第29話 滝沢優一の場合 10

「我々に分かるのはここまでです」

 支社長と総務課長が一枚の紙を差し出す。

 先日の応接室だが、今回は私一人だ。

「ありがとうございます。拝見させて頂きます」勤めて笑顔で応える。

 このレポートによると、そもそもの主導者は3人。

 20年前に黒谷町会議員だった増田、黒谷町長だった大川、それに山月市役所で観光課長だった石渕だ。

 この内、黒谷の2人は既に引退している。

 問題は石渕だ。彼は今、市長秘書室長になっているようだ。

「この石渕室長ってどんな方ですか?」

 二人とも言いにくそうにお互いの方を見ている。

「総務課長さんの方が詳しいですかね?」

 名指しをすると、観念したのかポツポツと話し出した。

「やり手なのは間違いないです。口の悪い人たちは、今の市長は石渕さんの操り人形だと言ってるくらいです」

「秘書室長にそんな権限があるんですか?」

 ちょっとびっくりだ。

 総務課長は奥歯にものが挟まったような口調のまま話す。

「普通はそんな事は考えられないんですが、石渕室長は外の団体との交渉窓口でもあります。いろんな調整役をやってる内にいつの間にか全ての案件が室長を通さないと決まらないようになりまして」

 なんとなく分かってきた。多分、石渕は増田や大川のやり方を参考にして、市に対する陳情とかは全て自分を通すようなシステムを作り上げたんだろう。

 そこにバックマージンとかが発生してたとすれば大問題だ。

「石渕室長はおいくつですか?」

「あと2年で定年のはずです」

 という事は、駅前再開発で最後の一花を咲かせる気なのかもしれない。

 自分でも気付かない内に笑っていたようで、支社長と総務課長は私の表情を見て冷や汗を流していた。


 北園さんに電話を掛ける。

「お父様と合わせて頂けませんか?」

「え? え!」ちょっと嬉しそうに戸惑っている。

何か勘違いしているようだ。

「いえ、20年前の、道の駅が出来た頃のお話をお伺いしたいんで」

「ああ…そうですね。夜でしたらいつでも大丈夫ですよ」

「それでは明日の夜にでも」

「今日はさっきまで美香さんがいらっしゃってて、GW手伝って頂けるみたいなんでその段取りをやってたんです」

 すっかり仲良くなったようだ。

「彼女は自分のお店はどうするんだろう?」

「GWはお客さん少ないんで、いつもその期間は休んでたみたいです」

 なるほど。確かにGW中にスナック行く人は少ないだろう。


「初めまして。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。税理士、司法書士の滝沢と申します」

「おお、冴子がいつもお世話になってます」

 よく考えたら、黒谷の株式会社北斗に来るのは初めてだ。

 北園さんのお父さんは、60歳くらいのエネルギッシュな人だった。若い頃はいろんな仕事をやっていたそうだが、それも頷けるような独特の雰囲気を持っていた。北園さんはお父さん似のようで、やはり目鼻立ちがクッキリしている。

「冴子さんからお聞きになってるとは思うんですが、本日は道の駅が出来た頃の詳しいお話をお伺いしたいと思いまして」

「ああ、なんでも訊いてください」

「まずは、この人をご存知ですか? 山月市役所の人なんですが」

 総務課長から手に入れた石渕の写真を渡す。

「見た事があるな。大川町長の腰巾着みたいな奴だったな」

「やはりつるんでましたか?」

「ああ、ここが山月に合併された時の住民説明会にもいたなあ」

「道の駅が出来た20年前にもいましたか?」

「いたと思うけど、その時はまだペーペーだったろうな。使いっ走りしてたんじゃないかな?」

 町会議員の増田、大川町長がやっていた不正行為の手助けをしていて、そのノウハウを覚えたのだろう。

「その時に黒谷町役場と住民の間で交わした覚書も残ってないんですよね?」

「そうなんだよなあ。あそこの地権者は役場に土地を騙し取られたようなもんだな。結局、その後にあそこで商売できるようにするって約束も反故にされちまってるし。そりゃあ、道の駅が出来る前は単なる山と海に囲まれた何の利用価値もない土地だったけどな。役場が言うには法律上の公文書保存期間が過ぎてるっていうんだけど、ホントかねえ?」

「そうですね。決裁文書とかだと30年保存してないといけないんですが、契約書でもない覚書だと3年、よくて5年くらいですかね」

「ホントに、なんであの時控えを貰わなかったんだか。まさか役場に騙されるとは誰も思わなかったからなあ」

「それで私、さっきここに来る前に例の広場を見て来たんですが」

「何か気になる事があった?」

「あそこの前の駐車場の一画に数字が書いてあるんですが、あれはなんですか?」

 少し離れたところの駐車場だけ、駐車スペースの中に1~7までの数字がペイントされていたのがやけに気になったのだ。

 何か意味があるはずだが、さっぱり思いつかない。

 お父さんは少し固まった。何かを思い出そうとしてるみたいだ。

「そう言えば、確かあの時『1番から7番までの区割り』を決めて、屋台とかを出したい時はその中でやるように言われたような気がするな」

「あれは駐車スペースじゃなくてイベント出店の際の区割りだったんですね」

「ああ、でも今は普通に駐車スペースになっちまってるな」

 ようやく糸口が見えてきたような気がする。

「でもそんなの状況証拠にしかならないだろ?」

「そうですね。でも我々は裁判する訳じゃないんで」

「どういう意味だい?」

「テレビカメラでその区割りを映して『こんな疑惑があります』って言えれば充分なんですよ」

 お父さんは笑顔の私を直視する。

 次の瞬間には爆笑していた。

「確かにな! そりゃそうだ」

  

 帰りしな、お父さんに声を掛けられた。

「今度来る時は泊まっていきな。道の駅のログハウス手配するから。いけるクチでしょ?」

「はい、とことんおつきあいします」

「あと、昨日気になる事があったんだけど」

「なんでしょう?」

 お父さんは耳打ちしてくる。

 驚いた。早速確認取らないと!

 北園さんはそんな我々を複雑そうな顔で見ていた。


 夜中に早川さんに電話を掛ける。業界人なので、午前中掛けるよりは夜中の方が良いと言われてるのだ。

「知事に連絡して貰えませんか?」

「良いよ。具体的に動き出すんだね。俺も遊びに行こうかな」

「是非お越しください。お待ちしています」

「また美味しいものが食べられるねえ」

「それで、知事に電話して頂く時にお願いしたい事があります」

 私は作戦を伝える。

「そうだね。それくらいはやってもバチは当たらないだろうね」

「バチが当たるようだったら、私なんかとっくに当たってますよ」

「そうだね」否定はしないようだ。

「このクライマックスが終わったらみんなで祝杯上げたいですね」

「そうだね。勝利の美酒は美味しそうだね」

 もう勝った気でいるようだ。

「俺はね、負ける喧嘩はしない主義だから」

「私もそうです」

「みたいだね。聞いたよ」


 私は絶句した。

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