おもいかぎ

永崎カナエ

第1話 午前0時の夢日和

 母さんが死んで三ヶ月。

 人形のように何もしないボクを父は慰め、祖母は叱り、弟は軽蔑し続ける。

 ボクの世界は母さんを中心に回っていた。軸を失ったボクは、これからどうやって回ればいいのか。動けばいいのか。

 まったく、見当もつかなかった。ボクは母に、依存していた。


 異常なほどに。


 ※※※


 暗い夢の中で、目が覚めた。

 ボクはここで、何かしなくてはならないのだろう。そして、夢から覚めなくてはならない。

 それだけは、わかった。


 ※※※


 でも、なにを?手始めになにをすればいいのか……。

 思考が纏まる前に、暗闇の中に光が生まれて形を持ち初め、ボクの周囲を見慣れた景色が埋めていく。

 そこはボクの家だった。自然と普段見慣れないものへと。リビングに置かれた机の上の小包へと、目が吸い寄せられる。

 宅配会社から送られてきたらしい小包は、開けられた形跡もなくその場に静かに鎮座していた。

 宛名は、ボク。

 送り主は、母さん。

 細心の注意を払って包みを破り捨てていく。

 出てきたそれは、鍵。

 ちょっと変わった形の鍵だ。普通の鍵ではない。

 それと一緒に包まれた、二枚の手紙。先に読んで、と書かれた方を先に読み始めることにして、母の綺麗な字を食い入るように、焼き付けるようにして読み始める。



 きょうちゃんへ


 この手紙をあなたが読んでいるのなら、私は死んでいるのでしょう。

 この手紙は、私の死後しばらく経ってからに配達されるようにしています。

 あなたは優しいから、心から悲しんでしまって、ふさぎ込んでしまっているのでしょう。

 私がいなくなって、お父さん、おばあちゃん、あきちゃんとどう接すればいいのか、わからないのでしょう。

 一緒に包まれている鍵はね、心写おもいかぎというのよ。人の記憶と心を見ることができるの。あなたが知りたいことを心に浮かべながら、その人へ向けて鍵を回すだけ。

 きっとあなたが知りたいことの答えを、心写は見せてくれるわ。

 どうかあなたが、幸福に生きられますように、願っています。


 母より


 PS. もう一枚の手紙は、心写おもいかぎを使った後に読んでください。



 もう一枚の、折りたたまれた手紙をチラリと見る。普通の便箋。

 母さんがそう言うならと、名残惜しみながら机の上へと手紙を置き、心写おもいかぎというらしいその鍵を観察する。

 形はさっきも思った通りで、特に不思議な力を感じる、とかもない。それにしても変な名前だ。心を写すと書いておもいかぎ、だなんて。

 一通り観察し終えて、考えて。ボクは心写おもいかぎを、使うことにした。

 母さんがボクに嘘を教える理由がない。ならこれは本当に人の記憶を、心を、見せてくれるはずだ。

 リビングの時計を見る。時刻は丁度、午前0時になったところだった。

 0時を告げる鐘の音が家の中に響いて、消えた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る