおかげで快適に住まわせていただいているよ」

「分かってるじゃない。そうだ、アサトも参加してくれるでしょ。もうすぐアルの誕生日なの。今年で十五になるから、ほら」

 ああ、とアサトが頷いた。

「それはめでたいね。もちろん盛大にお祝いさせてもらうよ。それで、もう決めているのかい?」

 アサトの問いに少し困ったような顔でアルが答えた。

「いや、それが…どうしようかな、って…」

「えー、まだ決めてないの?」

 驚いた様子でノアが口を挟む。

「うるさいなあ…言われなくても分かってるよ。ウルヴンとも相談して決めるからさ」

「自分のことでしょ。自分の職くらい自分で決めなさいよ。もうここに来て何年経ってると思ってるの。いつまでもウルヴン、ウルヴンじゃあ何も出来ないままなんだから」

 親のように叱咤するノアをアルは一瞥すると、話を逸らすかのようにアサトに話しかけた。

「そういえばイレーヌは?」

「家にいると思うけど…あ、そろそろ戻らなくちゃ」

 慌てた様子で、アサトは駆け出した。

「それじゃあ僕はこれで。水桶はまた後で持ってきてくれればいいから」

「うん、ありがとう」

 去っていくアサトの姿を二人は見送った。

「ちょっと、話は終わってないわよ。そうだ、あたしが決めてあげようか。あまり力仕事得意そうじゃないし、かといって商感覚も乏しそうだし…」

 大量のガシュを水桶で洗いながら一方的に喋り続けるノアを横目に、アルは小さくため息をついた。

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