03 知らぬは当人ばかりなり

「ああん? ……ああっ! こ、こいつだよ! 俺の家の前にいたヤツ!」


「ええっ!? い、いったい何がどうなってんだ!?」


 その小さな画面に映るWebニュースの映像に、辺田と僕は驚きの声を同時に上げた。


 その映像の中では、例の黒尽くめの格好をした男が手錠をかけられ、両脇を警官に固められながら移送の警察車両へ乗せられている……。


 黄昏時に遠目に見ただけなので、辺田のようにそれが同一人物なのかどうかまでは断言できなかったが、やはり僕が見たヤツと服装は同じである。


 その画面の下部に大きなフォントで表示されたニュースの見出しへ目を向けてみれば、「麻薬の売人、動画をきっかけに逮捕」と書かれている。


 引き続き那佐の再生したそれを視聴すると、なんでも〝Tvuyaitter〟に投稿されたUFO動画を視聴していたオカルトマニアの麻薬取締官が、その動画に偶然映り込んでいた麻薬取引現場に気づき、映っている場所がわかったので網を張っていたところ、見事、逮捕に繋がった……とのことらしい。


 そのマトリ(※麻薬取締官)が見たという動画の映像もチラッと映し出されたが、その絵面えづらにはものすごぉ~く馴染みがある……間違いない。それは紛れもなく、僕らの撮ったあの偽UFO動画だ。


「こんなの映ってたか? ちょ、ちょっと確認するぞ!」


 辺田も慌ててスマホをポケットから取り出すと、自身の〝Tvuyaitter〟アカウントのトップに固定してある投稿の動画をすぐさま再生する。


「…………ああ! 確かに映ってるよ! なんか黒い車と、あの黒尽くめの男ともう一人……誰か若い男だ!」


 すると、それまでは暗がりでまったく気づかないでいたのであるが、画面の奥の方――撮影した公園の出口付近に真っ黒な車が停まっており、あのM.I.Bらしき男と、やはり黒色のだぶだぶとしたジャージを着る、いかにもカタギじゃなさそうな人物が何か話をしている。


「いやあ、撮った俺達本人も知らなんだが、こんなのまで映ってたのか……」


「本物のUFOに続いて、ほんともうビックリだね……」


「知らぬは当人ばかりなりってやつで、じつはけっこう見た人達気づいてたり……?」


 僕ら三人は教室の中でスマホを囲んでかたまり、その小さな画面のそのまた隅に映る、さらに小さな人物達を見つめながらまたしても唖然と驚きの表情を浮かべる。


 話をまとめると、つまりは僕らがまたも知らずに撮っていた麻薬取引の現場映像から、麻薬取締官と警察がその取引現場を押さえ、密売人の男――即ちあのM.I.Bを逮捕したということらしい。


 〝Tvuyaitter〟や〝Insitegozal〟にUPしたUFO動画には、真実味をもたせるためにどこで何時に撮ったのかも説明キャプションに書き込んでいたので、そこから麻薬取締官はあの公園を特定したのだろう……。


 にしても、僕らがそれを撮ったのも偶然なら、オカルトマニアの麻薬取締官がそれを見たのも偶然であり、さらには取引現場に気づいたのも偶然だ。


 僕ら本人達の知らぬところで、まさかそんな偶然の重なり合いから麻薬密売人の逮捕劇にまで発展していたとは……なんともはや驚くべき天の悪戯である。


「……ってことはよ、つまりあの黒尽くめはM.I.Bじゃなく、ほんとは麻薬の密売人だったってことか?」


 ひとしきり驚いた後、なおもスマホの画面を見つめながら、辺田がその今回の一件の真相に関わる部分について改めて触れる。


「そういうことになるよね……じゃあ、僕らのこと嗅ぎ回ってたのも、UFO撮られたからじゃなく、麻薬売るとこをSNSにUPされちゃったから……」


 そうなのだ。那佐が今言ったとおり、あれがM.I.Bではなく麻薬の密売人ならば、つまりはそういうことになる……。


 おそらくは麻薬取締官同様、やはり偶然にもSNSの動画を見て自分達の取引現場を撮られていたことに気づいた密売人は、その決定的現場を映した証拠を消し去るために僕らの身元を捜していたのであろう。


 そんなものが全世界的に公開されてるというのに、またその同じとこで取引して捕まったということからすると、あの公園の前の道は以前からその筋・・・ではよく知られた取り引きの場所であり、多少の危険があっても手放すには惜しい重要な稼ぎの場だったのかもしれない。


 だから、あの黒尽くめは必死になって、警察やマトリに気づかれる前に(実際はすでに気づかれていたのであるが……)僕らへの接触を図っていたのだ。


 基本、UPした動画はその本人にしか削除できないので、僕らを脅して動画を削除させた後、やはり口封じに始末しようとしていたのだろうか?


 やつらの正体が本物のM.I.Bではなかったものの、僕はまた違ったリアルな意味合いにおいて、何か背中に冷たいものを感じた。


「けどよ、まあ、これはこれで驚いたけどさ、少し残念ではあるよな。せっかく本物のUFO撮って、まさに都市伝説みたくM.I.Bが来たと思ったのによ……ま、葉巻型の母艦撮れただけでもラッキーなんだけどな……」


 喉もと過ぎればなんとやら……そんな僕の傍らで、つい先刻まではあんなにM.I.Bを恐れていたというのに、麻薬密売人も同じく凶行に及んでいたかもしれないことには思い至らず、辺田が少々残念そうに嘆いている。


「いや、そのことなんだけどさ。あの葉巻型のUFOって話も、じつは勘違いじゃなかったのかな?」


 だが、そうして残念がる辺田に、さらに残念なお知らせを僕は冷静に告げる。


「あの黒尽くめがM.I.Bじゃなかったとすると、僕達が本物のUFO撮った可能性も薄れるわけだよな? となれば、あの葉巻型だと思ったオレンジ色の光もやっぱりただの街灯だったんじゃない? 揺れてたのは風のせいかもしれないし、一瞬で姿消したのもただ線が切れて消えただけってことも……」


「ええっ! そうなのか!? なんだよ~せっかく本物のUFO動画撮れたと思ったのによ~……ハァ…二重にがっかりだぜ……」


 身も蓋もない、だが合理的な僕の推論に、辺田はガックリ大きく肩を落とすと、世界が滅亡したかのような顔をして深い溜息を吐いている。


「え? そうなの? それじゃ、ここ数日の興奮と喜びはすべて幻だったってこと⁉ ハァ……僕もほんとがっかりだよお……」


 それは那佐にしても同様である。


「ま、いいんじゃない? 麻薬の取引現場撮ったのは間違いなく本当なんだからさ。その内、警察から事情聴取の呼び出しもあるだろうし、これはこれで自慢話になると思うよ?」


 そんな完全に脱力して嘆く哀れな二人に、今度はフォローするような言葉を僕は投げかけてやる。


「それにこうなると、動画の再生回数があんなに上がったのは、純粋に僕らの撮ったあの灰皿が本物のUFOだと信じられたからって話になってくる。あのチープなやり方で世界中の視聴者を騙せたなんて、僕らの動画作成能力も大したもんだよ」


「そ、そうだよな? これはこれで自慢だよな? 間違いなくレジェンドになるよな!?」


「そうか……なら、緊張感を醸し出した僕あの演技もなかなかのものだったってことだね!」


 すると、僕の慰めの言葉を聞いた辺田と那佐は、単純過ぎにもパァっと顔色を明るくして一瞬にして立ち直る。


「おおーし! これで俺も有名人だっ! おおーい! おまえら、このニュース見たか!? ぢつはあの俺達が作ったUFO動画がもとで逮捕に繋がったんだぜ?」


「僕って役者に向いてるのかな? いや、役者より心霊動画ビジネスに参入するってのもいいな……ねえねえ、君達! 動画撮るのに興味はない?」


 立ち直るや一転、辺田は自慢話をしにさっそくクラスメイト達の輪の中へ突入して行き、驕り高ぶった那佐の方はまたも皮算用に早々出演女優のスカウトをしいている。


 なんか、二人とも微妙に偽動画作ったことがバレそうな話ぶりではあるが……。


 ともかくも、本物のUFOでなくたって別にかまわないのだ。けっきょくは他人ひとに自慢できて、チヤホヤされればなんだってよかったのである。


 他人からチヤホヤされたい――裏を返せば、他人から認められたい……いわゆる〝他者承認欲求〟というやつであろう。


 だが、それについて僕は別に批判しようとは思わない。


 動画をUPする者には…いや、動画に限らず、SNSに画像を上げたり、自分の意見や日々の出来事を書き込む人々には、多かれ少なかれそうした感情があるのだろう。


 人間とは、そのようなものなのだ。


「ねえねえ、なんか辺田くんが話してるの聞こえたんだけど、衿家くん達が犯人の逮捕に関わったってほんと?」


「ああ、まあね。関わったというかなんというか……そのきっかけになったのは確かかな?」


 自慢げに語る辺田の大声を拾い、興味津々な様子で尋ねてくるとなりの席のまあまあカワイ女子に、僕もやはり悪い気はせず、照れ笑いを浮かべながら控え目に消極的な自慢をしてみせた。

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