第14話【第三章】

「さ、今日も月野麻耶のところへ行くわよ!」

「お前キャラの切り替え早いな!」


 俺のツッコミもなんのその。アキは自らの体温冷却システムをフル稼働させ、二時間足らずで元気になった。そんな彼女に呆れつつ、俺は冷蔵庫を漁っている。


「ほれ。やるから出発前に飲んどけ」

「さんきゅー」


 俺が放り投げた緑茶のペットボトルを、アキは片手でキャッチ。って、二リットルのプラスチックボトルなんですけど。


「今コップも持って行くから」


 と言って俺が顔を上げると、ちょうどアキが蓋を開け、口をつけてラッパ飲みするところだった。


「おい! 俺の分は!?」


 しかし、アキにその叫びは届かなかった。まるでアメリカの企業が開発した某掃除機のように、凄まじい吸引力でアキはお茶を飲み干した。あんまり急に飲み込むのも身体に悪いと思うのだが。


「ふう、落ち着いた」


 カタン、とテーブルに空のペットボトルを置いたアキは、満足気に伸びをする。

 まあ、いいか。これで昨日と同じように、麻耶と接触することができる。アキの変身能力のお陰で。実際、麻耶に訊きたいこともたくさんあるしな。


「よし、行くぞ」

「了解した」

「!?」


 突然響いた重苦しい声音に慌てて振り返ると、アキは既に変身を終えていた。


「今日はBGMはいらないからな? 頼りはお前の図体とショットガンだけだ。いいな?」

「了解した」


 同じ言葉を繰り返すあたりに、ますますロボット臭くなったことがひしひしと感じられる。まあ、その無機質さが一種の脅迫・牽制力になるわけで、『人間らしくしろ!』とは言えないのだが。

 軽いため息をつきながら、俺とアキは部屋を出て、再びキラキラ通りへと向かった。


         ※


「うわ!?」

「どひい!?」


 これが今回の、ツナギ二人組のリアクションである。


「いやー、そこまで怖がってもらわなくてもいいんだが」

「月野麻耶に話がある。呼んで来い」

「へ、へい! ショットガン兄貴!」


 ツナギの一人がへこへこと頭を下げる。


「旦那も同伴なさいやすか?」

「……」

「旦那?」

「え、あ、はい? 旦那って、俺のこと?」

「左様でやんす、旦那!」


 真摯な笑みを浮かべて応じるツナギ。


「旦那がショットガン兄貴に指示をなすっているところを見た者がおりやして、となれば旦那は兄貴よりも身分の高い方とお察し致しやす! 我々としてもVIP待遇でお迎えする所存でありやす、旦那!」

「はあ、そりゃどうも……」

「兄貴と旦那のお通りだ! 道を開けい!!」


 もう一人が大声で路地裏へと呼びかける。虎の威を借る狐状態だな、こりゃ。


 だが、それも長くは続かなかった。


「あれ? 麻耶姉? 麻耶姉は?」


 ツナギの一人が、公園状のスペースで声を張り上げる。


「おい何事だ!」


 という怒声とともに、こちらの公園に続くドアが開き、拳銃を持った男が出てくる。が、アキの姿を認めた瞬間、


「あっ、こりゃあ失礼」


 と腰を折ってお辞儀をし、すぐに引っ込んだ。ここに巣くってる連中って、本当は気のいい奴らなんじゃなかろうか。


 それはさておき、麻耶がどこにいるのか分からないのは問題だ。

 俺たちはツナギ二人組を帰し、昨日麻耶に案内されたアジトへと向かった。


「ここで合ってるよな?」

「ああ」


 低い声で応じたアキに背を向け、俺は呼び鈴を鳴らした。うちのマンションのようにピンポーン、と明るい音はしない。代わりに何かがじゃらんじゃらんと鳴り響く。その音は、扉の向こうからだ。

 しかし、一向に誰かがドアを開けてくれる気配はない。誰かがいる気配はするのだが。

 さて、どうしようか。鍵もかかっているし。

 するとアキがずいっと前に出た。


「任せろ」


 とドスの効いた声を上げながら、そっと右手の掌を扉に当てた。金属製で錆びつき、ところどころ凹凸の残った鉄扉。それがミリミリと、ゆっくり押し開けられていく。そして俺の目に入ったのは――。


「誰だ、こんな時間……って、あ」

「あ」


 麻耶と目が合った。こちらに背を向け、立っている。

 それだけなら、何の問題もない。問題は、麻耶が上半身裸だったということだ。


「……」

「……」


 沈黙を破ったのは麻耶だった。


「おーい美耶、邪魔が入った。包丁持って出てこい」

「っておい待て待て待てえ~い!!」

「そう、そのちょっと長い薙刀みたいな包丁。出迎えてやれ」

「それ包丁って言わねえだろ!?」


 すると、部屋の隅から美耶が現れた。その包丁も怖かったが、それよりもその眼力が俺を恐れおののかせた。


「で、出直してきます! ですから命だけは!」

「またお前らか! お姉ちゃんの、邪魔は、するな! 殺すぞ! 細切れに、してやる!」

「ひいいいいいいい!!」


 一語一語を区切りながら、包丁を振り回す美耶。するとアキが俺を後ろに突き飛ばし、美耶の両手を包丁の柄ごと握りしめた。


「ぐっ!」


 流石にアキの大男モードを前に、美耶はなす術がなかった。腕力に差がありすぎる。

 カラン、と包丁が床に落ちると同時、俺たちに全く無頓着だった麻耶が振り返った。


「ああ、何だあんたらか。美耶、もういいよ。あたいが片づけるから。向こう行ってな」

「……」


 どこか意気消沈した様子で、美耶はベッドの隅へと引っ込んだ。


「ぜーはー、ぜーはー……」


 俺は両手を膝につき、屈み込むような体勢で呼吸を整えていた。


「美耶、本気で俺を殺すつもりだったのか?」


 美耶は無言。ベッドの隅で膝を抱えて腰を下ろしている。何だよ、さっきはベラベラ物騒な言葉を並べ立てていたくせに。


「でな、麻耶。今日も少しは話を――」


 と俺が言いかけたのと、麻耶が振り向いたのは同時だった。って馬鹿野郎! 振り返ったらお前の、その……俺に見えちまうじゃねえか! ぺったんこの胸とか!

 しかし、その『ぺったんこ』が功を奏したらしい。麻耶が腕を組むと、ギリギリで隠れる。


「でも、異性の着替え中に乗り込んでくるとは、俊介、あんたも変態だな」

「変態言うな!」

「だったらさっさと後ろ向けよ。ショットガン野郎、あんたも」


 ふう、とため息をついて俺は麻耶に背を向けた。後ろから刺されるのでは、とも思ったが、アキがちょうど俺を守るポジションについてくれた。普通の攻撃は、こいつには効かない。というか、すぐに修復されてしまう。

 それはいいとして。


「なあ、麻耶」

「何だ、変態」


 だから変態呼ばわりは止めろって言ってんだろうがーーー!!

 しかしそれでは話が進まないので、我慢して俺は麻耶へ問いを発した。


「お前、何をやってたんだ?」

「リスカ」

「は?」

「バーカ、リストカットだよ。そんな言葉も知らねえのか、変態は」


 今さっきと同様、グサッ、と変態呼ばわりが俺の胸を刺す。やっぱり辛いなこりゃ。って、そうじゃなくて。


「お前、リストカットなんてしてたのか!?」

「そうだよ。文句あるか、変態」


 それでライダースーツの上半身を脱いで、包帯を腕に巻いていたわけか。


「だ、だって……。そりゃあ酒とかに興味持っちまうのは仕方ねえとは思うけどよ、自傷行為は止めろよ。せっかく親からもらった身体なんだから」


 直後、ミシッ、と音がした。

 誰かが何かを殴ったとか、そんなことからではない。空気だ。このアジト内の空気が固体化し、そこに大きな亀裂が走ったような、想像上の破砕音だ。

 直後、麻耶が美耶の方へ向かう気配がした。

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