第3話 柱の蜘蛛

    残酷に中央背せなか

    針の突きささる

    柱の蜘蛛は父の仕業か


 私は父から一度も叩かれた事はない。

 いや、馬乗りになって首を絞められた事はある。

「見りゃあ分かるじゃん」学校で覚えた言葉を父に投げた時、

「2度とそんな事を目上に言うな!」と首を絞められた。

 8才の私は父の真剣な顔に殺意すら感じた。

「肩凝ってるで、誰かアンメルツ塗ってくれるか」

 私は奴隷のように、父のもとに走る。とにかく父を病的に怖れた。

「いつまでも泣いてるか、このあまが」

 泣くと怒鳴られる。怖くてもっと泣く。

 

 身体的な暴力より、暴言は心に刃のように

 突きささる。 あれから、40年、映画やテレビで「いつまでも泣いてると、

 殺すぞ。死ね」 同じ言葉に震える。

     

 今現在、私の周りにそんな暴言を吐く人はいない。

 主人も子供も温厚だ。


仕事のストレスが満タンになると父はアンメルツを飼い猫の目に塗った。

 涙をポタポタ流すネコ。かわいそうだと父自ら拾ってきた捨てネコ。 

 普段はなめるように可愛がった。助けてあげたくても、アンメルツを

 自分に塗られるかもという恐怖心で体が動かない。


ネコを見て大笑いする父。泣くしかない幼い私にまたいつもの暴言。


 主人と些細なことでケンカした。

「うるさい。早く死ね」私はこの言葉で主人の心を刺している。



 柱にお決まりのように、背丈を測った鉛筆の跡シールも貼ってある。


 そして、3センチほどのグレーの蜘蛛に針が突きささっている。


 父が自分の怒りを沈めるためにやる儀式。


 逆らえば、いつか私もこうなるのか。

 言うことを聞くいい子でいれば、奴隷でいれば愛される。


 柱の蜘蛛にはなりたくなくて、怯えて過ごした幼少時代は、

 アイデンティティの形成に暗い陰を、闇を刻み込んだ。


   

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