エボニーナイトホーク

龍鬼 ユウ

第一話 『始まりのララバイ』

……。

…………。

………………。



「ここに隠れていろ」


「いいって言うまで、出て来ちゃだめよ」


「う、うん……」


 その者たちは突然やってきた。


 夜闇に紛れて屋敷へと侵入してきた者達は、物音を立てずに屋敷内を荒し、住民を片っ端から殺している。元凄腕冒険者の戦士であった『ドミニク・ドラゴンフッド』と、神官の『マヌエラ・ドラゴンフッド』はその侵入者に気付き、息子の『ゼル・ドラゴンフッド』をベッドの下に隠した。


 部屋にあったロングソードを構えたドミニクと、掃除用モップを握りしめているマヌエラは、僅かな物音が聞こえてくる廊下に向かって武器を構える。

 ややあって静かに扉が開き、数人の黒ずくめが部屋になだれ込んできた。


「……驚いた。我等の侵入に気が付いたのか」


「ここをドラゴンフッド家の屋敷と知っての蛮行か! 直ちに消え去れ!!」


「――やれ」


 五人ほどの襲撃者を殺害したドミニクだったが……その間にマヌエラが拘束されてしまい、それを人質とされて気が逸れている間に、利き腕を落とされてしまう。その背中には、数本のダガーが突き刺された。


「手こずらせやがって……予想外の被害だ」


 そう言って男は、拘束され床に蹲っているドミニクの顔を蹴った。



「グッ……!」


ドミニクの歯が何本か抜け、口から血が流れだす。


「ドミニク! やめて!! 目的はなに!!?」


「煩い女だ……おいっ、その槍を寄越せ」


「あいよ」


「――フッ!」


「ドミニ――ガッッ…………」


 口を目がけて投げられた手槍は、マヌエラの口内を貫通し、後頭部から先を覗かせた。ビクビクと痙攣しながら床に倒れたマヌエラ。


「貴様らぁぁアアアアアアアアア――ッッ!!」


 激昂したドミニクが男に襲い掛かるも、男の回し蹴りによって、再び地面の上を転がった。


「くくっ、女の声は目障りでたまらんなぁ。せっかくここからがお楽しみだというのに、水を差されちゃ敵わん。――押さえ付けろ」


 男の合図と共に部屋内の黒い影が動き、四方八方からドミニクに襲い掛かる。ドミニクは完全に押さえつけられ、口には布を噛まされた。


「ムーーーッッ!!」


「はてさて、一応こっちは強盗に見せかける必要があってね。お宝の在り処でも話して貰おうか? まっ、その状態で話せたらだがね。まずは一本目――」


「ムグーーーッッ!!?」


 一本一本、丁寧に落とされていくドミニクの指。その両手の指が無くなった頃には、ドミニクは白目を剥いていた。


「チッ、意識を失ったか」


 男は最後に目玉をくり抜いて、ドミニクを床に打ち捨てると……黒い影の遺体と黒い影たちを引き連れて部屋から出て行く。適当に投げ捨てられたドミニクの瞳がベッドの下へと転がって行き、ゼルの眼前にまで転がって行った。


「く……るな……でて、くるな……だめだ……ゼ……ル…………」


 黒い影たちが出て行ったのを気配で感じ取ったゼルはベッドの下から飛び出そうとしたのだが……ドミニクの口から譫言のように出て来た言葉によって、押し留められる。その譫言は五分程度続き……やがて静寂が訪れた。


 ゼルの隠れているベッドに下近くまで、ゆっくりと血だまりが広がっていく。ゼルは恐怖による震えと憎しみによる震えの中……決意した。


 ――必ず、同じ目に遭わせてやる――と。




 ◇



「……パイ……セ…パイ!」


「……っ……」


「ゼルセンパイ! 起きて下さーい! ほっぺた、食べちゃいますよー?」


 体が揺らされる感覚に薄目を開けて辺りを見渡してみると……どいやらカウンター席で眠りこけていたようだ。体を揺らしていたのは、一緒に仕事をするようになって二年目のダルメス。


 褐色紅眼の鬼人族だ。女性にしては身長が高く、体を揺らす度に、胸がゆっさゆっさと揺れている。カウンターの向こう側には呆れたような顔をして立っているエボニーさん。


 エボニーさんは情緒が不安定になっていた俺の世話をしてくれて、ここまで育ててくれた大恩人。二人目の母親だと言っても過言はないだろう。


 ……最も、それを口に出すと……「アタシは未婚なんだけどぉ?」と怒られる。彼女の種族はウォーリアバニーという兎獣人族で、昔は母さんとよく喧嘩をして、父さんを取り合っていたらしい。


「んっ……ダルメスか。起こしてくれて助かった」


「また悪夢ですか? 涙出てますよ。はい、ハンカチ」


「ああ、いつもの夢だ。もう、十年も前になるのか……」


「センパイは今、二十二歳でしたっけ?」


「いや、三日前に二十三だ」


「――!? 何で言わなかったんですか!?」


「言ったところで、酒盛りが始まっただけだろうが……」


「近いって事は知ってたから、プレゼントくらい用意してあげたのになー」


「なら火をくれ。……んっ」


 懐から煙草を取り出し口に咥えると、むすっとした顔をしたダルメスが着火の魔道具を使って火をつけてくれた。軽く周囲を見渡してみるが、自分達以外にメンバーが誰も居ない。


 ウエイトレスのラミアは三人居るが、少し暇そうにしている。他の団員には彼女らを良く思っていない者も居るが、俺は結構好きだ。


 盗賊ギルド支部、エボニーナイトには構成員用の個室の他に幾つかの部屋があるのだが、ここで雑談をしていたり酒を楽しんでいたりする奴が居なかった日はあまりない。つまり他のメンバーは……仕事。


「エボニーさん、全員出てるのか?」


「んや、新人が二、三人残ってるねぇ。アンタら、避けられてるんじゃないの~?」


「ふぅー……面白い冗談だ。このギルド一まともな俺を避けたら、誰とも関われないぞ。避けられてるとしたらダルメスだ」


「せ、センパイ酷い! アタシはセンパイよりまともですよ! センパイなんて、ギルドの後ろ盾が無かったら懸賞金の上位ランカーですよー?」


「ばかやろう、そういう事は酒癖と悪食を直してから言ってくれ。それにもう五年もすれば、お前の方が上になる」


「むぅー……」


 頬を膨らませ、上目遣いで睨めつけてくるダルメス。子供っぽい仕草だが、一定の欠点を除けば実力は本物だ。

 二年前にエボニーさんから新人の面倒を見るようにと言われた時はどうなるものかとヒヤヒヤしていたが、今では頼りになる相棒になっている。……勿論、調子に乗るので本人には言っていない。


「さてゼル坊、目も覚めたところで、少し急ぎのお仕事いかがぁ?」


「……内容による」


「狩人たちの集落、リーサント村って覚えてるぅ?」


「確か……エボニーさんが詐欺ってた連中だったか?」


「そうね、安全代だって言って、周一で獲物をプレゼントしてくれるとこだわぁ」


「まさか、取り立ての催促に行けと? それくらいなら、新人にやらせてほしいんだが……」


「その逆よ。そこの近くに変な山賊の集団が陣取っちゃったらしくってぇ、繋がりのある村が二つ潰されたらしいわぁ。だ・か・ら・助けに行ってもらえるぅ?」


「まじか……アレ、詐欺じゃなかったのか……」


「意外と良いお肉をくれるのよねぇ。それが減るのは、あまり歓迎出来ないわぁ」


「――規模は?」


「全体で二十人以上、三十人以下ねぇ。だから新人には行かせられないわぁ」


「……しかも、他のメンバーは全員出払ってるときたか……」


「だから対処出来そうなのがぁ、酔い潰れて眠ってたゼル坊たちしか居ないのよねぇ。行ってくれる?」


「ああ、簡単なものでいいから地図が欲しい。あと、馬を二頭乗っていく。それと帰ったら……一週間、飯代をタダにしてくれ」


「いいわよぉ。お酒も特別に安くしてあげるわぁ」


「……こっちにはダルメスが居るのに、酒もときたか。意外と重要な仕事だという事は理解した。急いで向かおう」


「リーサント村に着くか、狩人に会ったらエボニーナイトのエンブレムを見せてあげてねぇ。たぶん警戒してると思うからぁ」


「あいよ」


 地図と簡単な保存食を受け取り、必要最低限の荷物を準備してから、俺とダルメスはエボニーナイトを後にした。

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