第24話 『勇者』の歩む道

 魔界の王都に僕はたどり着く。巨大な城壁と門の前には軍勢が立ちはだかっていた。


 彼らへと僕はただ真っ直ぐに歩いていく。僕の姿を見つけた最前列の魔族が何かを叫び、それを合図に無数の魔術攻撃が放たれた。

 その全てを全身を巡る魔力が無効化する。矢も、電撃も、火炎も、僕の身体を傷つけることができずに消えていく。


 互いの距離が縮まって魔族たちは遠距離攻撃から近接戦闘へと切り替える。怒号と共に突撃してきた軍勢が、槍を突き出し、剣を振り抜き、斧を叩き込んでくる。

 僕の身体に触れた瞬間に槍が砕かれ、剣が折れ、斧が割れる。


 ありとあらゆる攻撃が意味を成さず、魔族たちは怯懦に陥った。それでも彼らは僕を止めようと突進する。まるで質量差があるように、その悉くが僕に激突した直後に跳ね飛ばされる。


 門の前にたどり着いた僕は木製のそれに手をかける。城壁と同等の巨大さを誇る門は全長で二十メートル近くはあった。

 軽く力を入れてその門を強引にこじ開ける。重低音を響かせながら開く門を見て、誰かが「嘘だろ」と呟いた。


 門の向こう側には街を警備する兵士たちが並び、市街地が広がっていた。

 門を守護していた魔族たちよりも軽武装の兵士たちが僕へと向かってくるが、その行動の全てが圧倒的な魔力の差で無力化される。

 次第に兵士たちの動きが止まっていった。大通りを歩く僕に怪物を見るかのような視線が向けられる。誰もが恐怖して動けなくなっていた。


 そんな兵士たちの列から何かが飛び出して僕の前に現れる。小さな獣人だった。

 遅れてもう一人、列から飛び出そうとして兵士たちに押しとどめられる。獣人の女性だった。必死の形相で「戻りなさい!!」と叫んでいた。

 恐らくは母親なのだろう。兵士たちさえもう子供を助けには入れなかった。

 母の忠告を無視して獣人の子供は憎悪と憤怒の込もった瞳で僕を睨みつけていた。手には小さなナイフ。


「父さんの仇だっ!!」


 彼はそう叫んで僕の身体にナイフを突き立てる。ナイフの刃が一瞬にして砕け散る。獣人の子供が驚いた顔をしたが、すぐに自身の爪を振り回して僕の肌を撫でつける。

 傷なんてつくはずがない──身体には。


「くそっ、くそっ、父さんを返せ!!」


 何度も何度もその子供は恨み言を言いながら僕に爪を立て、拳で殴りつけた。僕は微動だにしないまま彼を見下ろしていた。


「……ごめんよ」


 小さな声で僕は呟き、彼の身体を持ち上げる。そのまま母親の方へと放り投げてやる。

 振り返らずに僕は道を歩き始める。


 大通りに面した建物は窓も扉も全て閉まっているように見えた。だがそのいくつかが開かれて魔族たちが僕を見つめていた。


「死ね、この化け物!」


 誰かが叫んだ。それを引き金にして、一斉に罵声が降り注ぐ。


「死んでしまえ!」「消えろ!」「よくも兄貴を!」「何で殺したんだ!」「あの人を返して!!」「化け物め!」「お前なんか死んじゃえ!」「妹の仇め!!」「死んで詫びろ!!」「死ね化け物!!」「消えろ怪物!!」「滅んでしまえ!!」


 建物の二階から、一階から、路地裏から、立ち並ぶ兵士の中から、僕の周囲のあらゆる場所から魔族たちの恨みの声がぶつけられる。


 ──ああ、これが僕のしてきたことなのか。ようやく実感が得られた。自分のしてきたことが、どれだけ許されないことなのか。


 人間を守るためだとか、魔族が侵略してきただとか、そんな理由はどうでもいい。僕は英雄じゃない。ただの殺戮者なんだ。


 彼らの声を背に受けて、僕は魔王城の前にたどり着いた。

 城門の前に立ちはだかるのは六大魔将、最後の一体。人間界侵攻軍の総司令官。あの魔剣士だった。


 鮮血色の瞳には憐れむような感情が映っていた。

 彼は僅かな間だけ何かを考えるように視線を落とすと、道を退いた。


「陛下がお前を通せと仰った。進むがいい」


 彼の言葉と共に城門が開かれる。魔剣士を一瞥してから、僕はその中に足を踏み入れた。

 僕が入った直後に門が閉じられる。無数の罵声はその瞬間、聞こえなくなった。


 魔力を辿って奥へと進んでいく。彼女がどこにいるのかなんて、感覚で分かった。


 階段をいくつか上り、荘厳な装飾の施された扉の前で僕は立ち止まる。

 この先に彼女がいる。この先に『魔王』がいる。


 深呼吸をする。ここに来られなければと、何度も思った。けど、着いてしまった。

 ならもう進むしかない。思い出も心も裏切って。人々に請われるがままに戦う『勇者』であるために。

 脳裏で光の精霊が囁く。戦わなければまた子供が死ぬ、と。脳内でかつての幻聴が響く。この人殺し、と。


 恐怖心と悲しみが扉に手をかけさせた。

 重々しい音と共に開かれたその先には──



 ──彼女がいた。

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