懐かしの街②

「…私ずっと、リアンの後付けてたの」


ジュリエは悲しそうな顔をして、今にも泣き出しそうだ。


「…なんで?」


「…だってリアン、荷物まとめて出てっちゃったから…家出するんだと思って」


「…家出じゃないよ…里帰りだよ」


リアンは心配させたくなくて嘘を吐いた。


「…嘘だ…そんな事言ってなかったじゃない」


ジュリエの両目は、涙で滲みだした。


「…ジュリエ帰りなよ…みんな心配してるよ」


「…リアンが帰らなきゃ帰らない!」


「…僕はあの家にいちゃだめなんだ」


リアンは悲しそうに呟いた。


「…じゃあ、私も帰らない」


ジュリエは、ブランコに座るリアンの横にしゃがみ込んだ。


「…僕は帰れないよ…最初からあの家の家族じゃないし」


「そんな事ない!…私は家族だと思ってるよ!」


本気でそう思っているからこそ、ジュリエの声は大きくなった。


「…ありがとう」


リアンは心の底から滲み出る、感謝の思いを口にする。


このリアンの言葉を最後に、しばらく二人の間に沈黙が流れた。


二人は屋根のない基地の中から、淀みない空に浮かぶ丸い月を見詰める。


「…綺麗だね」


「…うん綺麗だね」


そう言うと、どちらからともなく、二人は見詰め合った。


静かな夜に、二人の鼓動と息遣いだけが響き渡る。


その静かな夜を破るように、遠くの方から人の声が聞こえてきた。


たくさんの重なる人の声が、二人の居る基地へと近付いて来る。


「…リエ様……ジュリエ様」


いくつもの人の声が近付くに連れ、二人はそれがジュリエを呼ぶ声だと気付いた。


「…ジュリエ…誰かに呼ばれてるね」


リアンは枠だけとなった窓から顔を出し、外の様子を伺う。


すると、薄暗い街灯に照らさた道の向こうから、五、六人の集団が、ライトを照らしながら近付いて来るのが見えた。


その集団の一人が、窓から顔を覗かせているリアンに気付いた。


「…リアン様!」


その声には聞き覚えがある。


スタルス家の執事の声だ。


リアンは顔を引っ込めると、思わず基地の中に身を隠した。


「リアン様!」


執事達が秘密基地の中に足を踏み入れた。


そして暗い部屋の中をライトで照らし出す。


「ジュリエ!!」


ライトを照らしていた一人の男が叫んだ。


リアンはその声にも聞き覚えがあった。


ジュリエに至っては、生まれた時から側で聞いている慣れ親しんだ声だ。


「…パパ」


ジュリエは、自分にライトを照らしている男の呼び名を口にする。


「ジュリエなにやってるんだ!勝手にいなくなるんじゃない!帰るぞ!!」


スタルスはそう言いながら、しゃがみ込むジュリエの腕を掴んだ。


「早く立て!帰るぞ!!」


スタルスは激しく怒っているのだろう、額に血管が浮き上がっている。


「…離して!…リアンが帰らなきゃ、私も帰らない!!」


ジュリエは、掴まれる腕を振り払いながら叫んだ。


「…リアン…貴様!!ジュリエをこんな所に連れてきやがって!!」


スタルスは歯を剥き出しにして、激しくリアンに向かい叫んだ。


「私が勝手に付いてきたの!」


しかし興奮しているスタルスには、ジュリエのこの言葉は届かなかったようだ。


「リアン!お前は出て行け!!ジュリエをこんな汚い所に連れてきやがって!!」


スタルスは拳を握り、リアンに向け振り翳した。


しかし咄嗟にジュリエがリアンに覆い被さり、その愚かな行為を防ぐ。


「…ちっ!…ジュリエ!帰るぞ!!」


スタルスは殴りつけようとした拳を開き、ジュリエの腕を掴んだ。


「いや!リアンが帰らなきゃ、帰らない!」


スタルスは力任せに、リアンにしがみつくジュリエを引き離した。


「お前とはこれでさよならだ!もう二度と俺の前に顔を出すな!!」


血走った目でスタイルはリアンを睨み付けた。


「いや!放してぇ!リアァァン!!」


ジュリエは掴まれていない方の手を、リアンへと懸命に差し伸ばす。


しかしリアンは、ジュリエの手を掴もうとはしなかった。


「ジュリエ、帰るぞ!」


スタルスは泣き叫ぶジュリエを引き摺るようにして、基地から出て行った。


その後を追うように、執事達は俯くリアンに悲しそうな顔で頭を下げ、基地を後にする。


そして、リアンだけが秘密基地に残された。


一人残されたリアンは、屋根のない秘密基地の中から月を見詰める。


空には綺麗な満月。


丸い月の明かりが、一人ぼっちのリアンを優しく照らしている。


リアンはブランコに揺られ、静かに目を閉じた。


そしてそのままブランコに揺られたまま朝を迎えた。


「ぐぅー」


リアンの腹の虫が鳴った。


リアンはポケットに手を突っ込み、小銭を掴み出した。


「…パンも買えないか」


手の平には僅かな金額の小銭しか載っていない。


持ってきた金は、これが全て。


マドルスの遺産はスタルスが管理しており、リアンには直接には渡っていなかったのだ。


どんなに悲しくても、どんなに食欲がなくても、腹は減る。


それを分からせるように、昨日から何も食べていないリアンの腹の虫は、鳴り止むことを知らなかった。


リアンはブランコに揺られながら、これからの事を考える。


金もない。


家もない。


しかしいくら考えても、これからどうすればいいのか、何も浮かんではこない。


その時、秘密基地の中に人影を感じた。


リアンはゆっくりと俯いていた頭を上げ、人影の方へと視線を送る。


「…お前は誰だ?わしの別荘で何をやっている?」


人影は喋りだした。

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