07. 『ラストモンスターズ』

◇◇◇



『ラストモンスターズ』

 著 手島修一



 主人公は、大陸の端に位置する漁村に住む少年です。


 ある夜、美しい女神が夢に現れ、魔王を倒してほしいと語りかけました。

 まだ若く魔法もロクに使えない少年ですが、女神の願いを聞き、村を旅立つ決意をします。

 主人公はあなた、さあ、未知なる冒険の旅へ!



1 装備を整えよう!


 初期装備は木綿の上下に、父の形見の短剣ダガーしか持っていません。

 これでは、村の外にいる魔物ウサギキラー・バニーにも苦戦するでしょう。


 まずは村の入り口周辺で、弱い敵を倒してお金を貯めましょう。

 最初はアバレキノコや、ジャイアントアゲハが手頃な相手です。


 ただし、たまに出現するポイズンモスには要注意!

 アゲハとよく似た外見でも、こいつは毒攻撃を仕掛けてきます。

 毒消しを購入するまでは、“逃げる”を選ぶのが賢明です。



 村の中央には、精霊の井戸があります。

 この井戸の水を飲むと、体力と魔力は最大値まで回復するため、序盤はフル活用しましょう。


 三百ゴールドを貯め、革の鎧とショートソードを村の店で購入し、余ったお金で薬草を買い込みます。

 村の人々は、周辺の情報や魔物の弱点について教えてくれるので、一通り話しかけるのが良いでしょう。

 母からは地図が、幼なじみのヤマーダからはファイヤーの魔導書がもらえます。


 準備ができれば、いざ次の町へ!




・このエリアで出現する敵


 ジャイアントアゲハ

  攻撃方法 : りんぷん

  弱点 : 火属性

  獲得アイテム : きれいなハネ


 レッサーモグラ

  攻撃方法 : どろかけ、ひっかき

  弱点 : 水属性

  獲得アイテム : どろだま


 ダークタンポポ

  攻撃方法――



◇◇◇



 誰が読んでも、これを小説とは言わないだろう。まごうことなく、ゲームの攻略本だ。

 もちろん、『ラストモンスターズ』なんて名前のゲームは、現実には無い。

 勇者となって邪竜を討伐する大ヒットゲーム『ドラゴンソード』をベースにして、魔物を仲間として集めて戦う『コレクトモンスターズ』を混ぜてみた。


 大陸の簡単な地図を描き、主人公が進むルートを決める。

 さびれた村から古い森へ、小さな町を巡りつつ、やがて王国の首都へ。

 道中には大量の魔物がうろつき、宝が眠る迷宮ダンジョンもある。


 幼なじみのヤマーダは、途中で仲間になって一緒に旅をするものの、中盤で裏切って魔王側につく。

 覚醒したヤツの正体は魔蛇まへび、手強い中ボスだ。


 最後は北の果てまで行き、氷の山の頂上に建てられた魔王城で決戦となるが、まだそこまでは書いていない。

 魔王サルラには、四天王と呼ばれる配下が存在し、彼らを先に討っていく。


 この二日で、四天王の二人目パルラと対決するところまで書き進めた。

 ノートの大半は、魔物のデータや武器と防具の解説が占める。

 魔法の種類は八系統に分かれ、細かな段階を踏んで、徐々に主人公も強力なものが使える設定だ。

 この説明にも、一ページを丸々費やした。


 自分でも驚いたのだけど、オリジナルゲームの細部を書き連ねていくのは、結構楽しい。

 ちょっと和風な妖怪系モンスターを登場させようとか、戦闘はカードバトル形式でも面白そうだとか。

 アイデアがどんどん浮かび、書く内容には困らなかった。


 羊に食べられてしまうと、この文字列も手品のように消えるのだろう。それを思うと少し悲しいくらいには、気合いの入った力作だ。

 さすがに技の威力表や、魔法系統の樹形図まで凝る気にならず、フリーハンドで適当に線を引いて済ます。

 モンスターはタイプ別に色分けしたかったけど、これも黒一色で我慢した。


 これはという出来栄えに書けたら、コンビニまで走ってコピーした方がいいかもしれない。

 いや、そこまでしなくても、記録には残せるな。

 一階に下り、リビングに行くと、母さんはテレビでニュースを見ているところだった。


「カメラ、貸して欲しいんだけど。課題で使うんだ」

「いいわよ。どこにしまったかしら」


 テレビを消し、パソコンのある書斎へ向かった母さんは、しばらくして小さなデジカメコンデジを持って帰ってくる。

 本体と充電用のケーブルを受け取り、操作方法を教えてもらう。


「何枚くらい撮れるの?」

「メモリーはからだから、五百枚くらい。しかし、修一もしっかりしてきたわね。来年からは中学生だもんねえ」

「あー、うん……」


 喜んでるようだから、下手に会話を続けて詮索せんさくされないうちに、二階へ駆け戻った。

 時刻は七時半、写真を撮る時間は充分にある。

 創作ノートを床に広げて、最初のページから順に撮影していった。シャッターボタンを押すだけだから簡単だ。

 背面モニターで画像を確認し、小さな文字まで綺麗に写せたことに満足する。


 七時四十五分。

 手鏡を創作ノートのかたわらに置く。


 椅子に座ってラルサを待っている時、ふとノートと鏡をカメラのファインダー越しに眺めてみた。

 あの黒い羊、写真に撮れるんだろうか。


 出現のタイミングを激写してやろうと、デジカメを構えた姿勢で、シャッターチャンスに備えた。

 ちょっと気が早すぎて、十分くらいは身じろぎもせず待つハメになる。

 デジカメを支える左手が、そして、シャッターボタンに添えた右の人差し指がムズムズ痺れを訴え出した頃、ようやく鏡面に変化が表れた。


 インクを一滴、鏡に落としたように、漆黒の小さなシミが浮かぶ。

 波紋を描いて拡大した黒ジミから、ツヤのある突起が生えた。タケノコみたいなラルサのヒヅメ、その先端だ。

 ヒヅメを鏡の縁に引っ掛かけたラルサは、勢いをつけて外へ飛び出す。


 この瞬間を逃すまいと、ボタンを長押しして連写モードを発動させた。

 カチャカチャと鳴り続くシャッター音に、ラルサは苛立った声を上げる。


「うるさい出迎えだね。デジカメでしょ、それ」

「ハイテク機器も知ってるんだ」

「馬鹿にしてるの? 知識が無かったら、言葉も味わえないよ。それより、なんで撮影したのよ」

「いや、記念に撮っとこうかなあって」

「好きにしたらいいけど、無駄だよ」

「ん?」


 黒羊の写真を撮れば、誰かに助けを求められるかもと、少し期待した。

 そうじゃなくても貴重な魔物モドキの画像だ、テレビ局に買い取ってもらったり、ネットで人気を獲得したり、使いみちはいくらでも考えられる。


 だけど、ラルサの落ち着き様を見て、嫌な予感が渦巻いた。

 撮影済みの画像をモニターでチェックしてみると、案の定と言うか、どれも黒羊の姿が写っていない。

 いくらか予想の上とは言え、多少気落ちして羊に直接尋ねた。


「ラルサは写真に撮れないの?」

「キミ以外には見えもしない。見えるようにもできるけどね。ボクは消えそこねて失敗するような間抜けじゃないから、諦めなよ」

「自分で消えたり現れたりできるんだ」


 その後、つまらないことをするなと説教が続く。

 人に話したところで誰も信じないし、そんな暇があるなら書け、と。

「人間は契約を軽んじ過ぎる」と言われ、これにはノートを指して反論した。


「今日はちゃんと書いた。それ、そのノート」

「へえ……どれどれ」


 昨夜と同じく、ノートにあごを乗せたラルサは、ぶるぶる頭を震わせる。

 歯ぎしりの響きも、また三十秒くらい続き、羊の裁定を息をんで待ち構えた。


 震動が止まっても、しばらくラルサは口を開かない。

 感想が無いのに痺れを切らして、自分から自信のほどを話した。


「文字の数は十分だよね? こんな量が書けるとは思わなかったよ。自分の好きなことを書くって、大事なんだねえ」

「……六千二百、三十九字」

「すげえ! 六千! これってプロレベル?」

「ギュエェ……」

「ギュエ?」


 ラルサは畳に向かって、何度もギュエギュエと咆哮ほうこうを繰り返す。

 これは――えずいてる?


「あの、大丈夫?」

「ギュマズイッ! キミは、なんてものを、食べ、させるの!」

「ええーっ! マズいって、そんなあ……」


 攻略本はよほどお気に召さなかったらしく、前脚を振り振り、こんな資料集を食わせるなとラルサがわめき立てた。

 赤い眼がプレッシャーを放ちつつも、光は鈍く拡散して、耐えられないほどじゃない。

 どうも涙目で赤光がにじんで、威力が弱くなってるようだ。

 これはチャンス、抗議するなら今だ。


 オレの主張は三つ。

 一つ目、攻略本も本屋で売ってるベストセラーであり、立派な本だ。

 二つ目、これは完全にオリジナルで、条件は守った。

 最後に、母さんにしょっちゅう言われる小言を、そのまま羊に返す。

 好き嫌いしないで食べろ。


「あのさあ、本ならなんでもいいわけないんだよ。それじゃ、辞書でも説明書でもオーケーになっちゃう」

「辞書や説明書はつまらない。攻略本はチョー面白い」

「キミにはね。友達に読ませてごらんよ、鼻で笑われるから」

「ぐっ……」

「言霊はね、詩や物語なんかに宿るんだ。単なる説明文じゃ、生野菜をかじってるのと同じ。キミもピーマンを生で食べたくないでしょ」

「ぐぐっ……。でも、こういうのじゃないと書けないんだよ。ダメージ計算式まで、バッチリ設定したのに」

「ギュハー」


 ため息をついたラルサは、首を横に振りながら、すっくと立ち上がった。

 書くなと言っても、どうせまた攻略本を書くんでしょ、そう問われたオレは、うなずくしかない。


「マズくても、六千字にカウントしてくれたじゃん」

「六千二百三十九字ね。残り、九十九万七千六十一字。食べた以上、数えはするよ」

「頼む、そんな文字数、攻略本じゃなきゃ書けないよ」


 深紅の目からにじみが失せ、部屋がゆっくりと赤く染め上げられていく。


「マズい食事はゴメンだ。攻略本なんて、二度と書くな」

「なっ……!?」


 いきなり口調の変わったラルサに驚き、二の句が継げない。

 荒俣彦々は、黒い羊をミューズと呼んだ。

 それを読んだ波崎も羊のことを創作の神、少なくともその使いだと考えている。


 しかし、ずっとあとで知ったことだけど、ラルサには別の呼び方があった。

 言霊の邪羊じゃよう、本物のモンスターがギュルギュルと声を上げる。


 何がおかしいのか、ラルサは笑い始めていた。

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