第26話 説明

 [みどりさん、落ち着いてよく聞いてください。途中、頭痛や精神錯乱あれば、すぐ注射しますから。これもリハビリですが、少しずつ行いますね。深呼吸して下さい]


 私は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。消毒薬の匂い、リハビリという単語、古山先生の声に落ちつく。


 [あなたがこの病院に通院するようになったのは10才の時です。あなたは藤澤雄三を知っていました。そうピンクちゃんとして隣に住んでいました。無理に思い出さなくていいですよ。藤澤から色々なものを預かりました。あなたのランドセルに藤澤から入れられたものです。みどりさん、あなたは悪くない。藤澤はヤクザでしたから、子供だろうと利用しました。けれど、残念な事にあなたは、藤澤の娘と一緒に藤澤の後を追って事務所に行きました。娘さんだけ事務所に入ったらしいですね。そこでお父さんが殺される現場を見てしまった。彼女もこの病院に通院しています。その後、あなたは藤澤から預かったあるものを隠しに家に戻りました。白い粉です。組員は必死に探したらしいが見つからなかった。何故だと思いますか?無理に思い出さなくていいですよ]


 白い粉。白い粉?白いコナ。私は頭の中で何度も繰り返した。ランドセルを開けて、筆箱を取りだし、消しゴム入れを開けるとそこにいつも入れて置いたあの白い粉だろうか。


 人差し指を舐めて、粉をつけまた舐める。

不味い。がなんとも言えない高揚感。せきどめシロップとは違う。油性マジックの匂いを嗅いだときとも違う。もっと脳が痺れる感じを味わったあの粉の事だろうか。

 

 おじさんの持ち物を隠さないとおじさんが警察に捕まると思い、隠しに家に戻ったのに。


 捨てる前に舐めてしまった。白い粉。


 記憶の片隅に追いやられていた。いや、追いやっていた。


 [思い出したんですね]

古山先生は、私のびくりとした僅かな反応を見抜いた。


 [あなたはまだ幼すぎた。すぐに保護され、時間はかかりましたが薬物中毒にはならずにすみました。カルテを見て、本当に驚きましたよ]


 怒られるのかと覚悟したが、時効らしい。


 [しばらくの入院生活と藤澤の死によって、元気だったあなたは、段々と無口で大人しい子供になったようです。その事で夫婦喧嘩が絶えず、ご両親は離婚されました。あなたはお母さんの方に引き取られました。きっとお父さんもあなたを引き取りたかったでしょうね]


 古山先生は声のトーンを落とした。


 白い粉を思い出したことで、胸が重くなった私に古山先生は今日のリハビリはここまでだと、カーテンを閉める。

 

 よく眠れるからと、点滴をまた追加された。

 

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