第6話 ソワ視点・闘技場にて

《1》


 ⋯⋯先に行っとくけど、闘技場にはいないよ?皆さん、混乱しないように。⋯⋯さぁ気を取り直して。


 今私は、ジョブ専用のものがそろえてあるお店に向かっている。やっぱり人が多いなぁ。そしてまぶしい街の人たちの笑顔、これ見てるとなんかとてもうれしくなるなぁ。ちなみに私たちは、

「⋯⋯そういえば、お名前なんでしたっけ?」

「お?まだ行ってなかったか。俺は、シャングだ。」

「⋯⋯シャングさんですね。わかりました。」

 といったことや、

「⋯⋯多分だが、あの人のジョブが、第5枠の『勇者』だ。」

「⋯⋯『勇者』でも第5枠なんですね。」

 といった会話をしながら私とシャングさんは歩いていた。

 

 ただいま午後の3時ごろ、人通りはまだまだ良好でむしろ混んでいるってくらいだ。時々人と肩がぶつかりそうになるほどである。そこの間を縫うようにずんずん進むシャングさんとはぐれないように私は少し駆け足でついていく。シャングさんはここの『WNワールドナビゲーター』、さすがにある程度ならどこにどんなお店があるのかぐらいは分かるらしく、シャングさんの足は少し立ち止まって考える⋯⋯といった無駄な行動が省かれていて、迷いがみじんも見られない。

 

「ここだ。ここがジョブ専門店だ。大体のジョブ用品はそろっているぜ。」

 と言いながら歩くおz⋯⋯じゃなくてシャングさんの後を私はついていき、何やらとても大きいお店の中に入りました。


 中はとにかく広い。どこかの博物館かな?って思う程度には普通に広いけど、それ以上に人口密度が高い。別にバーゲンセールとかはしているようではないのに、私が動けなくなるほどではないが人に酔う程度には多い。

 そして驚いたのはそのお客さんたちの団子のような塊をザクザクと区切るように置かれる陳列台の商品の量。陳列台に少しの空間はありつつもぎっしりと詰まっている杖やステッキの量に私は目を丸くした。その陳列台の前にお客さんは横に並び、一本ずつ手に取りながら何やら吟味している。まぁとにかく、⋯⋯すごい。

「⋯⋯えっと、衣服類は3階かな?⋯⋯ほら、ぼうっとしてるとはぐれるから。」

「⋯⋯は、はい!」

 その人と商品の量にびっくりしていたわたしを呼び覚ますような声がかかり、私はやっと我に返って、それから急いでついていった。

 ⋯⋯3階についた。あいかわらず人のおおい⋯⋯。

「さぁ、速くするぞ。ここは女性専用だから、居心地が悪い。」

 少し頬を赤くしたシャングさんはそう言って、そこら辺の陳列台にハンガーでかけられている少し青がかったローブからみていった。

 シャングさんはどんどんとって戻して移動、次のローブをまたとって戻してまた移動、という行動を繰り返している。私はそれをただ見ていながらはぐれないようについていった魔力をあげる能力があるであろうローブについて私に選べと言われても、デザインのことしか言えない。とはいえたくさん並ぶローブの中には虹色やゴールド一色などの派手なものも割と多めにあるから、本当にここにあるローブに魔力の強化とかが備わっているかも怪しいな⋯⋯。


「そういえば、嬢ちゃんは火の技を使っていたなぁ⋯⋯。だったら⋯⋯これならどうだ?」


 そういってシャングさんは私に、ハンガーにかかった1着のローブを向けてきた。

 そのローブは、袖口と裾と襟元が黒く、袖同士をつなぐ2重の黒線と、左肩から下に降りる2重の黒線が左胸元で交差している。その上から黒いふちの白丸が数珠つなぎになっている模様が右肩からたすきのように入っている。

 そしてもっとも私の目を引くのはそのローブの全体の色。その色は他のどの色にも汚されていない綺麗で強い緋色。それは少し色は違えども強靭な火炎を思わせる。

 私は近くの大きな鏡の前に立ってその緋色のローブを体の前にあててみた。やはりこうしてみてもその強い緋は煌々と輝き、他のローブを圧倒している。しかしそれに負けない程度に私の髪は白く、わたしの白髪とローブの緋色が互いに目立ち、そして引き立てあっている。デザインは悪くはないかな。

「このローブは、火属性攻撃魔法の火力をがっつり上げてくれる。ここの店では一番強いはずだ。」

「⋯⋯へ~。」

 私はそう言ってローブについているタグが目に入った。『12980Уユル』。ん?

「⋯⋯この、『Уユル』っていうのがお金の単位なんですよね⋯⋯多分。だとすると⋯⋯高くないですこれ?」

「おぉ、確かに少し値が張るが⋯⋯まぁ門出祝いと思え!」

「⋯⋯あ、ありがとうございます!」

 シャングさん太っ腹だなぁ~。ほんとありがたい!

 そんなこんなであとは非常食と下着をそろえて、杖を腰の左側に剣をさすようにつけさっきシャングさんに買ってもらった赤いローブを着て、店を出た。


 こうして赤いローブと杖という旅のユニフォームが決まった私はシャングさんと街をぶらぶらし、旅路の中で使えそうなものがあったら、シャングさんの助言ももらいつつ買っていった。そんなことをしながら歩いていた私たちは人だかりに足を止められた。前にはしっかりと人の壁ができている。何なんだろう⋯⋯。

「⋯⋯シャングさん、何かあったんですか?」

「いや、俺もよくわかんないなぁ。」

 というわけで、野次馬らしき人に聞いてみた。

「おお、狩猟から帰ってきた兵士が来るそうだぞ。」

 なるほど、お出迎えか。

「嬢ちゃん確か初めてだよな?少し前の方で見てみるかい?」

「⋯⋯あ、はい。」

 と、私たちは野次馬を手で分けながら、1番前の方に出た。


「それ⋯⋯私に譲ってもらえませんか?」


 ふと、そんな声が聞こえた。私は何だろうとそこを見るために身をよじっていたが、その場の全員が凍り付いていることに気が付いた。⋯⋯比喩だよもちろん。それにしても何だろう。

「⋯⋯シャングさん、どうしたんですか?」

 私は、同じく凍り付いているシャングさんに聞いてみた。

「⋯⋯お、えっとな、あの嬢ちゃんがあの狼をくれといったんだ。」

 と言ってシャングさんが指をさした先に、ここの人々にはなじまない、一風変わった少女が一人。

 その少女は、とても女子っぽい男の子に見えた。格好もガウチョパンツという点としっかりと成長した胸がある点を除いて中性の男子だった。ただ、その少女の髪は藍色のショートで、左目は閉じていた。そして⋯⋯か、かわいい。その男の子のような容姿の中から控えめな可愛さ⋯⋯というか美しさっていうのが隠しきれず漏れ出てきている。私はその姿にしっかり魅了させられた。

 でも何だろう⋯⋯。

 なんか引っかかる。なんというか⋯⋯。見たことがあるような⋯⋯気が⋯⋯。あの、静かそうでもよく物言いする、少し病んでいても明るく振舞おうとするあの人⋯⋯誰だっけ⋯⋯。


「じゃあ決まりだな。嬢ちゃん、連れはいるかい?」


 わたしが魅了しているうちに、話は決まったらしい


「ええ。あそこのローブにエプロンのあの人です。」


 ⋯⋯ん?その人ってもしかして⋯⋯


「おう。⋯⋯あれはエリナの宿主さんかな?お~い、エリナの姉ちゃん。あんたも来ないかい?証人を用意しておかないとな。」


 へぇ、エリナさんって有名なんだ⋯⋯じゃなくて、なんでいるの?ってことは、この少女は誰?


「は、はい!行きます!」


 おくちあんぐりだったようで、とても慌てるエリナさん。


「じゃここでするわけにもいかんし、闘技場でどうだ?」

「ではそうしましょう。」


 ⋯⋯闘技場?マジか⋯⋯。いやな予感しかしないなぁ⋯⋯。なんでこんなにもここでは嫌な予感しか的中しないのかなぁ⋯⋯?⋯⋯あれ?なんでだろう?⋯⋯ここじゃない世界が分からない⋯⋯なのに、確かにそれがあってそこにいた記憶がある⋯⋯ような気がする。

 そして周辺の野次馬もさっきの少女たちについていく。

「⋯⋯何しに行くんですかあの人たち?」

「大体闘技場は無料で出入り自由なんでな。こういうことはよくある。」

 ⋯⋯よくあっていいのかなそれ?まぁいいや。

「嬢ちゃんも見に行くかい?」

「⋯⋯はい。そうします。」

 私たちもついていくことにした。




《2》



 私たちは今闘技場の観客席にいる。


 というのも、さっき狼が欲しいという話を決めた少女と兵士の争奪戦という形の戦闘らしいが、そこに野次馬が加わることで観客席は満席どころか完全に飽和している状態だ。相変わらず人に酔ってうなされそうなところだ。このようなのはシャングさんが言うには、「ここの昔からの文化」だそう。というか、まさか本当に闘技場に来ることになってしまうとは⋯⋯。


『ここにお集まりの皆さん、こんにちは。』


 アナウンスが入る。あ、さっき少女と話していたあの兵士の声だ。私はアナウンスによって静まり返る闘技場の観客席でそんなことを考えていた。


『これから、我が国の誇る兵士と少女ハオの1本勝負を開始します。ルールは通常通り、相手が倒れて5秒で立たなかったら勝ち、逃げて場外から出たらその時点で負けです。勝った人には、景品として白い狼をプレゼントします。それでは選手入場ー。』


 ルールは私が前映画かなんかで見たあのルールと同じだなぁとふと思った。そして、それについてしっかり思い出せず、頭を抱える。このくだりこの訳も分からないところになってから何回するんだ私。

 そしてあの少女の名は『ハオ』らしい。

 右側から鎧をまとった兵士、左側からグレーのパーカー姿のハオさんが入場した。会場は一層ボリュームが上がった。


「⋯⋯マジか⋯⋯。」

「⋯⋯え?どうしたんですか?」

 驚愕してポソっとシャングさんが漏らした独り言が私の耳に入り、私は訊き返した。

「⋯⋯この勝負は、あの少女が勝つ⋯⋯間違いない⋯⋯。」

「⋯⋯え⋯⋯?あの少女ってハオさんが?」

「⋯⋯ああ。」

 なんでだろう。

「あいつのジョブ、あんた⋯⋯嬢ちゃんよりも強い⋯⋯。」

 え?私は一瞬混乱した。なんで?確か私のジョブの『大魔女だいまじょ』は第3枠、つまり上から3番目に強いってことだったはず⋯⋯。ってことはハオさんは、第1・2枠ってこと?


『では、はじめーー!!』


 そんなさっきの兵士のアナウンスで、戦いの火ぶたは切られた。歓声がボリュームアップする。右側の兵士は近づこうとして、左側のハオさんは離れようとした。野次馬はそのハオさんへブーイング。

 さっきのシャングさんの発言からすると、ハオさんはとんでもない必勝策を持っているに違いない。だってシャングさんの予言の判断材料のジョブは、おそらくシャングさんの言っていたスキル『テレパシー』による収集だ。となると、私はまたもいy⋯⋯いや、もういい。このくだりは以後ずっと続きそう。


 ハオさんは一番端っこまで後ずさりきり、壁に手をつく。兵士はそれを機に歩くスピードを速める。ハオさんは今何をどうしようとしているのかなぁ⋯⋯。私がそう冷静に考えていた瞬間だった。

 

どどごおぉぉん!!!!!!


 急に低めの爆発音が聞こえたかと思う間もなく、私たち観客席の人たちは轟音とともに暴風に襲われた。砂を巻き上げ私たちを襲うのもつかの間、私たちが目をつむるころには砂は私たちを通り過ぎていた。その砂が2回に分けて私たちを襲ったとわからないくらい速かった。そして私が恐る恐る目を開くと、その闘技場には⋯⋯


 ⋯⋯ハオさんが立っていたところと反対のところにあの兵士を中心にできた直径5メートル程度のクレーターと⋯⋯


『1!』

 秒数を言うアナウンスと⋯⋯


 ⋯⋯リングの中央にたたずむハオさんがありました。


『2!』


 秒数をいうアナウンスは淡々と告げられる。

『3!』


 観客席の人々は、シャングさんももちろん私も、会場の全員が固まっているように見える。


『4!』


 ここで私はアナウンスがさっきハオさんと話していた兵士ではないことに気づいた。


『5!』


 おそらく、これは機械が勝手に喋っているのだと私は考えた。


『⋯⋯』


 それが正解だというかのように、アナウンスも止まりました。おそらくこのスピーカーの裏側にいるあの兵士も固まっているんだろうなぁ。


『⋯⋯』


 会場が、静寂に包まれる。

 私はさっき見たハオさんの行動を整理する。確か今クレーターがあるところの反対側に壁にいたから、そこから勢いよく飛んで⋯⋯パンチした⋯⋯?そのパンチの威力で、飛んでたスピードをプラマイゼロにした⋯⋯。私はそこで思考を止めた。本来明らかにおかしい想像だけど⋯⋯

(「あいつのジョブ、嬢ちゃんよりも強い⋯⋯。」)

 シャングさんの声が脳内に響く。そう。この世界なら。『大魔女だいまじょ』とかいうジョブっていうのが存在して、それを軽く凌駕する力があるとすれば。


 ⋯⋯ハオさんなら⋯⋯淡田君なら⋯⋯


 ⋯⋯あれ?淡田君?

 私は急に頭の中がこんがらがった。なんで淡田君が出てきたの?⋯⋯でも⋯⋯あの、ハオさんの姿に既視感を覚えるのはなn⋯⋯


『⋯⋯しょ、しょ、勝者は、は、ハオさんです!』


 やっと入ったさっきの兵士のアナウンスで私の思考は途切れた。それでもそれでも周りの人たちは固まったままだった。でも私は、なぜかこのあり得ない状況を納得してしまっていた。なんでかは私でも知らない。

 ハオさんはクレーターの方へ歩き出した。次⋯⋯淡田君がするとすれば⋯⋯。



(「まじで?⋯⋯この問題解けんと後々大変だよ?えっとね⋯⋯ここは3番目の公式を使って展開。⋯⋯こっちの数字を移項して、⋯⋯で、因数分解。⋯⋯」)

 ⋯⋯脳内に聞こえる信時君の声。その声を少しでも妨害しようとするかのような強めの雨音。鼻をくすぐる湿気を吸った床の板のにおい。その床が滑り止めの様になって感じられる足の感覚。6月、梅雨の真っただ中、放課後の教室。

 私は数学が著しく悪くて、教えてもらってたっけ。いやな顔して、

「大丈夫?」

 とか言われて、それでもしっかりわかるまで教えてくれて⋯⋯。好きというわけではないけど⋯⋯ものすごく頼りにしていた人。もし本当に信時君なら⋯⋯



⋯⋯手当てをするはず。きっと。


「⋯⋯蘇生。」


 ハオさんは言った。やっぱり。一瞬あれっ?て思ったけど、そういう世界だったんだねここは。ハオはとても大きな水の球体を出して、その水でさっきの兵士をクレーターごと包み込んだ。さっき戦っていた⋯⋯というか一方的にやられていた兵士は水の中で少しずつ宙に浮いた。そしてその兵士が水の球体の中央に来ると、その水の球体は淡く光り、やがて消えた。そしてそこには元に戻った壁と、そこにもたれて眠っている兵士がいた。


「⋯⋯ん⋯⋯ここは⋯⋯俺は何を⋯⋯」


 おもむろにつぶやく兵士の前にハオさんは右手を差し出した。右手の方の袖は二の腕のところまで破けていた。


「おわりですよ⋯⋯。」

「⋯⋯お、そうか⋯⋯負けたのか俺は⋯⋯」


 そんな会話を、観客席からの大歓声が包み込んだ。全員がスタンディングオベーションで迎えていた。私はそれを、今まで見た中で一番美しい画だと思った。そして思う。

 ⋯⋯何か縁でもあるのかな。

 私はハオさんが信時さんだと確信してしまった。証拠はないんだけど。それでも⋯⋯なんかうれしかった。


 私はその後、結局これから何かする体力もないからと、シャングさんととりあえず分かれて宿に帰った。その後、エリナさん特製のシチューを1人でおいしくいただき、早めに寝た。

「⋯⋯明日ハオさんに話しかけてみよう。」

 私はベッドの中にそうそう入ってそうつぶやき、一人で思い出し笑いをするようにフフッと微笑んだ。何気に今日色々ありすぎて、興奮はしていたが、それよりも疲れが勝ったのかぐっすり眠れた。でも、眠る前に1つ、とても大変なことを忘れたままだということに気が付いた。でも、ハオならわかってくれると思い、ハオがいるからどうでもいいと思い、そのままぐっすり寝た。


 ⋯⋯私の名前を忘れたまま。それでもハオのことは忘れずに。



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