第五話 スーサイド・スペシャル3

 大使館の前にはいかめしい制服姿のガードマンが二人立っていた。

 俺は探偵免許を見せ、一等書記官氏に面会を求めた。

 当然、断られるだろう。そう踏んでいた。

 しかしすんなりと中に通された。

 件の一等書記官氏(本名を出すのは憚られるから、仮に『ハキム氏』としておこう)は、彼の執務室で俺を待っていた。

 中近東の人間だから、てっきりあの独特の民族衣装でも着ているのかと思ったが、なんて事のない、普通のスーツを着た、洗練された欧米風の紳士といういで立ちであった。

 彼はそこにいた年配の日本人女性にお茶(英国風の紅茶)を命じ、俺の訪問の経緯を聞くと、笑みを浮かべながら、

『・・・・貴方のおっしゃることは良くわかりました。同じことは米国でも捜査関係者に遠回しですが質問を受けましたのでね。確かに、その拳銃は私のものです。』

 ハキム氏はそういって立ち上がると、ざっとのスイッチを押し、

『あれを持ってきてくれ』と命じた。

 程なく男性秘書(これも同国人のようだった)が、二つのケースを両手にぶら下げて、音もなく入ってくると、ケースをテーブルに置く。

 中から出てきたのは、どちらも拳銃、拳銃、拳銃・・・・十五丁はあるだろうか?

 例外なくどれも最新式の拳銃はない。

 少なくとも50年以上は経っている『骨とう品』ばかりで、なお驚いたことに、そのうちの六丁は第二次世界大戦中の大日本帝国製であった。

『私は拳銃マニアでしてね。米国にいるときにコレクションしたものです。中でも特に昔の日本の拳銃が好きなのです』

 彼は俺の意を察したのか、こう付け加えた。

『全部、本物ですよ。手入れも完璧にしています。それから、当たり前ですがどれも一度は撃ちましたよ。私は収集品をただ棚に飾っておくってのは嫌いなんでね。道具と言うものは、使ってこそ価値があるものです』

『日本の拳銃は実に素晴らしいです。確かに性能の面ではこれよりも優秀な銃はあるかもしれませんが、考えてもみてください。先の大戦で日本だけですよ。白人国家以外で自前の武器で戦争が出来たのは』

と、彼はその中から特に手入れの良い一丁・・・・・つまり九四式後期型をとりあげ、そして続けた。

『特にこのタイプ94の後期モデルは私にとって何物にも代えがたい逸品なのです。世間ではスーサイドスペシャルなどと揶揄していますがね』

 彼の目線は明らかに俺に対して、

『お前の聴きたいことなんかお見通しなんだぞ』とでも言いたげにみえた。

『失礼ですが、その拳銃が貴方の手元から離れたことは?』

『あり得ませんな。私は拳銃の管理に関しては人一倍センシティブですからな。私以外の人間が触るなどあり得ないといえるでしょう』

『しかしあなたは条痕検査も指紋の検出も拒否された?』

『ミスター・イヌイ、貴方も探偵などという仕事で禄を食んでおられる身の上だ。ウィーン条約ぐらいご存知でしょう。』

『それは知っています。しかし九四式で殺人が行われたとなれば・・・・』

『失礼だが、これ以上は何も答えたくない。また貴方が官憲でなくとも、答える義務は私にはないと思いますが』

 俺は『分かりました』としか言いようがない。

 確かにそうである。

 一介のしがない私立探偵には、この辺りが限界だ。

『何でもないことですが、あの日本人女性はメイドさんか何かで?』

 彼は少し笑って、答えた。

『メイド?彼女は私の妻です。日本人ですが、国の習慣では妻はあまり公式の場には姿をみせないものなんですが、ここは日本ですからね・・・・米国にいる時に知り合って結婚しました』

 そう言ってもう一度さっきの女性を呼んでくれた。

『節子と申します・・・・』その女性は俺の顔を見て、深々と頭を下げた。




 

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