第35話 辿り着いた洞窟の奥

 ミリエル達はさっき歩いたばかりの洞窟の細い道を引き返していく。元の別れ道のところまで戻って今度は太い道の方を行くことにした。

 テナーの言ったように本当に両方の道を行くことになった。彼女の考えはこういうことでは無かったのかもしれないが。

 テナーの方を振り向くとにっこりと綺麗な笑顔で手を振られたので、ミリエルは照れくさくなって前を向いた。

 見守られている。そう感じながら前へ進んでいく。

 モンスターにとってはこちらの太い道の方が居心地がいいのか、スライムやお化けネズミ達が再び襲い掛かってきたが、すでに容易く勝利を手にしているミリエル達の敵では無かった。

 掛かってきた魔物は全て打ち倒していった。


「モンスターのいる方が正解のルートかもしれませんわね」

「そうかもね」


 そのリンダの考えはミリエルも頷ける物だった。ボスの近い場所だからモンスター達も安心して住んでいるのかもしれない。あるいはボスを守っているのか。

 その考えが正しかったのかは知らないが。やがていつまでも続くかと思われた洞窟の冒険も終わる時がやってきた。

 あの別れ道を過ぎてからは他の別れ道も宝箱もなく、洞窟の行きついた先は開けた広間のようになっていて、その奥に犬の獣人がいるのが見えた。

 眠っているのか身動きをしない。ミリエル達はうかつに踏み込むことはせず、まずは入口からそっと様子を伺った。


「何をしているのかな」

「休んでいるみたいだね。犬は敏感だから近づけばきっと起きると思う」

「はい」

「ならばここから攻撃魔法を放って終わらせた方が良いかの」

「ソプラさん、子供達の冒険ですよ」

「分かっておるわい。人を愚者のように言うな」

「ミリエルちゃん、出来るかい?」

「はい」


 ミリエルの答えは決まっていた。標的は目の前にいる。

 ここまで来たのだから最後まで自分の手で成し遂げると。


「ミリエルさんがやるなら、わたくしだって。良い所を見せますわよ」

「どこまで出来るか。試すには良い手合いか」


 リンダとニーニャも賛同を示す。


「いざとなったらわたしが回復魔法を使うから。思い切って行きなさい」

「勝てないと判断したら、いつでも戻ってきて頼るがいい」

「ありがとうございます」


 テナーとヴァスも応援してくれて、ミリエルは快く頷いた。


「じゃあ、行ってきます」

「行っておいで。全力を出せば君の勝てない相手では無いよ」

「はい!」


 最後にアルトから応援されて、ミリエルはリンダとニーニャとともに部屋の中へと踏み込んでいった。

 忍び足で近づいていく。

 その広間にはコボルト以外には何もいないようだった。近づく人間の気配を感じ取ったのか、獣耳の耳がピクリと動き、目が開いた。

 コボルトの瞳が訝し気に少女達を見つめ、彼は傍にあった武器と盾を取って立ち上がった。

 この広間になぜ他のモンスターがいないのか。ミリエルはすぐにその理由に気づくことになる。


「わおおおおおおおおん!!」


 吠えるコボルトの示す感情は明らかな不機嫌だった。静かな部屋でゆっくりと休んでいるところを不躾な侵入者達に邪魔されて怒っているのだ。

 町外れにある深い洞窟の奥深くで休んでいた彼は訪問者を歓迎していない。だからこそ、モンスター達もこの部屋には入らなかった。

 だが、ミリエル達にとってはコボルトの機嫌に気を遣う必要はない。

 このモンスターを倒すためにここへ来たのだから。ただ全力で戦うだけだ。


 いよいよボスモンスターとのバトルが始まる。


 ミリエルにとっては初めて戦うモンスターだ。安いとは言え依頼書を貼りだされていたのだから、それなりの強敵だということが推測できる。

 まずは無謀な突撃を選ばずに慎重に様子を見ることを選んだ。みんなが見ている。恥ずかしい真似は出来ない。

 その考えはリンダも同じようで、まずは戦いに慣れたミリエルに手番を譲った。

 コボルトは一番近くにいるミリエルを睨んだ。背はコボルトの方が高いので少女を見下ろすような恰好になる。

 退くことをせず、じりじりと近づいてくる少女にコボルトは切れたのか、咆哮を上げて襲い掛かってきた。

 敵の振ってくる剣をミリエルは剣で受け止める。剣と剣がせめぎあって火花を散らした。


「こいつ、剣を扱える!?」

『ちょっとは出来る奴みたいだな。手助けは必要か?』

「大丈夫。任せて」


 ミリエルは敵の振ってくる剣を何度か打ち返し、後ろに跳んで離れた。

 コボルトは鉄の剣と木の盾を持っている。棍棒ぐらいならゴブリンも持っていたが、明確に殺傷能力のある剣を相手に戦うのは初めてだった。

 また敵のレベルもゴブリンより高い。考え無しに棍棒を振って襲ってくるゴブリンに対して、相手はそれなりに知性があるようだ。犬だから賢いのかもしれない。

 ミリエルは慎重に相手の力量を計った。

 そんな友達の姿を苦戦と見たのか、リンダが声を上げた。


「ミリエルさん! 今、加勢しますわ!」

「うかつに踏み込まないでよ!」

「分かっています。この角度なら!」

 

 敵の背後を選び、リンダは死角から跳び込んでいく。

 コボルトはリンダにはあまり構わなかった。だが、それは見掛けだけだ。

 ミリエルはその時になって気が付いた。コボルトの鼻がクンクンと動いていたことに。敵は鼻で獲物の位置を察知していたのだ。


「リンダちゃん! 気を付けて!」

「分かっていますわ!」

「分かってない!」


 リンダはもう攻撃のモーションに入っていた。

 突っ込んできた少女をカウンターの要領で弾き飛ばそうとコボルトが盾を突き出していく。

 リンダは構わず剣を振り下ろし、


「やああああああ!」

「きゃわーーーん!」


 盾をスパーーーンと断ち切って、コボルトの腕に深手を負わせた。

 盾に全く防がせないその威力はミリエルにとっても敵にとっても予想外。

 コボルトはたまらず跳び下がった。


「ナイスだぜ! お嬢様!」


 ニーニャの鞭がさらに追い打ちを掛けていく。コボルトは剣で応戦するが、傷を受けて動きが鈍っていた。

 ミリエルはすでに敵の力量を見抜いていた。

 怒り任せに踏み込んだコボルトの剣をニーニャの前に回って代わりに受け止めた。


「ニーニャちゃん! 無茶しないで!」

「ああ!」

「ここで片付けますわよ!」


 ミリエルは仲間に被害を与えそうな攻撃を率先してガードしながら剣を振る。

 リンダが大振りに振る剣の威力には本当に参ったのか、コボルトはそっちの方は優先的に大きく避けていた。


「この! どうしてわたくしの剣は受け止めませんの!?」

「敵も学習したようだね。その剣の凄さに」

「フッ、強すぎて申し訳ありませんわ!」

「そういうことじゃないと思うが。おっとさせねえよ」


 大きく回避して横に回り込もうとしたコボルトの動きを、ニーニャは鞭を振って妨害した。


「やれるよ! このまま!」


 ミリエルは前に出る。コボルトを押していた。

 三人の連携に犬の獣人は徐々に壁際に追い詰められていく。

 その戦いを大人達は広間の入口の影から見守っていた。

 戦いは順調に進んでいるのに、アルトの顔には僅かばかりの焦りがあった。


「まずいな、このままでは」

「圧倒しているように見えるがの。ここで攻撃魔法を出したら恨まれそうで残念じゃわい」

「いや、彼女達にはもう少し苦戦をしてもらいたいんですよ」


 呑気にくつろぐソプラに対するアルトの心境を戦士のヴァスが推察した。


「アルトは子供達に戦いの厳しさを教えたいのだろう。これで調子に乗らせて軽はずみなことをされては事だしな」

「それにはお姉さんも同感ね。ここはわたしに任せてくれない?」

「ああ」


 アルトはテナーに場所を譲った。テナーは素早く呪文を唱えると、それをミリエル達に気付かれないようにそっとコボルトに向けて放った。

 光がコボルトを包み込む。


「わおおおおおおん!」


 支援の魔法を受けてコボルトの攻撃力が上がった、守備力が上がった、魔防が上がった、素早さが上がった、HPが全快した、体力が徐々に回復する効果を受けた、浮遊状態が付加された。

 これはテナーが別に連続魔のスキルを持っているわけではなくて、戦場にいる者達のレベルがあまりに低かったので多くの魔法を掛けられる余裕があるだけのことだった。


「ふう、お姉さん張り切っちゃった。やりすぎたかしら」

「いや、ミリエルちゃんにはこれぐらいでいいよ。さあ、彼女はどう出るかな」


 大人達は観測を続けた。

 彼らはすっかり子供達に試練を課した大人の気分であった。

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