第18話、ハンス万歳!

 暖簾をくぐり、聖華女子の制服を着た女子高生が店内に入って来た。

「 こんばんは~! 」

 来たっ・・! 香住だ! よく来てくれたね。 ささ、もっと奥へ・・!

「 ちぃ~す! 」


 ・・・ナンで、ハンスも来る?


「 すぐソコで、バッタリ会ったの! 」

 嬉しそうに言う、香住。

「 そう・・ 良かったね・・・ 」

 全然、良くないわ。

 テメー・・ 和弘ンとこで、たらふく食って・・ またココで、オレから、ソバなんぞゴチになろうってんじゃねえだろうな・・?

 僕の冷たい視線を感じたのか、ハンスは、傍らの座敷に上がり、腹を右手で擦りながら言った。

「 もう、お腹イッパイさ 」


 ・・そう言いながら、左手で品書き持って、見てんじゃねえかよ? お前。


 大将が、カウンターに手を突き、身を乗り出しながら、香住に声を掛けた。

「 やあ、香住ちゃんだね? 真一から聞いてるよ? いらっしゃあぁあ~~い ♪ 」

 ・・目が、やらしいって、大将。 更に言えば、笑顔の奥に、不純な目的を感じるよ・・?

「 あ、こんばんは。 お邪魔します 」

 軽く、お辞儀をしながら答える香住。

 少し離れた座敷テーブルにいた、馴染みの客が言った。

「 お? 何だ、大将。 こんな可愛いコが、知り合いにいたのか? 」

 酒が入り、上機嫌の、赤ら顔の男性客。 向かい側に座っていた、もう1人の男性客が、ビールの入ったコップを片手に言った。

「 彼女だよな~? 真一君の 」

「 え・・? ええ、まあ。 ははは・・ 」

 僕は、厨房の中から、テレながら頭をかいた。

 赤ら顔の客が、香住を見て言った。

「 へええ~、真一君・・ 聖華女子に通ってる彼女がいたの~? やるなあ~ 」

 名門へ通う彼女がいると言う事は、鼻が高い。 普段、あまり気にした事はないが、大人から改まって言われると、やはり嬉しい。 しかも、誰が見ても、超、可愛い。 性格だって、サイコーだぜ・・!

 純真な香住は、既に、顔が赤くなって来ている。

 大将が、カウンターに身を乗り出したまま、手招きしながら言った。

「 香住ちゃん、香住ちゃん。 コッチ、コッチ・・! コッチ来て・・! 」

 通学カバンとサブバックを、ハンスが上がっている座敷の端に置くと、香住は、こちらにやって来た。

「 はい。 何でしょうか? 」

「 くうう~~~っ・・! 受け答えもイイね! 」

 ・・・フツーだと思うが?

「 真一の彼女にしとくのは、もったいない。 全くもって、ミスキャストだ 」

 その通りですが、余計なお世話っス・・・

 大将は言った。

「 よしっ、採用っ! 来週から、入ってくれんかね? 」

 おいっ! 勝手に面接するなよっ! だいたい、香住本人、ここのバイトをホンキでやるのかどうか、まだ決めてないんだぞ? それに、聖華女子は校則が厳しいから、在学中は、まずカンペキに無理だ。

 香住は答えた。

「 ・・え? バイトの話ですか? いいんですか? 私 」

 大将は、立ち眩みがするのではないだろうか、と思われるくらい、上下に首を振った。後の方では、頭を叩かれたペコちゃん人形のように、タカちゃんも首を上下に振っている。

 僕は、香住に言った。

「 ちょ・・ 無理だろ? 香住。 校則で禁じられているんじゃないのか? 」

 香住が、ニコニコしながら答えた。

「 保護者の了解があって、高校生がバイトしていても良いと思われる、良識範囲の職種でのバイトなら、許可が出るの。 あたし、お父さん・お母さんからはOKもらってるから、おソバ屋さんなら、全然大丈夫よ? 」


 ・・・あ、そう。


 奥さんが、ぜんざいをトレイに乗せ、座敷席に持って行きながら言った。

「 じゃ、OKね! 助かるわ。 真一君が洗い場に入ると、外は、あたし1人なんだもん。 宜しくね! 」

 両手を前に組み、キチンとお辞儀をしながら、香住は言った。

「 こちらこそ、宜しくお願い致します。 あ、でも・・ 塾があるので、月曜と・・ 木曜・土曜しか来れませんけど・・? 」

「 来れる日だけで、いいわよ? 水曜と隔週日曜は、定休だし 」

 ・・・これは、嬉しい展開となった。 留年せずとも、1年間、香住と一緒にバイトが出来るなんて・・・!

 僕は、時給の差など、どうでも良くなった。


( 香住と、一緒にいられる時間が増える・・! )


 こんなに、嬉しい事は無い。 しかも、『 協同作業 』だ。 大将と奥さんのように、夫婦で同じ職場で働いているような錯覚に陥れる。

 もしかしたら、叶うかもしれない将来の姿(ソバ屋開業ではない)を垣間見る事が出来るのが、僕には、たまらなく嬉しかった。


 ああ、香住・・! 僕、頑張っちゃうからねっ・・! ( ナニを? )


 調理場前のカウンター席に座っていた、中年の男性客が言った。

「 おい、大将。 その子、新入りで入るんか? ココに 」

 大将は、両手を腰に添え、威張りながら言った。

「 おうよ! 名門女子高、御用達の老舗よ! 今度からは、正装で来て欲しいね 」

 ハンスが、座敷で、ぜんざいを食べながら、僕に声を掛けた。

「 良かったな、真一 」

「 まあな 」

 ・・なっ? おいっ・・! お前、腹いっぱいだったんじゃなかったのかっ? ナンで、いつの間にぜんざい、食っとる・・? それ・・ ダレが、金を払うんだ?

 香住が、カウンター席に置いてあった品書きを手に取り、言った。

「 そうと決まったら、お夕食ね! あたし、お腹ペコペコ。 今日、お父さん、出張だし・・ お母さん、ダンス教室で遅くなるから、夕食は外食なの。 どちらにせよ、塾があった日は遅くなるから、外食だけどね。 何か食べなくちゃ 」

 大将が、タカちゃんを振り返り、叫んだ。

「 市松ソバ定食、1丁ッ! 特上だ! 大至急なッ! 」

「 がってんでいっ! 」

 早速、釜に取り付く、タカちゃん。

 大将がニコニコしながら、香住に言った。

「 香住ちゃん、今日は、おごりだよ? 他に2品ほど、付けてあげるからね? 今から、腕に撚りを掛けて作ってあげるよ ♪ ・・おう、真一っ! 新品のどんぶりを出せっ! 」


 ・・・この、待遇の差は何だ?


 カウンター席にいた、先程の中年の男性客が言った。

「 大将、こっち、ビール1本、追加ね 」

「 今、忙しいッ! 自分で、取りに来いっ! 」


 午後9時。

 勤務時間、終了だ。

 厨房を出て、座敷でソバを食べている香住の所へ行くと、香住が言った。

「 ここのおソバって、ホント美味しいわね。 まかないで、こんな美味しいのを食べられるバイトって、イイかも ♪ 」

「 ソバは、どんなに食べても太らないんだぜ? 」

「 へええ~、そうなの? 今度、クラスの子たちも連れて来ようかな 」

 ・・大将がフンパツし過ぎて、店が赤字になるような気が・・

 僕は、香住の膳に乗っている刺身の小皿を見ながら、そう思った。

 大将がニコニコしながら、更に、平皿を持って来る。

「 このカマボコ、おいしいよ? 食べてね ♪ 」

 あのな・・ 女子高生に『 板わさ 』を出すな・・! 酒の肴じゃねえか、それ。 その内、タカちゃんが、大吟醸酒を出して来るんじゃねえだろな? しかも、その板わさ・・ 僕の、まかないに出て来たヤツの、優に、10倍の厚さがあるじゃないか・・! 更に、本ワサビ付き。 業務用の、粉ワサビなどではない。 至れり尽くせりだ。

 奥さんが来て、言った。

「 さくらんぼ、食べる? 」


 ・・出た。 意味が分からん。


 ハンスが答えた。

「 僕、食べま~す! 」

 お前に、聞いとらん。

 また縮んだら、どうする? 未体験の食材には、ちい~とは注意を払わんか、お前。


 給料日だったので、バイト代をもらい、9時半頃、僕ら3人は『 市松 』を出た。

もう遅いので、香住はタクシーで帰って行った。 母親から、タクシーチケットをもらっているのだ。 さすが、名門に通う家庭は違う。

 高校時代のウチなんざ・・ 遅く帰ると、問答無用で玄関のカギが掛けてあった。 僕の部屋は2階だったので、仕方なくテラスの柱をよじ登って自分の部屋に入ろうとしたら泥棒とカン違いされ、近所のオバさんにより、警察に通報された。 エライ騒ぎになったが、警官に息子が取り押さえられていると言うのに、両親は、高イビキで寝ていたのだ。 多分、ウチの親は、地球が破滅しても寝ているだろう・・・


 僕は、ハンスと共に、下宿へ向かって歩き始めた。

「 良かったな、真一。 香住と一緒に、バイト出来るようになって 」

 ハンスが、ゲップしながら、そう言った。

「 まあな。 しかし、親の許可があれば、バイト出来るなんて校則、知らなかったなあ・・前に、香住・・ ウチの学校は、どんな理由があろうともバイトは絶対禁止だ、って言ってたのにな 」

「 社会経験の1つだと考えれば、イイんじゃないか? 」

「 そりゃ、そうだろうケド・・ 聖華女子の先生たち、すっげ~、アタマ固いんだぜ? ある意味、画期的な進歩だ 」

 タバコに火を付けながら僕が言うと、ハンスは答えた。

「 ははは。 だな 」

「 だな、って・・ 会ったコト、あるような言い方じゃないか、お前。 ・・・ん? もしかして・・・! 」

 ハンスが、ニヤリと笑いながら、僕を見た。

「 ・・やっぱり・・! お前が、仕組んだのかっ・・? 先生たちを洗脳して、いつの間にか、そんな校則があったかのように・・! 」

「 ま、そんなトコだ。 いいだろ? 別に 」

 全然、イイぞ・・! そういう事なら、もっとやれ!

 しかし、スゲーな・・! どうやってやるんだ? サブリミナルの教祖になれるぞ、お前。 しかも、香住と、香住の親まで同時かよ? ・・さすが、天使だ。

 僕は立ち止まり、ハンスの両肩に手を置き、言った。

「 コーヒーを、炒れさせてくれたまえ、ハンス君・・! ただし、ミルクは無しだが? 」

「 所望致そう 」

 ハンスは、笑って答えた。


 こんな、便利なヤツはいない。

 いずれ天界へ帰るのだろうが、許される限り、居候していてもらいたいものだ。 ちょっと、天然が入っていて困る時もあるが・・ いいヤツじゃないか。

 ハンスのお陰で、僕と香住の距離は、かなり短縮されたように思われる。


 ・・・万能天使、ハンス・・・! ナント、空も飛べる( 当たり前 )。


 まるで、無敵の友人が出来たようだ。 ついでに、ポセイドン君や、ミカエル君も連れて来られたら困るが・・ 今のうちに、アパートの窓から突き落とし、もう1度、羽を捻挫させた方がイイかな?

 僕の心を読んだのか、ハンスは言った。

「 実は、あさって辺り、天界へ帰ろうと思ってな 」

「 え・・? 」

 ハンスは、羽を広げ、歩道から飛んで見せた。 フワフワと、街路灯の辺りを回り、すい~っと、6階建てのマンションの上まで上昇して見せる。


 ・・・すげえ・・・!


 あんぐりと口を開けたまま、上を見つめる僕。

「 もう、完璧に完治だ 」

 マンションの屋上辺りを回遊して見せる、ハンス。

 5階辺りのベランダで、中年の女性がタバコをふかしていた。 ハンスは、彼女の目の前を横切り、「 どもっ! 」 と片手を振り、挨拶した。 女性は、ふう~っと、タバコの煙を吹き出すと、そのまま後へひっくり返り、姿が見えなくなった。 ・・多分、気絶したのだろう。

 宙返りやら、キリもみ飛行など、デモンストレーションを続ける、ハンス。


 おい、もうヤメとけ・・! 完治した事は、充分に確認させてもらった。 人が集まって来たら、どうすん・・


 途端に、『 ゴゴンッ! 』と、街路灯に頭を打ち付ける、ハンス。

「 あうがっ・・! 」

 頭を押さえたまま、地上に戻って来た。

 ・・バカが・・ だからヤメとけ、っちゅうに・・・

 相当、痛かったらしい。 涙目になって、頭を押さえ、歩道にうずくまっている。

今晩、○ラギノールじゃなくて、頭にシップだな、お前・・・

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