11. こんなんでいいのか

「どっかでパソコン使えないかなあ」

「第三版を探すつもり? 市民センターに、無料使用できるコンピューターがあったはず」

「うへぇ、市民センターってバスで半時間くらいかかるじゃん。学校の近くにないの?」

「この近所じゃねえ。大学生くらいの兄弟がいる人を探すとか」


 確かに、それが一番現実的な方策だろう。うちのクラスにも、そんな弟か妹が――いや、いたな。もっと楽に頼める相手が。


「仲間を増やす。この本の山と、羊の勇者がいれば、たぶん信じてくれる」

「勇者の友だちがいるんだ。いろいろと大丈夫? 二人で動いた方が、何かと身軽だって……」

「頭の心配すんなよ、攻略本のことだ。仲間は多い方が、いいアイデアも浮かぶって」

「そりゃそうなんだけど……。口の固い人でしょうね」

「微妙。ん、大丈夫だって。何とかなるさ」


 二人より三人、たとえ増えるのが頼りなさそうなヤツでもね。

 目星をつけたのは、蓮――ではなく、山田だ。

 そう、山田にもかかわらず、アイツはなんとスマホを持っている。


 実物を教室で出したりはしないけども、ランドセルの中に隠し持ってるのをいつだったか自慢してた。

 緊急連絡用に持たされたらしく、それが本当ならネットにも繋げる。

 説明を聞いた波崎は、不満げな表情を保ったまま、渋々しぶしぶといった風情ふぜいでうなずいた。


「スマホを使うためには、しょうがないか。言い触らさないように、ちゃんと口止めしてよ」

「おう。そんでさ、蓮にも言っていいよな?」

「えーっ、まだ増やすの!?」

「三人でも四人でも、一緒じゃん」


 人数を増やしたいのには、わけがある。

 羊の無理難題を正攻法でクリアしようと思ったら、それこそプロ作家も驚く文字量を書かないといけない。

 試しに百万字が書籍で換算するとどれくらいになるか、波崎に質問した。答えは、およそ単行本十冊くらいだそうだ。


 そんな気の遠くなる量を書くには、オレ一人じゃ絶対に足りない。

 何が足りないって、物語のネタ・・が。

 山田には情報の検索を、蓮には創作の手伝いを期待して、帰ったら電話することに決めた。


 この方針を話すと、波崎の口元がへの字に曲がる。

 創作の助けこそ自分の役目なのにと、彼女は一冊のノートを取り出した。

 飾り気の無い水色の学習ノートは、開けると波崎の字で埋まっている。


「これ、なに?」

「アイデア集。ほとんどファンタジーだけど、最後の方はミステリのトリックなんかも書いてある」


 びっしり書かれた文字は、昨日今日で用意した量じゃない。

 休憩時間なんかに、波崎がいつも書き込んでいたノートだと気づいた。


「オマエが頑張って書いたやつじゃねえか。そんなの使ったら悪いだろ」

「いいよ、別に。困ってる時は、お互い様。ああ、でも、使ったアイデアには、印をつけといてくれると嬉しい」


 ちらっと見た感じでは、あまりオレの好みの内容ではなく、実際に活用できるか怪しい。

 返事に窮するオレを、波崎が上目遣いで見つめる。

 視線が痛い。


「今晩の食事も書かないといけないしな……」

「しばらく返さなくていいから」

「あ、ありがと。助かる、よ?」

「うん!」


 けわしかった彼女の表情が、やっと晴れた。

 愛想笑いでごまかし、出してきた本を棚へ返しに行く。


 執筆時間が必要だろうからと、今日の話し合いは波崎の方から終わりを切り出した。

 明日、日曜日も同じ時間、ここで会う約束をして、図書館を出る。


 ハイツの近くまで連れ立って歩き、途中で別れてオレは自宅へ。

 バイバイと楽しそうに手を振る波崎を見送るのは、何だか妙な気分だった。





 帰宅したのは夕方で、学校のある日と同じくらいだ。

 その後のオレの行動も、金曜日とよく似ている。


 違うのは、二人のクラスメイトに電話したことだけ。

 幸いにも山田と蓮はどちらも日曜の予定が無く、あっさりと会う約束を取り付けられた。


 羊のことまで話していないので、二人がどう受け取ったかはわからない。

 蓮は神妙な様子で、「俺は二人を応援するから」とか少しピント外れのセリフで電話を切る。

 山田は珍妙な様子で、「スマホが必要って、まさかエロか? 手島も目覚めたのか?」なんて言いやがるものだから、軽く説教しておいた。


 夕食までは書く内容の構想を練り、手早く食事を済ませて、原稿用紙に向かう。

 波崎のノートには、作品のアイデア以外にも、執筆のためのアドバイスが書いてあった。


“自分の体験を物語に取り込もう”

“キャラクターは、知っている人間をモデルにすれば書きやすい”

“話を始めるのが難しければ、書きたいシーンから書こう”

“会話を主体にすると、最初は楽”


 これらはごく最近、ノートに書き加えたものだろう。

 表紙の見返し部分に走り書かれ、最後は「ガンバレ!」で締めてあった。

 取っ付きにくい女子だと思ってたけど、案外いいヤツみたいだ。


 無限増殖、そんな単語が目に飛び込む。

 最弱のはずの魔物“スライム”が、倒したはずの魔王の呪いで際限無く増える悪夢。魔王討伐後の勇者が、さらなる激戦に呑み込まれていく。

 波崎の案は数行だけだが、面白そうに感じた。


 スライムも集まれば巨大化するだろうし、無限に湧く敵ってのは勇者も手こずりそうだ。

 虫にしたら、ホラーになるかな。ゴキブリの大群とか、オレでも寒気がする。

 最初からじっくり書くと大変そうなので、いきなり決戦シーンに挑戦することにしよう。

 鉛筆を握り、タイトルを記す。


『すべてが山田になる』


 ラルサが来るまで二時間、オレは増殖するヤマーダを血祭りに上げることにした。



◇◇◇



「見つけたぞ、お前が母体だな?」

「バカめ! 私を倒したところで、第二、第三のマザーヤマーダが現れるだけだ」

「それがどうした。全員倒せばいいだけだ」

「なんと浅はかな。もう街の大半は山田化した。新しいマザーを探しているうちに、いくらでも仲間が増えていくだろう」

「やってみなくちゃ、わかんねえよ! 喰らえっ、ヤマーダキラー!」

「なっ……!? それは封印されし破山田の剣!」

「まさかお前の体操服袋の中に入ってるとはね。灯台下暗しってやつだ」

「貴様、私より国語の成績が悪いくせに、そんなことわざを!」

「ふんっ、ちょっと漢字が得意なだけで、調子に乗んなよ。他の教科じゃ、オレが圧勝だ」

「馬鹿な、社会も私が上のはず」

「甘いね。課題評価を忘れちゃ困る。人口推移統計の考察課題、A判定だったぜ?」

「クラスのほとんどがBだったアレを! さては文章を書かず、数字と計算に逃げたな?」

「何とでも言え。評価された者勝ちさ」

「ぐぬぬ……この算数マニアめ。世界中の数字をすべて、計算しにくい漢数字に置き換えてやる!」

「させるかっ!」



◇◇◇



 会話だけで書くと、波崎の言う通り楽に文字数が稼げた。

 こんなんでいいのか、と思わんでもないけど。

 こいつら、戦闘中に喋り過ぎじゃん?


 後半はバトルから離れ、普通に山田と口論している流れになってしまったものの、原稿用紙六枚を埋めたところで、黒羊タイムが訪れた。

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