第11話 Apocalypse

 俺は片肘をついて物思いに耽っていた。公園内にあるオープンカフェ、テーブルの上のコーヒーカップは既に空だ。噴水の音が聞こえる。人々の声や足音、落ち葉が地面を擦る音。

 新作の構想を練っていた、訳ではない。このところ考える事といったら、タイリクオオカミに仕掛ける勝負の事ばかりだ。この前はとうとうジャンケンですら負ける始末。なんとかして彼女に勝たなくては。

 コーヒーカップがカタカタと音を立てた。一瞬だけ耳鳴りが。…そもそもあの女がおとなしく俺の言うことを聞いていればこんな事にはならなかったんだ。くそ、ケモノの分際で。ギンギツネといい女のくせに男の言うことにいちいち口ごたえしやがって、ケモ耳女が。

 くそっ、なぜ俺の思い通りにならない。どいつもこいつも俺を理解しようとしない。ド低脳どもが。くそう、この俺を。俺を誰だと思っていやがる。くそ!

「…くそっ!」

 拳をテーブルに叩きつける。大きな音がして、足元を見ると割れたカップの破片とスプーンが転がっていた。

「しまった…」

 拾おうとして、しかし俺は椅子に深く座り込む。一体どうしたっていうんだ?指で眉間を挟む。タイリクオオカミ…、ギンギツネ…。彼女達をそんな風に思っていたなんて。俺は、どうかしている。

 だが、苦悩する自分に浸っている時間はなかった。聞こえてきた悲鳴に顔を上げると、鮮やかなピンク色の球体が眼に入ってきた。セルリアンだ。

 椅子を蹴って駆け出すと、正面の一体に拳を叩き込む。踏み込んでもう一撃!

 何だこいつ?ビクともしない。身構えるが反撃してこない。後ろに回り込んだが、石が見当たらない。

「助けてぇ!」

 まずは向こうだ!俺は踵を返し、逃げる人影と追うセルリアンに向かって走る。襲い掛かろうとする四足獣型のセルリアンを蹴りつける。地面を転がり仰向けになったセルリアン、腹に石があるのが見えた。そこに拳を振り下ろす!

 何だと!?セルリアンが丸くなった。石が見えない。さっきの球体はこういう事だったのか!

 危機になると丸まる、確かそんなケモノがいたな。こいつはちょっと厄介だ。丸くなってるうちは奴らも攻撃出来ない様だが。

 …と思ってる矢先に背中に何かがぶつかってきた。ピンクの球体!しまった、思った以上に厄介だ。こいつらこの状態でも体当たりなら出来るのか。

 前後左右、いつの間にか四方を囲まれている。どうやら襲われていた人々は逃げられたようだが、俺がピンチだな。どうにか反撃を…

 不意にセルリアンの一体が砕け散った。続けてもう一体。黒髪のフレンズが手に持った武器を振るうたびに、あれだけ硬かったセルリアンが粉々になっていく。

 瞬く間に周囲のセルリアンを一掃すると、得物を肩に担いだフレンズがこちらを見る。ハンマー、いやクマの手か?

「大丈夫か、お前。弱いくせに出しゃばるな。」

 ムッとして何か言い返そうと口を開きかけた時、サイレンの音が聞こえて数台のパトカーが視界に入る。

「警察の到着ね。もう終わってるけど、まあ頑張った方かな。」

 黒髪のフレンズの背後から音も無く灰色の髪のフレンズが現れる。ネコ科のフレンズか、以前会ったサーバルに似ているな。

「あ!後ろ後ろー!」

 灰色の髪のフレンズが指差す。振り向くが何も無い。

「違う違う、そっちだってばー。」

 何も見えないぞ。

「そっちじゃない、こっちー。」

 …遊ばれてるな。悪戯っぽい笑顔を見せるフレンズに向き直り文句を言おうとした瞬間。

「にゃおー。」

 目の前に新たな人影、またもやネコ科のフレンズだ。全く気配がしなかった。

「どーも、オセロットです。」

 何なんだ一体。

「それぐらいにしておけ。二人とも遊びが過ぎるぞ。」

 今度は何だ。声の主を見ると灰色の髪の大柄なフレンズが悠然と歩み寄って来る。黒髪のフレンズと同じクマのフレンズだ。だが…、鳥肌が立った。身動きが出来ない。ただならぬ雰囲気を感じる。静かだが強い威圧感。プレッシャーという奴か。まるでヘビに睨まれたカエルだ。

「レッドインパルスのハイイログマだ。部下が失礼をしたな。大目に見てやってくれ。」

「セルリアンの掃討は完了しました!グリズリー教官。」

「ご苦労だった。お前達は事後処理に当たれ。…君は私と来たまえ。」

 手短に告げるとハイイログマは踵を返す。オセロットが後に続く。

 俺は一つ息を吐くと確かめる様に両手を開閉させる。金縛りは解けた様だ。足早に先を行く二人を追いかける。背後から言い争う声が聞こえた。

「治安を守るのは我々の管轄だ。特殊部隊だか知らないが、勝手な真似をするな!」

「我々の任務はセルリアンの掃討だ。大口を叩くのは奴らの十匹も退治してからにするんだな。」

「任務完了、それじゃあお疲れさま。バーイ。」

「待て、まだ聴取は終わっていないぞ!」

「勝負は一瞬で決まる。無駄な時間を費やすつもりはない。お前達とは違ってな。」

「兵は神速を貴ぶ、ってね。まあ、あなた達じゃセルリアンに勝てたかも怪しいけど。」

「お前ら…!」

 振り返るとさっきの二人を警官が睨んでいる。相手の警官はリカオンとは別のイヌ科のフレンズだ。

 音に聞く対セルリアン特殊部隊レッドインパルスか。警察と仲が悪いっていうのも本当らしいな。

 やがて俺は特殊部隊御用達の暗灰色のトレーラー、その一台に案内される。中で待っていたのは見知った顔の人物だった。

「やあ、未来君。よく来てくれたね。」

「このところよく会うな。…教授。」

「バビルサと呼びたまえ。」

「教授、台詞が逆ですよ。」

 ディスプレイを睨みながら助手のメガネフクロウが言う。

「ところで望月君とはその後どうなったんだね。フフフ、もう肉…」

「そんな事より何の用なんだ?世間話をする程には俺達は親しくないと思うけどな。」

 俺はマフラーを素早く振ってみせる。

「お、落ち着きたまえ。…メグ君。」

 もう一人の助手、メガネグマがコンソールを操作する。壁のモニターの一つが映像を流し始める。ニュースのようだな。

「…執政府は昨年から多発するセルリアンによる事件を極めて重大な事案であるとし、動物環境省の相葉アイバ事務次官を委員長とするセルリアン対策委員会を発足、事態の速やかな解決を目指すと発表しました。」

 画面の中央にはタカのフレンズが映っている。

「我々レッドインパルスも委員会の実働部隊として召集されたという訳だ。」

 腕組みをしたハイイログマが静かに言う。

「勿論、私もだ。この頭脳が必要不可欠だからな、フッフッフ。」

 頭を指差しながらバビルサは得意気に笑う。

「なら脳だけ取り出せばいいんじゃないか、それ以外は要らないだろ?」

「な、なんて事を言うんだ。グロい想像はやめたまえ!」

 庇うように頭を押さえるバビルサ。そこに追い討ちを掛けるように二人の助手が続けた。

「さすがに可哀想ですよ、せめて頭は残してあげましょう。」

「そうね、どっちにしろ首から下は必要無いものね。」

「き、君達まで…」

 絶句するバビルサに俺は尋ねる。

「それで、このニュースと俺と何の関係があるんだ?」

「関係も何も未来君、この件に関しては君と望月君も当事者じゃないか。」

「現在のポリスでセルリアンと戦える者は少ない。ことにフレンズ型セルリアンとの戦闘経験者は貴重だ。」

「そう言う訳だから、君達にも協力して貰いたい。ま、無理にとは言わんがね。」

 バビルサがもう一度メガネグマに目配せする。

「もう一つ君に話しておく事がある。」

 別のモニターにニュース番組の映像が出る。画面には『体調不良の原因はストレスか?』とテロップが表示されている。

「…医療衛生省によりますと先月から体調不良を訴えるフレンズが急増しているとの事で、改めて健康管理や衛生環境に気を配るよう注意を呼び掛けると共に原因の究明に当たっているとの事です。」

 隣のモニターにも映像が出た。こっちの画面には『迷惑住人、器物損壊で逮捕!』というテロップだ。

「…逮捕された住人は“目を覚ませ”、“侵略されているぞ”等と意味不明な供述をしているとの事です。」

「ここ一月程、体調不良を訴える者や突発的に暴れだす者が増えていてね。両者には関係が…。何だね、その目は?」

 以前にも似た事件に遭遇したな。元凶は目の前にいるんだが。

「…言いたい事は察しがつくが、私じゃないぞ。一連の原因は他にある。」

「じゃあ勿体ぶらずに教えてくれよ。」

 軽く咳払いをするバビルサ。

「セルハーモニーだよ。一月程前からポリス内でセルハーモニーが観測されているんだ。」

 何だって?

「馬鹿な。セルハーモニーを発生させるような大型のセルリアンが結界内に入れる筈が無い!」

「逆に考えるんだ、発想を逆転させたまえ。セルリアンが外部から侵入したのではなく、あらかじめポリス内に潜んでいたのだと。」

「言ってる意味が分かっているのか?もしそうだとして、そいつは今まで発見されずにどこに潜んでるって言うんだ?」

 前に喫茶店そのものに擬態している奴がいたが、今の今まで見つからずにいられる筈が無い。

「まあ、そう考えるのが妥当だが。フム。」

 バビルサは腕を組んで考え込む。

「ここ一年程の間、セルリアンの発生により住人達の不安が高まっている。…ストレスがサンドスターの活性化を阻害するという研究報告もある。…逆にセルリアンの活動を活発化させるという説もあってね。…不安によるストレスの増加がセルリアンを活発化させ、それがストレスの増加に拍車をかける。負の循環だ。その行き着く先にセルハーモニーの発生が…、と考えれば一応の辻褄は合うのだが…。ウムム。」

 それきりバビルサは黙り込んでしまった。やれやれ、研究者の悪い癖だな。

 肩を叩かれた、ハイイログマだ。

「とにかく現在のポリスは非常事態だ。不安を煽らないように伏せているがな。それだけは肝に銘じておいてくれ。手間を取らせたな、引き取ってくれ。」

「そうだ未来君!」

 外に出ようとした俺をバビルサが呼び止めた。

「君は体調に問題は無いのか?」

「ああ。」

「なら良いが、望月君にも気を付けるように伝えてくれ。統計によるとヒトよりもフレンズ、ミックスよりもネイティブの方が影響が強いようだ。」

 外に出ると晴れ渡った青空を見上げる。ポリスに危機が迫っているとは到底思えないな。だが、さっきの出来事を思い出す。あれがセルハーモニーの影響なのか?

 タイリクオオカミ…。急に不安を覚える。それを振り払うように俺は力を込めて大地を踏みしめる。彼女に会いに行こう。



 ヒトとフレンズが共に生きる街ジャパリポリス

 無数の出会いと別れが交錯し

 数多の笑顔と涙が生まれるこの街で

 人々は生きていく未来へと繋がる今日を



「それではルールを説明します。」

 改まった様子でアミメ君が告げる。

「智也さんの料理を食べてオオカミさんが満足したら智也さんの勝ち。オオカミさんは智也さんのものになります。」

 私は物扱いなのか。全く。

「そもそも、料理対決というのは二人の料理を比べるものだろう?」

「じゃあオオカミさんも料理で勝負しましょう!美味しい料理を作った方が勝ちですよ。」

 満面の笑みを浮かべたアリツさんが告げる。

「…やっぱりこれでいい。」

 私は料理をした事が無いんだ。火は苦手だしな。

「とうとうオオカミさんもジャパリまんの納め時ですね。」

「んふふ、ついにオトナの階段を登る時が来ましたね。」

「どうして私が負ける事になっているんだい?」

 にやけ顔の二人を睨む。

「口ではそう言っても…」

「カラダは正直ですねぇ。」

 何だ?さっきから私の背中の辺りを見ているような?

「ふふ、気付いてないんですか?」

「そんなに尻尾を激しく振って。」

 しまった、そういう事か。くそう、確かにキッチンから漂ってくる香ばしい匂いが鼻腔を刺激して…

「出来たぞ、タイリクオオカミ。」

 エプロン姿の智也が皿を持ってやって来る。

「ジャパリ牛のステーキだ。ソースはすりおろしたニンニクと醤油がベースだ。」

 生唾を飲み込む。美味しそうだ。口の中に唾が溢れてくる。

「オオカミさん、待てですよ、待て。」

「これはもう勝負ありましたね。」

 二人の前にも皿が置かれる。

「美味しそー!…では、いただきまーす。」

「熱いから気を付けろよ。」

「ふふ、オオカミさんは智也さんにフーフーして貰ったらどうです。」

「私がネコ舌だからって子供扱いはやめてくれ。」

 肉を一切れ頬張る。程良い焼き加減だ。噛む度に肉汁が溢れ、口の中に肉の旨味が広がる。そこにソースが加わる。ん?この風味は…、生姜か!醤油をベースにニンニクと生姜が合わさり、それが更に肉の美味さを際立たせる!

「美味いだろう?オオカミ。」

「ふん!こんな物で私がなびくと思ったら大間違いだぞ、智也。」

 全く…、いくら私が…、動物だったからといって…、見くびられたものだ…、食欲なんかに…、屈する訳ないだろ…!

「もう一皿焼くか?オオカミ。」

「え?」

 いつの間にか皿が空になっている。

「どうだオオカミ、俺の女になればそれを好きな時に好きなだけくれてやるぞ。」

「もう観念して付き合っちゃいましょうよ。」

「美味しい物を食べて、好きな人と愛し合って、好きな人の腕の中で眠る。素敵な事でしょう。」

「くっ、私は屈しないぞ!」

 そうは言ったものの…、凄く美味しい。もっと食べたい。卑怯だぞ、智也。やはりヒトは狡猾な生き物だ。

「肉の悦びを知ってしまいましたね、オオカミさん。」

「んふふ、ヒトもケモノも肉欲には逆らえませんよ。」

 うう、もう駄目だ。本能には逆らえない。私はこのまま彼のものになってしまうのか。でも、こんなに美味しいご飯が食べられるのなら…

「分かった。勝負はもういいから、お代わり食べるだろ?」

 あれ?やけにあっさり引き下がるな。

「…いいのかい?私を手に入れたいんだろう。」

「その意志の強さが君の魅力だからな。簡単になびく女なら俺も必死になったりしないよ。待つさ、君が心の全てを受け入れるまで。」

「なんかちょっとカッコイイこと言ってますよ。」

「ふふ、分かりますよ。抵抗される方が興奮するんですね。智也さん、そういうのサドって言うんですよ。」

「アリツさんは黙っててくれないかな!」

 私は思わず吹き出した。本当に、君達ときたら…。その後、私とアミメ君は二枚目のステーキに舌鼓を打った。

 智也、もう少し今のままの関係でも良いよね。まだ時間はあるんだし。きっとこれからもずっと、私達は一緒に居られる。待っていて、貴方に私の想いを伝えられる日まで。



 俺とタイリクオオカミは川沿いの散歩道を歩いていた。

「料理は美味しかったからね、今日一日は君に付き合ってあげるよ。」

「素直にデートがしたいって言えよ。」

「ふふ、その言葉そっくり返すよ。」

 全く、口の減らない女だよ。俺の右手をオオカミが握ってきた。俺を見上げる顔が綻ぶ。ちぇっ、敵わないなぁ。

「ハグまでだったら大目に見てあげるよ。」

 抱擁ハグねぇ。咄嗟に脳がデートプランを高速で演算処理する。…やはり酒か。酔わせたところでハグから自然に唇を奪い、そのまま強引に彼女を…

「智也!…怒らないから、今心の中で思った事を正直に言いなさい。」

「……スケベな事考えました。ごめんなさい。」

「正直でよろしい。」

 そう言いながら、握っていた手を離すと肘を掴んでくる。ってえ!肘に電流が走ったようだ。

「怒ってるじゃん。」

「怒ってない。これはただの警告だよ。」

 澄ました顔で告げる。俺は彼女から数歩離れて肘を押さえる。そうだった、こいつら指でトランプの束を千切れるんだ。オオカミの獣術ケモバリツはカラテとボクシングがベースだから。

 オオカミが左手を差し出してきた。なおも警戒する俺に笑いかける。

「もう怒ってないから。智也。」

 やっぱり怒ってたんじゃないか。嘘つきめ。

「格好つけてたくせに下半身の欲望を抑えられないのかい?所詮は君もオスだな。」

「色気より食い気の君に言われたくないね。三皿も平らげやがって。」

 いつものように互いに揶揄を飛ばし合いながら並んで歩く。今のままの関係も悪くないな。これからもずっと一緒に居られるんだし、まあ焦る事もないか。

 橋を渡り住宅街を抜け大通りに向かう。笑顔を浮かべていたオオカミが不意に真顔になった。彼女のケモ耳がピクピクと動いている。可愛い。…と、見惚れてる場合じゃなさそうだ。

「どうした?オオカ…」

 彼女が駆け出す。

「こっちだ!智也!」

 彼女を追って走る。俺の耳にも声が聞こえてきた。

「…カルを返してよ!…うみゃー!?」

「私だって恐いよ。」

「もう少しこのまま丸まっていましょう。」

 大通りに出た俺達の眼前に信じ難い光景が現れた。

 何だこいつら!?巨大なアリ!…型のセルリアンか!

 巨大アリはフレンズ達を抱えて攫っていく。

「待て!」

 オオカミが後を追う。俺も続こうと走り出す。その時だった。くっ、また耳鳴りが!前を見るとオオカミが蹲っている。そこにピンク色のセルリアン!

 きさまら…、俺のタイリクオオカミに…!

「さわるんじゃねぇ!」

 セルリアンを弾き飛ばすとオオカミに駆け寄る。

「大丈夫か、オオカミ!」

 彼女に肩を貸して支える。

「ありがとう、智也。大丈夫だよ。」

「無理するな。ひとまず…」

「逃してはくれないようだ。」

 ピンク色のアルマジロ型セルリアンがぞろぞろと俺達を取り囲む。

「やるぞ、智也!力を貸してくれ。」

 身構えたオオカミが左手を開いて見せる。俺も右手を重ね合わせる。互いに指を絡め合う。心臓が強く脈打つ。感じる。彼女の力を、輝きを。サンドスターを通して互いの心と体が繋がる様だ。

 雄叫びと共にオオカミが右手を振り上げる。蒼白いけものプラズムの刃が黄色の輝きを帯びる。長く伸びた刃が鞭のようにしなりセルリアンを弾き飛ばしていく。

 宙に浮いたセルリアンの腹に石が見える。その石ごと俺は蒼く輝くマフラーでセルリアンを斬り裂く。

 数体のセルリアンが丸くなり防御態勢をとる。俺達は硬質化させたマフラーと刃でセルリアンを叩き、挟み込む。堪らず防御態勢を解いたセルリアンを圧し潰し、斬り捨てる。

「…片付いたな。」

「いや、まだだ!」

 オオカミは一歩前に出ると構えをとる。ケモ耳が左右に動く。

「私がの方位!君はうまの方位!」

 俺は彼女と背中合わせの態勢で身構える。視界には何も見えない。微かに地鳴りの様な音が…

「来るぞ。……辰巳たつみの方位!」

 左45度!地面に亀裂が走る。何かが飛び出して来た!ピンクの円盤!?左足を踏み込むと同時に左肘を突き出す。ガツンと衝撃が伝わる。弾かれて地面に落ちたピンク色の物体が二本足で立ち上がった。

「ウウ…、どうして。どうしてフェアリー達の邪魔をするんですか!」

 フレンズ型セルリアン、セルマジロは俺達を睨む。

「せっかく輝きを、サンドスターを集めていたのに。みんなの為なのに。」

「お前達が奪ったサンドスターは私達の物だ。返してもらうぞ、私達の仲間も!」

「オイナリサマが教えてくれたのに。フェアリー達のお母さんが目を覚ませばみんな幸せになれるって。だからみんなで頑張ってたのに!」

 セルリアンの、母親?何だそれは?

 セルマジロの両手の爪が伸びる。俺はオオカミを庇う様に前に出る。セルマジロが跳び上がる!防御の構えをとる俺の前で奴はドリルの様に身体を回転させ、瞬く間に地中に潜ってしまう。

「任せろ、智也!…地狼噴撃ウルフゲイザー!」

 突如、足下からサンドスターが噴き出す。サンドスターの柱が間欠泉の如く幾つも噴出した。そのうちの一つと共にピンクの物体が宙に浮かぶ。

「智也!」

 その声とほぼ同時に俺は悲鳴を上げるセルマジロをマフラーで拘束する。背後でオオカミが跳躍するのが分かる。二つの影が空中で交差する。地に降り立ったオオカミが立ち上がった瞬間にセルマジロは砕け散った。



 振り向くと智也が早足で近付いて来る。私は口元を緩め右手を差し出す。ありがとう、助かったよ。さすがは私の相棒。

 智也が私の右手を掴むと強引に引き寄せる。気付いた時には彼の胸に片頬を押し付けていた。逞しい両腕が背中を包み込む。身じろぎしようとしたものの…、凄く心地が良い。ハグまでならいいって言ってしまったしな。

「君が無事で良かった。タイリクオオカミ。」

「心配性だな。でも、ありがとう。」

 智也の指先が顎に触れる。彼が私に上を向かせる。あれ?これって…。彼の瞳が熱っぽい光を帯びる。ちょっと待って智也、それ以上は駄目だよ。顔を背けようにも身体が言うことを聞いてくれない。どうして?私も所詮はメスなのか…。頭の中が真っ白だ。観念してゆっくりと瞼を閉じる。

「おたのしみのところ悪いけど、エンドロールにはまだ早いわよ。」

 反射的に身を翻す。声の主は灰色の髪のネコ科のフレンズ。いつの間に?目が合うと彼女はニヤニヤと口元を緩めた。思わず目を逸らす。くっ、顔が熱い。穴があったら入りたいとはこういう事か。

「ようやく特殊部隊のご到着か。ま、頑張った方かな。」

 皮肉めいた口調で智也が言う。切り替えの早い奴だ。こっちはまだ動悸が治まらないのに。

「悪いな、弱いのに出しゃばった真似して。」

「だってさ、ヒグマ。」

 もう一人、黒髪のフレンズが現れる。

「ふん、根に持つな。言っておくが我々も遊んでいた訳じゃない。ポリスの各地でセルリアンが…」

 再び耳鳴りがして目眩を覚える。思わず壁にもたれかかった。

「…セルハーモニーか。」

「これはちょーっと…、かなり厄介かもね。」

「お前達も一緒に来い!詳しい話は後でする。事態は思った以上に深刻かもしれない。」

 頭がはっきりしてきた。我ながら情け無いな。…それにしてもこの壁、妙に温かいような?

「大丈夫か?オオカミ。」

 頭上から智也の声がして肩に手が置かれる。あれ?壁だと思ったのは彼の身体だ。彼に抱きつく形になってしまった。

「悪いんだけどラブシーンは後にしてもらえるかしら。」

「不安な気持ちは分かるが、今は我々に協力してくれ。」

「オオカミ、安心しろ。俺が君の傍にいるよ。」

 そう言ってまた私の顎先に指を…

 智也、心配してくれる気持ちは嬉しいよ。だけど、あまり調子に乗るんじゃない!

 その後、私達は特殊部隊の二人、ヒグマとボブキャットと共に部隊のトレーラーに同乗しセルリアンを追跡する事になった。

「…なにも殴ることはないだろう。」

「ふん!どの口が言うんだ。全く油断も隙も無い。アミメ君の言った通りだ。オトコは皆ケダモノだな。」

「…まんざらでもなかったくせに。」

 悔しいが、否定は出来ない。ボブキャットがニヤニヤ笑いを浮かべる。ヒグマはこれ見よがしにため息を吐いた。

「もう少し緊張感を持て、漫才やってる場合か。」

「それを言うなら夫婦漫才ね。」

「誰が夫婦だ!」

「なる予定だけどね。」

 横目で智也を睨む。

「セルハーモニーの影響か。バビルサに頭を診てもらった方がいいな。」

「いい加減素直になれよ。映画なら告白していい場面だぞ。」

「うるさい、もう一発殴られたいの?」

 ボブキャットがクスクス笑い出す。ヒグマは更に大きなため息を吐く。

 ブザーの音が鳴り響いた。

「セルリアンの反応を確認!接敵まで約3分!」

 全員が同時に立ち上がる。一気に緊迫した空気が満ちる。

「お前達、協力に感謝する。それとさっきはありがとう。」

 ヒグマは智也を見ると気まずそうに付け加える。

「…お前は弱いんだから無茶はするなよ。」

「ここにも素直じゃない人がいるわね。」

 含み笑いをもらし、軽やかにボブキャットはトレーラーから降りる。彼女を追ってヒグマが駆け降りて行く。私と智也は顔を見合わせて互いに口元を緩ませると後に続いた。

 現場では既に警官達がセルリアンの相手をしていたが、どうにも旗色は悪そうだ。私達はヒグマを先頭に突入する。

「ここは我々が引き受ける!お前達は援護にまわれ!」

「後から来て偉そうに!」

「遅いんだよ!のろま!」

 警官達は口々に悪態を吐きながら後退していく。

「要救助者の確保を優先しろ!」

「こっちの区画は安全だ!」

「バリケードを築け!セルリアンを寄せ付けるな!」

 それでも指示通りに動いている。迅速な対応は流石だな。おかげで戦い易くなった。後は私達の役目だ。

 ボブキャットが素早い動きでセルリアンを翻弄し、すかさずヒグマの一撃が奴等を粉砕する。こちらも大口を叩くだけあって流石のコンビネーションだ。私達も負けてはいられない。

 アリ型セルリアンの脚をけものプラズムの刃で斬り払う。すぐさま智也がセルリアンをひっくり返す。石が見えた!跳躍して石を目掛けて刃を振り下ろす。まず一つ。次だ!

「上からも来るわ!」

 見上げると翼の生えたセルリアンが迫って来る。トリ型か、数はそれ程じゃないが少し面倒だな。

「銃を持って来るんだったな。」

 隣で智也が呟く。直後に背後から銃声が轟き先頭のセルリアンが地面に墜ちる。

「上空のセルリアンは私達が引き受けます!」

「次が来るぞ!リカオン!」

 男の警官がライフルの引き金を引く。装填を終えたリカオンも拳銃を構える。

「よし!残りのセルリアンを片付けるぞ!」

 ヒグマの号令の下、私達は連携してセルリアンを退治する。

「こいつで終わりだ!」

「みんな!無事かしら!?」

 私はアリ型セルリアンの石に拳を叩き込む。奴の巨体が砕け散る。

「私の方も終わった!智也!」

「問題無いね。」

 地に墜ちたトリ型セルリアンの石を踏み砕きながら彼が答える。

 張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。それを掻き消す様に耳鳴りと目眩が襲った。

「おい、お前達大丈夫か!?」

 男の警官の声。立ち上がろうとする私の腕を智也が掴む。

「ありがとう、智也。君は平気なのか?」

「なんとかね。」

「あそこに誰か倒れてますよ!」

 リカオンが指差す。それを見たヒグマが駆け寄る。

「大丈夫か!すぐに救助を…」

「待ってヒグマ!迂闊に…」

 何が起こった?ヒグマは首の辺りを押さえている。彼女の頭上にフレンズの影。その身体から無数の黒い物が。…リング?

 智也が私を庇い、マフラーで黒いリングを叩き落とす!…筈だった。

「何だ!?こいつは!」

 リングはマフラーに絡み付き、なおも智也の身体を目掛けて飛んで来る。

「智也!」

「くっ!」

 首元を庇った彼の腕にリングが嵌った。

「近付くなオオカミ!…くそっ!取れない!」

 怒号を上げてヒグマが走り出す。その先には…

「リカオン!」

 男の警官がリカオンを突き飛ばす。次の瞬間、彼の身体が宙に浮かぶ。

「ぐわっ!」

「先輩!!」

 頭上から哄笑が響き落ちる。紅い瞳を光らせたフレンズ型セルリアンが私達を見下ろしていた。

「ボクらの邪魔をするからさ。みんなボクのペットにしてあげるよ!」

「何言ってんだふざけるな!タイリクオオカミは俺が女にするんだ!」

「……」

 君も何を言ってるんだ?思わず背中を蹴ってしまった。

 ヒグマは絶叫しながら武器を振り回している。本当にふざけている場合じゃない。彼女を止められるのは私ぐらいしかいない。

「オオカミ!後は任せるぞ!」

 智也が駆け出し、頭からヒグマにぶつかった。しもの彼女も体勢を崩し二人はもつれ合って地面を転がる。

「智也!」

 どうする?いくら彼でもヒグマが相手では…、加勢に行くか?

「待って。あのセルリアンを倒すのが先決よ。」

 ボブキャットの冷静な声が私を押し止める。

「私があいつを叩き落とすから、とどめは任せるわよ。」

 声は平静だが私を見つめる切れ長の眼が吊り上がっている。

「何をコソコソしているんだよ!」

 セルリアンが黒いリングを放つ。私達はその場を跳び退いて二手に分かれる。

「ボクのクビワを避けるなんて。…でもね。」

 ボブキャットは側のビルの壁を素早くよじ登っていく。その彼女に向かって複数の影が迫る。トリ型のセルリアン!

「ボブキャット!気を付けろ!」

「お前にはこいつがお似合いだ!」

 黒いリングが飛んで来る。軌道が不規則だ。落ち着け!

 なんとか動きを見切ったが、迂闊に近付けないぞ。

「先輩!しっかりして下さい!」

 リカオンが倒れた警官に声を掛けている。ヒグマの叫びと智也の呻き声が聞こえる。ボブキャットはトリ型のセルリアンに動きを止められている。くそ!私がなんとかしなければ…!

「待テーイ!」

 その場に居た全員が動きを止めて声の主を見た。一際高いビルの屋上に人影が立っている。逆光に浮かび上がるあのシルエットは…!?

「己が欲望の為に人々の安寧を脅かす者よ、知るがいい。この世に悪が栄えたためしは無い。愛する者の為に傷つく事を恐れず悪に立ち向かう力、人それを『正義』と呼ぶ!」

「急に出てきて、なんなんだお前は!」

「貴様に名乗る名は無い!」

 謎の影が空を舞いセルリアン目掛けて急降下した。

「Sandstar bomber!」

「うわぁ!」

 空中で体勢を崩すセルリアン。そこにボブキャットが追い撃ちをかける。チャンスだ!

 地面に膝をつくセルリアンに突進する。ここで仕留める!

「オオカミ!足元よ!」

 耳に響いた声。地面を這うように黒いリングが飛んで来る!…危なかった。

「クソッ、今度は誰だよ!」

 二つの影がセルリアンを左右から挟み撃ちにする。

「無影殴打拳!」

「輝心蓮華掌!」

「Just now!オオカミ!」

 雄叫びを上げ、渾身の力を込めてセルリアンの胸に手刀を突き立てる。

「ボクひとりによってたかって…。1対5なんてヒキョウだぞ!」

「You are wrong.私達は一つの正義の下に戦っているのよ!これぞ人呼んで友情同盟フレンズリーグ!!」

 ハクトウワシが高らかに叫ぶ。腕を引き抜くとセルリアンの全身がひび割れて崩れ落ちた。

 私は息を吐くと智也の元に駆け寄る。彼の名を呼ぶ。ヒグマと支え合って立ちながら私に向かって彼が笑ってみせる。良かった…!

 ヒグマの名を呼びボブキャットも相棒パートナーにしがみつく。照れるヒグマを見て私達はもう一度笑い合った。

 智也の頬に手を当てる。

「無茶ばかりするんだから。心配するこっちの身にもなってくれ。」

「信じてるからな。君ならやれるって、相棒。」

 彼の拳が私の胸に触れた。…だから調子に乗るんじゃない!乾いた音が響く。

「なんだよ!?殴ることないだろ!」

「本当にオトコって奴は…!心配するだけ無駄だったな!」

 彼を睨みながら私は左腕で胸を庇う。

「何だ…、いや違うって、今のはそういうつもりじゃないんだ!」

 言い訳がましい彼に対してそっぽを向いてみせる。すると複数の眼が私達を見ていた。ハクトウワシにキンシコウ、それにアモイトラ。何だろう、視線が…。生温かく感じる。さらに背後からため息とクスクス笑う声が耳に入ってくる。くそ、また顔が熱くなってきた。

「どうしたオオカミ?顔が赤いぞ。」

 誰のせいだと思っているんだ。振り向くと私は彼に向かって左拳を突き出す。分厚い胸板が拳を受け止める。彼の手が拳に触れると温もりが伝わってきた。柔らかな眼差しが私を見つめている。…全く、この男は。いつの間にか私も微笑んでいた。君には敵わないな。私は拳を開くと智也と掌を重ね合わせた。



「…以上のことからセルハーモニーの発生源と思われる大型セルリアンはポリスの地下に潜んでいる可能性が高い。」

 物々しい空気の中、周りでは隊員と警官、件の対策委員会の人員が慌ただしく動き回っている。セルリアンの追跡を続けていた俺達は特殊部隊の本隊と合流した。

「…我々の目的は二つ、攫われた人々の救出と当該セルリアンの無力化だ。何か質問は?」

 ハイイログマが俺達を見渡す。彼女の指示で俺とタイリクオオカミは地下への突入部隊に加わる事になった。

「作戦開始は20分後、突入部隊は準備を急げ。一時解散!」

 俺はその場に佇んでいた。心臓が早鐘の様だ。胃の辺りがむかつく気がする。膝が小刻みに震えそうになる。それでいて、奇妙な高揚感が全身を包む。

 聞き慣れた足音が近付く。ハクトウワシの両手が俺の顔を挟む。

「トモヤ。必ず私の元に帰って来なさい。」

 彼女が上目遣いに俺を睨む。鋭い目が潤んでいた。名前を呼ぼうとした俺に彼女の唇が触れる。

「女神のキスよ。My name is Victoria. 貴方に勝利を。」

 気合を入れるように俺の頬を両手で叩くと彼女は軽やかに踵を返し去っていく。

 また名前を呼ばれて振り向くと懐かしい顔があった。

「君も来ていたのか。」

「ここは開発管理省の管轄よ。内部構造の資料を届けに来たの。…もっとも古くてろくな資料が見つからなかったわ。役立たずね。」

 ため息混じりに彼女が言う。いつもと違って弱気だな。責任を感じているのか、相変わらず生真面目だな。

「ひいばーちゃんは言っていた。どんな時でも諦めずに最善を尽くしなさい。」

「…結果が全てではない。それが生きるという事。」

 顔を見合わせ口元を緩めて見せると彼女も笑う。

「逆に元気付けられたわね。貴方のそういう所は嫌いじゃなかったわ。」

「君も気丈な方がらしくて良いね。」

「気を付けてね。貴方、自分で思っている以上に向こう見ずなんだから。」

「任せとけよ。俺は頑丈なんだ。…ああ、それと今度改めて彼氏に紹介してくれよ。俺のファンなんだろ。ついでに君の恥ずかしい過去をバラしてやる。油揚げ事件とかな。」

「なら私の事も彼女に紹介してちょうだい。大学時代の話をしてあげようかしら。そうね、学園祭で貴方が裸になって…。」

「それはやめて。」

 この女も口が減らないな。励ますんじゃなかったぜ、全く。

 彼女の背中を見送ると俺も歩き出す。

「フフフ、この薬を飲めば君のパンチのスピードは2倍になるぞ。」

「いらない。」

「じゃあ私も賢さが上がる秘孔を突いてあげましょうね。」

「ヒィッ!そ、それはやめてくれ!」

 バビルサ達はまたコントをやっている。懲りない奴だ。

「Cポイントの救援に向かう。ブラックインパルスも動いているらしい、負けていられないぞ!急げアカアシ。」

 ヒグマが運転席のフレンズに叫ぶ。俺に気付くとボブキャットと二人、親指を立てて見せる。

「じゃあ行ってきます、先輩。」

「ちゃんと帰って来いよ。お前に二階級特進されるとわしの立つ瀬がないからな。」

「大丈夫ですよ。先輩に貸したお金、まだ返して貰ってませんからね。」

「リカオン、骨は拾ってやる。立派に散ってこい!」

 こっちは漫才か。まあ、おかげで肩の力が抜けそうだ。

 凛々しい立ち姿が見えた。こんな時でなければじっくりと眺めていたい。

「タイリクオオカミ、ここに居たのか。」

 彼女と並んで立つ。

「まさかまたここに来るとはね。」

「何だか懐かしいな。君と二人で探険に来たのが。」

 目の前には地下高速道路の入口がある。オオカミと立入禁止区域のこの場所に来て、ギンギツネと再会したのもここだった。

「…智也。無理に私と来る事はないと思うよ。その、君はハンターではないんだし。」

「無理はしてない。俺が決めた事だ。前に言ったよな、守ってくれるんだろ?それと、俺はそんなに頼りないか?オオカミ。」

 彼女は俺を見ると大きく首を振る。

「オオカミ、俺の想いに君がどんな答えを出そうと、これだけは言える。俺達は良いパートナーだよな。」

 黄色と蒼色の瞳の美しいフレンズは笑顔で頷いた。

「うん、君は最高のパートナーだ。君となら、負ける気がしないよ。」

 俺とタイリクオオカミは固く手を握り合う。

 唐突に横から伸びた手がそこに置かれた。

「はい、そのままー。みんなー、こっちこっちー。」

 オセロットだ。続いてキンシコウ、アモイトラ、リカオンが手を重ねていく。最後にハイイログマの大きな手が乗る。

「ここから先、私達はチームだ。皆ベストを尽くせ。我々の群れとしての強さを見せるぞ!」

 全員が気合いを込めて叫ぶ。チームか、保護区にいた頃を思い出す。あの頃はハンターの大人達が頼もしく、遠くに見えた。今こうして俺も同じ場所に立っている。…母さん、少しだけあなたの気持ちが分かる気がするよ。俺を、皆を守ってくれていたんだね。俺がその気持ちに気が付かなかっただけで。…きっと、父さんもどこかで。

「オセロット、先行しろ。オオカミとアモイは前衛。未来とキンシコウがバックアップ。続いてリカオン、殿しんがりは私が務める。」

 オセロットが地下道を駆けて行く。俺達は陣形を組み後に続く。

「では行ってくる。ここは任せたぞ、ゾウガメ。」

「は〜い!みなさんお気を付けて〜!行ってらっしゃ〜い!」

 暗い地下道を進むと前方に淡く青い光が見える。オセロットが残していったマーキングサインだ。

 昔、母さんに聞いた事がある。フレンズ化した事で動物だった時とは違い、サンドスターを使ったマーキングを行う。それを信号灯として利用したものだ。青は安全、蛍の様に中空を漂うサンドスターの粒子が綺麗だ。

「もうじき大きな亀裂がある。以前来た時にその奥にフレンズの影を見たんだが、あれはセルリアンだったと考えるのが自然だろうな。」

「教授が予想した通り、やはりここがセルリアンの根城なのか?」

「気を引き締めて行きましょう。」

 タイリクオオカミが微かに笑う気配がした。

「よかったな智也、幽霊じゃなくて。あの時の君の怯えようときたら。」

「オオカミ、俺が怖がりみたいな言い方はやめろよ。」

 複数の忍び笑いが聞こえる。

「気にする事はないぞ未来、臆病である事も戦士に必要な資質だ。」

 ハイイログマまで…、そういやヒトは俺一人じゃないか。こいつらケモノの分際で、くそう、くそう!

 無性に腹が立ってきた。目の前に火花が散って…。くっ、これは…!

 俺は自分の頬を思い切り叩く。視界がはっきりとする。

「オオカミ!」

 よろめく彼女の背中を抱きとめる。

「お前ら、しっかりしろ!」

「そうです皆さん、気をしっかり持って!」

 アモイトラを支えながらキンシコウも叫ぶ。

「面目無いな。私としたことが。」

 リカオンの手を借りて立ち上がったハイイログマは両手で頬を張る。

 段々とセルハーモニーの頻度と強さが増している様な気がする。言葉には出さないが全員が同じ考えを抱いていた。

 アモイトラが構えをとると何度か突きを繰り返す。

「行こう。立ち止まっている余裕は無い。」

 その場で軽くステップを踏み、オオカミが進み出す。俺達も彼女の後に続く。


“五番目の御使みつかいがラッパを吹き鳴らした。すると見よ。奈落の底が開き黒い煙と共に無数のイナゴが飛び出した。イナゴにはサソリの尾があり、刺された者は毒により死ぬことも許されず五ヶ月の間苦しんだ。このイナゴを統べる者は古いことばで破壊の王と呼ばれた。”


 俺の脳裏にいつか読んだその一節が浮かび上がる。

 目の前にはサンドスターの青い光に照らされ、ぽっかりと開いた黒い亀裂が見える。思わず立ち止まったが、タイリクオオカミはそのまま亀裂に近付いていく。

「気を付けろ、タイ…」

 俺の声を掻き消して彼女の悲鳴が暗闇を引き裂いた。

「オオカミ!」

 駆け寄るやいなやオオカミの腕を引き、俺は彼女を背中に庇った。

「急に大声を出さないで下さい。オセロットの耳は敏感なのです。」

 ぴょこんとオセロットが顔を出す。

「ふう。崖登りは大変です。頭がクラクラして途中で落ちてしまいました。」

 まるで緊張感の感じられない喋り方にこっちも身体から力が抜ける。と、その時閃いた。

「良かったなタイリクオオカミ、幽霊じゃなくて。なかなか可愛い声を出すじゃないか。」

 さっきの意趣返しだ。再び複数の忍び笑い。オオカミの頬が微かに赤らんだ。彼女が俺を睨む。その肩に大ぶりな手が置かれた。

「おかげで緊張がほぐれたじゃないか。気負い過ぎもミスの元だ。良い判断だぞ、未来。」

 緊迫した雰囲気が幾分和らいだ。俺達は亀裂の底へと降りて行く。周囲にセルリアンの気配は無い。向かい側の土壁に幾つか洞穴ほらあながある。アリ型セルリアンの巣か?

 先頭に立つオオカミが立ち止まり手で俺達を制する。洞穴の一つに鋭い視線を向けるのが分かる。

「そこに居るのは分かっている!出て来い!」

 身構える俺達の前におずおずとフレンズが姿を現す。見覚えがある。

「…君はカラカルだな。」

「あなた達は…、助けにきてくれたの!?」

 その場に膝をつくカラカル。

「安心しろ!我々は特殊部隊だ、助けに来た。君だけか?他の者は?」

 ハイイログマの問いにカラカルはハッとした様子で振り返る。

 俺は洞穴に入る。倒れていたフレンズを抱き上げる。

「大丈夫か!助けに来たぞ!」

 返事はない。手足に擦り傷がある。

「奥にまだ捕まっているわ!私達だけなんとか逃げ出せたの!」

「行くぞ!」

「この子はどうする?意識が無いぞ!」

「リカオン!本隊に連絡、救護班を呼べ。それまで彼女と共にこの場で待機。残りは私と共に救出に向かう!」

 洞穴から出た俺の横をカラカルがすり抜けて行く。

「おい!」

「待つんだ、カラカル!」

 俺達の制止の声も聞かずに彼女は洞穴の奥に駆けて行く。

「こっちよ!早く!」

「オセロット!」

 声と同時にオセロットが後を追う。

「アモイ、キンシコウ、オオカミ!お前達も行け!未来は私の後に続け!」

 倒れていたフレンズを地面に横たえ、リカオンと視線を交わすと俺はハイイログマの背を追いかける。

 洞穴を潜り抜けると少し開けた場所に出る。眼を凝らすと前方と左右にまた洞穴があるようだ。まさにアリの巣だな。

「さあ、こっちです!もう大丈夫、慌てず順番に出て下さい。」

 キンシコウに先導されて洞穴から攫われたフレンズ達が出て来る。

「動けない者はいるか?手を貸すぞ。」

「こっちは大丈夫、皆さん無事みたいです。それよりも…」

「アリが来たぞ!」

 オオカミが別の洞穴を睨む。

「オセロット!彼女達を誘導しろ。キンシコウはアモイと護衛につけ。オオカミと未来はそっちの通路を押さえろ。セルリアンは私が倒す!」

 指示通りに素早く動く。だが俺達よりも先に洞穴を潜ろうとする影が…

「カラカル!そっちに行くんじゃない!」

「サーバルがいない!きっと別の場所に捕まっているんだわ!」

 そのまま暗がりに消えていく。思わず舌打ちが漏れる。これだから女ってのは!

 後を追って洞穴に入る。足下が揺れる。何だ、地震か?地面に亀裂が入る音がする。パラパラと砂粒が落ちてきた。

「智也!」

「来るな!ここは崩れるぞ!」

 振り向いて叫んだそばから土砂が落ちてオオカミの姿が霞む。

 カラカルの悲鳴。くそ!だから言ったんだ!洞穴を駆け進む。

「助けてー!」

 崩れ落ちていく地面に彼女が飲まれようとしている。手を伸ばすが届かない!

「チクショウが!」

 マフラーを彼女の腕に巻き付ける。直後に足下の感触が消えた。

 …そういや母さんが言ってたな、ゾウは背中から落ちると起き上がれないとか。



「智也!」

 土煙が消えると洞穴は埋まってしまっていた。土を掘り起こそうとするが、駄目だ。

「くそうっ!」

 土の壁を拳で叩く。腹の底から言葉に言い表せない煮えたぎる感情が湧き上がり、私は叫んだ。

 奥歯を噛み締めると別の洞穴に向かう。

「ハイイログマ!無事か!?」

「オオカミか、状況は?未来はどうした?」

 振り返らずに彼女が尋ねてくる。その間にもアリ型セルリアンが粉々になっていく。

「分からない!洞穴が崩れてしまった。カラカルも一緒に…」

「ふん!」

 最後の一体を打ち砕くとハイイログマは先に進み始める。

「この洞穴は奥まで続いている。行くぞオオカミ、お前が前衛を…、どうした?」

 立ち尽くす私のもとに彼女が歩み寄る。視界が揺れる。左頬が熱い。

「諦めるな!未来はお前のオトコだろう。られたのなら奪い返せ!」

 ハイイログマの大きな掌が肩に触れる。私は彼女の目を見返すと頷いた。

「分かったよ。諦めない、まだ戦える!」

「よし!行くぞ。」

 背を向けてハイイログマは歩き出す。手に持った武器で壁を引っ掻くと、爪痕が青く光を放つ。

「じきにオセロット達も追い付くだろう。それまでに手近な奴は片付けておくぞ。」

 後を追って彼女に並ぶ。

「…いちおう言っておくが、私と智也はまだ付き合っていないからな。」

「分かっている、この戦いが終わったら好きなだけ愛し合え。」

 …こいつもか。師匠といいアリツカゲラといい、色恋沙汰の好きな連中だ。…まあ、否定はしないけど。

 早足で前に出る。道はやや下り坂だ。暫くすると道幅が広がる。左右の壁に幾つも穴がある。

「気を付けろ!」

 身構える私と背中合わせにハイイログマも武器を構える。

「来るぞ!オオカミ!」

 壁の穴からぞろぞろとアリ型セルリアンが這い出てくる。

 身を屈めるとセルリアンの胴体を潜り抜けて腹の石を砕く。ハイイログマは正面からセルリアンの頭を叩き潰している。数は多くとも私達の敵じゃない。

 半数近くを倒した所で、残った奴らは近付くのをやめて私達を遠巻きに囲む。私はハイイログマと目を合わせる。こちらから一気に仕掛けるか、互いにそう思った時。

 突如として洞穴全体が揺れた。全身に衝撃が走る。目が眩み立っていられない。…セルハーモニーか?これまでにない強さだ。立ち上がろうとするが身体に力が入らない。まずいな。

「ハイイログマ!」

 アリ型セルリアンの一撃を受けて彼女が弾き飛ばされる。

「くっ!」

 地面を転がり、私を目掛けた攻撃をかろうじて躱す。私達とは対照的にセルリアンの動きは先程よりも活発になっている。これもセルハーモニーの影響か!

 セルリアンに囲まれた。くそ!ハイイログマと分断されてしまった。まだ身体の調子が戻りきらない。無様に地面を這い、転がり、セルリアンから逃げ続ける。チャンスを待つんだ。反撃の機会は必ずやって来る!

 閃光が奔り、視界が白く染まった。キラキラと光の粒が漂い落ちる。これは…、サンドスター?

 アリ型セルリアンの動きが止まっている。銃声と共に一体が砕け散る。

 片膝立ちの姿勢でライフルを構えるリカオン。得意の棒でセルリアンの石を砕くキンシコウの姿も視界の端に入る。

 私は立ち上がり正面の一体に向かう。左右のセルリアンが間髪を入れずに砕けた。精確な射撃だ。それでも背筋がヒヤリとする。HPSS(高圧縮サンドスター)弾とはいえ、銃口に背中を晒すのは本能的に恐ろしい。自らを鼓舞するように雄叫びを上げながらセルリアンの石に拳を叩き込む。次は…

「奥から来ます!」

 私はその場に踏み止まる。増援か、うじゃうじゃと!

「上にもいるわ!」

 視線を動かすと天井にもアリ型セルリアンが張り付いている。まだ結構な数がいる。

 アリどもの間から小柄な人影が近寄って来る。フレンズ?紅く光る眼、セルリアンか。

「ヒメたちの邪魔をする悪いフレンズは許さないぞー!」

 威嚇するように両腕を左右に広げて仁王立ちするフレンズ型セルリアン。一瞬ちょっと可愛いと思ってしまった。

「お前達に許してもらう必要など無い!」

 私は身構えると拳を強く握り締める。身体の調子が戻ってきた。両隣にハイイログマとキンシコウが立つ。背後から足音が二つ近付いて来る。

 アリ型セルリアンが動き始めた。来るか!

 だが、奴らは何故かフレンズ型セルリアンに襲い掛かった。

「何だ!?」

 天井のアリも落ちてきて瞬く間に小山が出来る。この光景、前にも見た事がある。

「しまった!融合するつもりだ!」

 小山がみるみる変形し巨大な…

「アリクイ!?」

「アリ!?」

 動物のアリクイの上半身に下半身はアリの姿。大型セルリアンが目の前に現れた。

「オオ、オショッチャウジョー!!」

 巨大な腕を振り下ろしてくる。地面が抉られ、大きな爪痕が出来る。

 リカオンがライフルを連射する。セルアリクイの腹部から伸びた触手が彼女に迫る。ハイイログマが弾いた触手を私がけものプラズムの刃で切断する。

「石に当たったのに!」

 確かにセルアリクイの巨体の所々に石が見える。

「こいつらは複数のセルリアンが融合している、だから…!」

 二つの影が左右から飛び掛かる。オセロットとアモイトラだ。しかしセルアリクイは両腕で彼女達を振り払う。弾き飛ばされた二人は壁に足をついて着地する。

「二人共大丈夫か!?」

「見た目以上に速いな。」

「びっくりです。」

 まだ余裕だな。私だったら壁に叩きつけられていた、流石はネコ科だ。

 暴れ回るセルアリクイによって地面や壁に爪痕が刻まれていく。

「まずいな、天井が保たないかもしれない。長引かせるな!」

 既に壁の穴の幾つかは崩れて埋まっている。天井にも亀裂が入った。最悪、私達全員ここで生き埋めだ。

「脚だ!まずは脚を止めろ!」

 アモイトラ、キンシコウと共に奴の攻撃を掻い潜って脚を攻める。打ち砕き、斬り裂く。だが、すぐさま再生してしまう。

 以前戦った奴と同じだ。こうなったら…

 私は握り締めた右手にサンドスターを集中させる。一撃で仕留めるにはこれしかない…!

「オオカミ!待って!」

 発射音が響き、セルアリクイの両腕に大きな網が絡みつく。

「対セルリアン用拘束ネット、ケモキャプチャーです!」

「よくやった、リカオン!」

 ハイイログマの両目が虹色の輝きを放つ。獣の叫びを上げ跳躍すると武器を振りかぶり、セルアリクイの頭部に強烈な一撃を叩き込む。奴の巨体が傾き地面に倒れた。洞穴全体が揺れ動き天井から土砂が落ちてくる。

「オオカミ、まだだ!私達がいる!切り札は最後まで取っておけ。」

 ハイイログマの言葉にキンシコウが頷いてみせる。

 そうだ、今の私には仲間がいる。もう独りじゃない。

「ああ、私達はチームだったな。分かったよ。私も群れの一人として戦うよ。」

 二人に頷いて返す。

「よし!全員で一気に叩く!」

 私達は倒れたセルアリクイに攻撃を仕掛ける。石を砕き奴の体を削っていく。

「このまま削り切れれば…!」

「そうは言ってもこの大きさでは一筋縄ではいかないぞ!」

「みんな下がって!」

 武器を構えたリカオンが叫ぶ。

「今度は何ですか?」

 発射された弾頭がセルアリクイに当たると奴の体が白く輝き、結晶と化していく。

「対セルリアン用の新兵器、開発ネーム“塩の柱”です!」

 着弾した胴体から全身へと結晶化した部位が広がる。

「いいぞ!リカオン。」

 私は彼女に向かって叫んでいた。

 地面が揺れる。全身に衝撃が走る。虚脱したように私は尻餅をついた。起き上がろうにも力が入らない。

 セルアリクイが網を引きちぎり、立ち上がろうと身をよじる。結晶化した胴体にひびが入る。奴の体が二つにちぎれた。絶叫しながら奴は腕だけで地面を這う。

 仲間達が私の名を呼ぶ。上半身だけのセルアリクイが視界を埋めていく。半ば結晶と化した腕が振り下ろされる。その動きがひどくゆっくりだ。

 鋭い爪が私に迫ってくる。死ぬのか、ここで。怖さは感じない。ただ、心残りがあるとすれば…

「…智也。」

 蒼い光が弧を描き、セルアリクイの腕を薙ぎ払う。断ち切られた腕が地に落ちて砕けた。

 私は立ち上がる。熱い。身体の奥底から力が漲ってくる。智也の存在を感じる。もっとたくさんの輝きを。

 湧き上がる衝動を抑え切れずに私は目の前の獲物に飛び掛かった。ぶちかまし、殴りつけ、拳を振り上げる。滾る力のままに身体を魂を震わせ私は吠えた。猛々しい光の奔流が全身から溢れ出し、セルアリクイを押し包む。

 荒い息を吐く私の目の前で砂粒の様な光の粒子が舞い落ちていた。

「オオカミ!」

「オオカミさん!」

 駆け寄る仲間達に私は笑顔で応えた。

「行こう、智也が待ってる。彼を感じる。きっとこの先にいるはずだ。」



 強い衝撃を受け転がる。堅い地面の感触。両手をついて立ち上がる。

「カラカル!無事か!?」

 返事は無い。すぐに発光筒を左右に放り投げる。突入部隊用の装備品だ。軽い破裂音がしてサンドスターの粒子が空中で淡い光を放つ。

 暗闇に複数の影が浮かび上がる。セルリアンか、くそっ!

 握り締めた拳で大きな目玉の様なセルリアンを殴りつける。セルリアン特有の奇妙な感触が伝わる。丸い体が波打ち粉々になった。

 鋏型の触手が伸びてくる。拳で打ち払うと一気に踏み込んで蹴りを放つ。続けて拳を突き、打ち下ろし、最後の一つを蹴り上げる。

 地面に倒れているカラカルの姿が見えた。駆け寄ろうとした瞬間、背中を激しく叩かれた。

 振り向くと奥の闇に紅い双眸が浮かんでいる。こちらへ近付いて来た。徐々にその姿がはっきりとしてくる。耳の小さいコアラのような、エプロン姿のフレンズ型セルリアン。

「騒がしい…。ここは大切な場所…。やっと見つけたの…、私達のお母さん…。」

 呼吸が荒い。背筋に冷や汗が流れる。恐ろしい。直視出来ない、したくない。

 目の前のセルリアンではない。その背後、奥の暗闇に何かが潜んでいる。見てはいけないと心の中の自分が告げている。だけれども…

 暗黒に鎮座する巨大な…、繭…、蛹…?その中央には…

 けもの、四つのケモノ。天に座す四つの獣。獅子のたてがみ、牛の角、人に似て、鷲の翼持つ者。その全身には至る所に眼が。

「もうじき…、目を覚ます…。そうすれば…、地上は私達の物…。」

 何かが飛んでくる!反射的に拳を突き出す。硬い感触。石、いや、土の塊か?

「邪魔…、させない…。」

 セルリアンの目が紅く光る。奴の足元から地面の一部が浮き上がり、弾丸の様に飛んでくる。

 迫りくる黒い土塊つちくれを拳と肘で打ち砕く。サッカーボール程の大きさだ。…四つ、五つ、六つ。

 訂正、結構な硬さだ。ボーリングの球だな。まともに当たったらただじゃ済まないぞ。

 三つ同時に!くそっ!脇をしめた構えから上体を振って素早くパンチを繰り出す。左フック、右フック、左アッパー。

 助かったぜ、オオカミ。技を教えてもらってよかった。

 攻撃が途切れた。チャンスだ!距離を詰めて、奴に左のストレートを…

 …なんだ?暗い、停電か?花火が、チカチカして…

「ぐはっ!」

 背中、腰、立て続けに衝撃が走る。顔を庇った腕に硬い物がぶつかってくる。両腕で頭を抱えるようにして、背中を丸め攻撃に耐える。落ち着け。呼吸を整える。紅い光が見える。焦るな。慎重に奴との距離を測る。

 そこだ!俺はマフラーを振り下ろした。感触が伝わる。手応えがあった!

 周囲に浮かぶ土塊が動きを止める。すかさず拳で砕く。土塊の一つが浮く力を失い地面に落ちた。それを掴むとセルリアン目掛けて投げつける。こいつも手応えがあった。

 俺は右手で後頭部を押さえる。さっきのは効いたな。身体のあちこちが痛い。だが、ここで勝負を決めなくては。奥歯を噛み締め意識を集中させる。

 空気が震え地面が揺れる。激しい耳鳴りがして思わず膝をつく。何だこれは、セルハーモニーか?

 セルリアンが唸り声を上げる。また地面から土塊が浮かび上がった。立ち上がろうとするが身体が上手く動かない。不味いな。

 土塊が飛んでくる。くそう。拳に力が入らない。身体が重い。何だこれ。心が、気力が萎えていく。さっきまでの闘志が嘘のようだ。怖い。つらい。もう戦いたくない。

「くそう!なんでだ!」

 喚きながら拳を振るう。腹の底から気力を振り絞るように。自分を奮い立たせながら。

 土塊が爆ぜた。何だ、触れていないはず。細かい土砂が飛礫つぶてと化して顔にぶつかる。

「くそっ!」

 顔を覆った両腕が刺すように痛む。なんで俺がこんな目に。

「このクソセルリアンが!」

 叫ぶ俺の目に五匹のセルリアンが映った。いつの間に増えやがった?考える間もなく襲い掛かってきた!

「くそったれ!」

 痺れが残る両腕を上げ、歯を食いしばって指先に力を込める。

 絶叫と共に拳を振るった。硬い。この感触は。

 顳顬こめかみを殴られた。獣の分際で…

「畜生がぁ!」

 怒りにまかせて蹴りつける。セルリアンが砕けた。こいつら、土塊か。本物はどれだ?

 二匹のセルリアンが爆ぜる。

「しまった!」

 仰け反った拍子に体勢を崩して地面に倒れ込む。その俺の身体をかすめてセルリアンの触手が伸びる。危なかった…!

 俺は本物のセルリアンを睨みつける。怒れ。群れの為に。驕れるケモノに、賢しらなヒトに、真なる王者の怒りを顕示せよ。

 咆哮すると俺は大地を蹴った。セルリアンに向かってただ走る。身を屈め頭を下げて突進する。肩に背中に頭の後ろに衝撃を受けたが、構わず全身で奴にぶつかった。

 そのまま前のめりに倒れる。冷たい地面の感触が心地良い。もう起き上がりたくない。もういいよな。もう帰りたい、家に。おうちにかえりたい。



 あなたは忘れてしまうでしょう。ともに過ごした日々と私のことを…

 私は忘れない。

 あなたの声、温もり、笑顔…、その優しく純粋な心。

 どれほどの時が経っても…

 あなたが全てを忘れてしまっても…

 私は決して忘れない。

 本当にありがとう。

 いつかまた、きっと私たちは出会えるから…

 今は、さよなら…

 ………


 ……あんたの選択したことの結果はさ。ちゃんと、あたしたち皆で背負うよ。

 ……は、いいよ。もう、“ない”から。なくしちゃったから。………トモダチじゃなくなっちゃった。だから、………ばいばいしよ。

 ……、ごめん……ごめんね……


 ありがとう。元気で…

 三人デノ旅、楽シカッタヨ。


 お願い、置いていかないで。独りにしないで…


 智也、許してくれ。父さんは、もうお前の傍には居てやれないんだ。



「……っ!」

 ここは…。眠っていたのか?何だ…、どうして涙が。

 哀しい、夢を…、見ていた気がする。

 ……セルリアンは!?

 身体に痛みが甦ってきた。俺は起き上がり、目を細める。暗がりに何かが横たわっている。セルリアン、やったのか?だが、まだ奥に…

 セルリアンが上体を起こす。まるで、人形を思わせる不気味な動きだ。立ち上がった。紅い瞳が、どこか虚ろに感じる。

「輝き…」

 その言葉も、喋らされている。何故かそう思えた。

「何者…、干渉した…、サンドスター…、いし…」

 こいつはもしかして…

「足りない…、輝き…、しんか…、シンカ…!」

 奴の体が震え始め、そして急激に膨らむ。風船の様だ。

 歪に巨大化したフレンズ型セルリアン。もう原形を留めていない。低く怖気を感じる叫びを上げ、襲って来る!

 身を翻して攻撃を躱す。頭と肩に土砂がかかった。また土塊か!…と思ったが、震動で天井の土が崩れてきたのか。単純に凄まじい力だ。

「こんな化け物とどう戦えってんだ!」

 くそう。もう無理だ。オオカミ…。守ってくれるんじゃなかったのか。

 父さん。助けて…!

 胸元のペンダントを握り締めていた。

 セルリアンの動きが止まった。

 温かい。これは。ペンダントが輝いている。

(太陽だ…)

 なんだって?

(人は皆、心の中に太陽の輝きを秘めている。)

 なんだろう、この声は。でも不思議と安らぎを感じる。

(僕達の世界は怒りと悲しみに満ちている。それでも人は光を、優しさを見失いはしない。)

「ソノ輝キ…、我ガ同胞ヲ滅ボシタ…」

(サンドスターは人の記憶を想いを繋げて、未来へと託す…)

 強い衝撃を受けた。これまでにない歪んだ響き。物理的な圧力を持った。耐えられず俺は吹き飛ばされて地面を転がる。巨大セルリアンが迫る。いや、こいつはもう傀儡だ。奥にいるあいつの。

 立ち上がろうにも身体が竦んで思うように動けない。俺は目をつぶる。本当にもうこれで終わりか…!

 誰かが俺の名を呼んだ。忘れはしない、忘れる筈がない。きっとこの先、永遠に。タイリクオオカミ!

 身体が動く!心に勇気が湧いてくる!

「俺はここにいるぞ!タイリクオオカミ!」

 感じるぞ、サンドスターの輝きを。彼女の存在を。もっとたくさんの輝きを!

 人は太陽。星々の輝きは、宇宙を照らす。生命は、想いは、暗闇を照らす光だ!

(その力で、僕の好きだったけもの達を守ってやってくれ!)

「ソノチカラ…、ミトメヌ…、シンカスルノハ…、ワレ…」

 ペンダントの輝きがさらに強くなっていく。分かる。サンドスターを通して、今ここに想いが集まっている。

「俺の…」


(あなたは、けものがお好きですか?)

(これからも、ずっと一緒に探検しようね!約束だよ!さあ、行こう!)


(あなたは何のフレンズさんですか?)

(おトモダチになろうよ!)


(人とフレンズが…、共に生きられる…、世界を…!)


(お前達が笑顔で暮らせる世界、俺が守ってみせる。変身!)


「俺達の想いが、けものフレンズの力を引き出す!」

 ペンダントを核に虹色の光球が生まれる。

「クラヤミニジズメエェー!!」

 ブラックホールの様な漆黒の塊と化したセルリアンが押し迫ってきた。

「ケモナァァァァァ!サン!シャイィィィィィィィン!!」

 解き放たれた輝きがセルリアンに飲み込まれ…。次の瞬間、黒い巨体は中心から崩れて光へと還っていく。

 辺りが眩い光に包まれ、光の余波が奥に鎮座する繭を破壊する。

 光は弱まり、輝く砂粒が空中を漂っている。繭のあった場所に謎のセルリアンが跪いているのが見える。あれを放っては置けない。

 じきにオオカミ達が来る筈だ。それまで…

 身体から力が抜ける。俺も地に膝をつく。何だ?どうして俺の身体から…



 私達は洞穴を奥へと進んで行く。やがて道が枝分かれする。

「カラカルの匂いがします。こっちです。」

 確かに。…だが、智也の匂いはしない。何故だ?

 道が開け、また複数の洞穴がある。そのうちの一つに入る。

「そ、それ以上近付かないで!さもないと…」

「カラカル!」

「カラカル!無事だったか!」

 こちらを威嚇してくるカラカルだったが、私達の呼びかけに面食らった様子を見せた。

「なによ、あなた達。」

 彼女の背後に何人かのフレンズが身を寄せ合い、怯えた顔でこちらを窺っている。

「皆、安心しろ。我々は君達を助けに来た!」

 その言葉に皆一様に安堵の表情を浮かべる。

「カラカル!智也はどうした!?一緒じゃないのか?」

 私の質問に彼女はきょとんとして答えない。何だ?

「どうしたんだ、カラカル。」

「ちょっと待って。何の話をしてるの?あなたは…、オオカミさん?初詣の時に会った。」

「オオカミお姉さん、また助けてくれてありがとう!」

 困惑するカラカルと笑顔を浮かべるサーバル。

 私の心には違和感が湧き上がってくる。

「カラカルの言った通りだったね。怖かったけど、カラカルがずっと一緒にいてくれて、励ましてくれたから平気だったんだ!」

「待ってくれ。ずっと一緒にいた?」

 背筋が冷たい。胸の中に暗雲が立ち込める。

「それじゃあ、私達と一緒にいた、あのカラカルは一体誰なんだ?」

 気付いた時には駆け出していた。仲間達の制止の声を振り切って。

 どうしてだ。私が守るって言ったのに。どうしていつも、肝心な時に守られてばかりなんだ。

 私は走る。頭に浮かんでくる悪い想像を打ち消しながら。

 智也、無事でいてくれ…!



 俺の、身体から、セル…、リアンの、触手が…。

 堅く冷たい地面の感触。

「忌々しい。本当に忌々しい。」

 何だ…、誰だ…?この声、カラカル?

「あの満月の夜以来か…。お前達は尽くワタシの邪魔をしてくれた。おかげで随分と回り道をすることになった。」

 目を開けていられない。

「ワタシも見誤っていた。見くびっていたよ。ワタシにとって脅威となる存在。それはタイリクオオカミではなかった。真っ先に始末すべきだったのは、お前の方だった。未来智也!」

 ひどく寒い。ひどく眠い。

「だが、いささか分の悪い賭けだったがワタシの勝ちだ。邪魔者は全て片付けてくれた、お前達が。結果が全てだ。これで女王の力はワタシの物。」

 足音が、奥へと…

「祝うがいい、新たなる女王の誕生を!」

 身体が沈んでいく様な…

 暗闇の中で彼女の顔が浮かぶ。どうしてそんな悲しそうな顔をするんだ?

「タイリクオオカミ…」



 智也

 ヒトとフレンズが共に生きるこの街で

 私達は出会った

 あの日からどれだけの時間が流れただろうか

 君との思い出はまだ数える程しかないけれど

 君を思い出させるものは数え切れない程ある

 何より君の笑顔が忘れられない

 もう遅いかな

 君に伝えたかった想いが

 伝えられなかった言葉があるんだ

 私は

 君が



 次回 『Be the partner』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る