Once the girls were here ③

 日も大分傾き、日没までに水辺エリア全体を捜索するのは厳しいと思われたため、私たちは取り敢えず異変前にPPPが使っていたエリア中央に位置する野外音楽堂に向かってみることにした。恐らくPPPが実際にそこにいるということはないだろうが(というかそもそもグループ自体が残っているかも怪しいのだが)、何らかの証拠が残っている可能性もあり、かつ夜の寝床も確保できるということもあって、私たちにとってはうってつけの場所であった。

 昼に通ったサバンナの陽気ですっかり季節感覚が狂ってしまっていたが、冬も盛りに入ろうとする今の季節は日が沈むのが早い。私たちが音楽堂に到着する前に、辺りは真っ暗になってしまった。幸い昨夜と同じく煌々と照らす月があるために比較的見通しは効く方であったが、アーケードの周辺と比べて湿地帯のこの辺りは足許が悪く、念のために私は外套の中に残されていたフラッシュライトを使って前方を照らしながら進んだ。思った通りに新世代であるハネジロに、コマドリと同じ様にライトのことを訊ねられたため、私は全く同様の説明を彼女にする。

「ヒトが作ったものを使いこなせる上にPPPのことも知ってるってことは、やっぱりアオサギさんたちも異変前に生まれた方たちなんですね」

「ええ、まあそうなるわね」

 異変前のことを知ってる方々に出逢えるなんて、とっても幸先が良いです、と喜ぶ彼女を見て、私はある種の罪悪感を覚える。

「そう言えば」私はクロウタドリの方へ顔を向ける。「あなたもPPPのことは知っているのよね」

「え? ……ああ、まあね」

 急に話を振られたためか、彼女は少し当惑した表情を浮かべつつもそう返答した。

「どういうアイドルだったのか分かる? 私はあんまりそう言った分野というか、ジャンルには興味が無かったから良く分からなくて」

 先程は運よく名前を思い出すことが出来たが、私が知っているのはそこまでだ。どんなメンバーが居たのか、構成人数は何人だったのか、代表曲には何があるのか、などは全くもって分からない。何となくではあるが、クロウタドリならばそのあたりのことは知っていそうな予感がしたのだが――。

「……いや、実のところ、僕もよく知らなくてね」

 その答えは意外なものだった。彼女も知らないのか。

「意外ね。あなた、私と違って外向的だからそういった……ええと、ライブ? みたいなものにも行っているのかと」

「いや、外向的だからって必ずしもライブやフェスに行くわけじゃないだろう。それに、映像を通してならPPPが好きな子と一緒に何回か見たこともあるし」

「PPPが好きな子って、もしかしてクロツグミ?」

「違うよ。……あぁいや、違うという訳でもないんだけど……取り敢えず、まあ、自分が追ってたわけではないからそんなに詳しくは知らないんだ」

 これまでとは異なってどうも歯切れの悪いクロウタドリの返答に少し首を傾げた私だったが、これ以上詮索すると何か気まずい雰囲気になりそうだと感じたので、それ以降は口を噤むことにした。


 間も無くして、野外音楽堂へと辿り着いた。想像していたより立派な施設であり、半円形のすり鉢状に設えられた観客席の最奥に大規模なステージが鎮座していた。ステージを取り囲むようにトラスが組み上げられていて、両脇には巨大なスピーカー、そして最上部には大量の照明機器が設置されている様子が見える。どうやら湖沼の中に立地しているらしく、ステージの左右では湖面に乱反射する月光がちらちらと揺らめいていた。

 ステージから観客席に向かって放射状に延びる階段を下りていくと、程無くしてステージの麓まで辿り着く。少し時間はかかったがステージ脇に階段を見つけた私たちは、そこを上って壇上へと至った。

「わぁ、凄い……PPPの皆さんは、こういう風景をいつも見ているんですね……!」

 壇上から広大な観客席を見渡したハネジロが、感嘆の声を洩らす。

「どうする? ここで休もうか」

「いや、流石にステージの上は寒いわよ」

 そう言って私は、ステージ上を見渡す。

 壇上は閑散としており、背景となっている化粧板の下に設えられた低層のひな壇の上に数脚のパイプ椅子が重ねられているだけだった。私はひな壇に沿って、下手から上手へ歩く。程無くして、化粧板と同化していたドアがあることに気付く。試しにシリンダー型のドアノブを捻ってみると、がちゃり、という音と共にドアはすんなりと開いてくれた。私は背後にいるクロウタドリたちに声を掛けると、先にドアの中へと足を踏み入れる。

 入った瞬間、むわっとした黴の匂いが私を包み込んだ。典型的な廃墟臭だ。あのアーケードの地下の匂いとよく似ていたため、私は若干の安らぎを覚える。一方で、私に続いて入ってきたクロウタドリは「臭いなぁ」と正直な感想を述べた。

 ドアのすぐ横には大き目のデスクが設置されており、デスクの上には複数のモニターと、ミキサーと思しき大量のスイッチが配列された操作盤が載っていた。フラッシュライトでそれらを照らしてみると、表面が大量の埃と蜘蛛の巣で覆われており、それがこの施設が放棄されたものであることを如実に示していた。すぐ傍で部屋の中を見渡していたハネジロがこちらを見そうになって、私は急いで光を別な方向に向ける。部屋の残りの箇所は、無造作に壁に立てかけられた大量のパイプ椅子と、ライブ等に使われるであろう様々な音響機器が占めていた。

「ここなら風も当たりませんし、寒くなさそうですね」

 一通り部屋を見回したハネジロがそう言う。

「そうね。今夜はここで夜を明かすことにしましょう」

「分かりましたっ。えーと、それじゃあ、お日様が昇るまで何をしましょうか」

 私はハネジロの言葉に違和感を覚えた。何をするかって、聞くまでもないじゃないか。

「いや、寝るけど」

「えっ、寝るんですか?!」

「えっ」

「えっ」

 ハネジロがショックを受けた理由が分からず、私は呆けた顔で彼女のことを見つめてしまう。と、そこでクロウタドリが口を挟んだ。

「ハネジロちゃん、もしかして君、夜行性?」

「えっ、あっ、はい、そうですっ」

 ああ、なるほど。夜行性のアニマルガールは夜に寝るという考えを持たない。道理で私との会話に齟齬が生じたわけだ。

「午後のあの時間帯に僕らに声を掛けてきたけど、眠くなかったのかい」

「ちょっと眠かったんですけど、でも、折角近くをお二人が通りかかったので、お話を聞いてみようと思ったんです」

「なるほどね。やっぱり、コガタちゃんに早くPPPの歌を聞かせてあげたいんだ?」

「はい、だから私、夜の間も出来るだけ多くの情報を集めたいんですっ」

 ハネジロは溌溂とした声で言う。そんな彼女を見ていられなくなった私は、取り敢えず今のPPPに関しての情報を共有しておこうと、クロウタドリに声を掛けた。

「クロウタドリ、ちょっと」

 何だい、と振り向いた彼女を私は手招きで呼ぶ。彼女を一旦ドアの外へと連れ出すと、私はハネジロに聞こえぬように出来るだけ小声でクロウタドリに話しかけた。

「PPPのことなんだけれど――」

「君の言わんとしていることは分かるよ」

 クロウタドリは私の機先を制するかのようにそう言う。

「な──もしかして、知っていてあの子の頼みを引き受けたの?」

「まあね」

「はあ?!」

 彼女の口から飛び出した耳を疑うような返答に、私はつい大きな声を出してしまう。それを受けて、クロウタドリは口元に軽く指を立てた。

「まあそんなに騒ぐなよ。ちゃんと解決の糸口は掴んでるんだから」

「糸口って……もうPPPはいないのに、どうするのよ」

「いないなら、。ただそれだけのことだよ」

「作るって、あなたが新しくプロデュースするってこと?」

「いや、僕じゃない。既に適任の子がいる」

 私は理解が及ばずに大きな渋面を作った。新たにアイドルグループを結成する手段が分からないというだけで無く、単純に、そこまでして初対面であるハネジロの願いを叶えようとする彼女の意図が、さっぱり分からなかった。

 と、そこで、背後から「あの」とハネジロに呼びかけられる。一瞬、話の内容が聞かれてしまったのかと焦ったが、「わたし、ちょっとお腹が空いてしまって」という言葉が続いたのを聞いて、私は心の中で胸を撫で下ろした。

「じゃ、僕がそこらにいるラッキービーストからジャパリまんでも貰ってくるよ」

「あ、ならわたしも行きますっ」

 ハネジロは半開きだったドアを全開にしてステージ上へと出ると、クロウタドリの手を握った。

「わたし、やっぱり居ても立っても居られませんっ。ご飯を取ってくるついでに、ここの近くだけでもいいので、歩き回らせてくれませんか」

「もう暗いから、探すのは夜が明けてからでもいいんじゃないかな」

「いえ、やっぱりわたし、夜はどうしても元気になってしまうので」

 クロウタドリは仕方がないといった風に腰に手を当てて一息つくと、私に視線を向けた。

「……構わないわよ。私はここに残らせてもらうけど」

「いいのかい、あおちゃん」

「別に。ここ、もと暮らしていた場所と大して変わらないし、独りでいる位は慣れているわ」

 私の言葉にクロウタドリは頷くと、くれぐれもセルリアンには気を付けるように、と言い残し、ハネジロと共にステージの端にある階段へと向かっていった。


 私は二人がステージを降りて行った様子を見届けると、深く大きな溜息を吐いた。とんでもなく厄介なことになってしまったな。私は別に、アイドル再生を追うドキュメンタリーの立役者になるために旅に出たわけではないのだけれど。

 踵を返して元いた部屋へと戻った私は、ポケットからライトを取り出すと、ハネジロがいた時には見れなかった部分を照らし出してみる。

 ステージの構造上、部屋は天井が高くなっている。先程見たデスクの脇からは高い天井へと梯子が伸びており、上部の照明点検用のデッキへと続いていた。また私は、大量のパイプ椅子の向こう側にもう一つのドアがあるのを見つけた。足許に気を付けながら近くまで進むと、ドアノブにかかっていた蜘蛛の巣を払い除け、それを捻ってみる。幸いドアはこちらの部屋から見て外開きだったために、手前のパイプ椅子が障壁となることは無かった。

 ドアの先には、存外に広い空間があった。部屋の天井高は同じ位だが、床面積は先程の部屋と比べて3倍以上、目測で8坪くらいは有りそうだ。こちらは如何にも舞台のバックヤードといった趣で、打ちっ放しのコンクリート壁に沿って様々な機材やホワイトボード、照明関係の操作機器、ベニヤ板で作られた何らかのセットと思しきものなどが立錐の余地もないほどに並んでいた。その反対側には上階へと続く鉄製の階段があり、部屋の構造からみて、階上にも幾つか部屋があるようだった。私は一先ず上階は後回しにし、所狭しと並んだ機材類の脇にある僅かなスペースを通って部屋の奥へと進んでみる。突き当りにあったドアを開けてみると、そこには楽屋と思しき部屋があった。

 もしかして、と思い私は壁に沿って配列された各クローゼットを片っ端から開けてみる。そして程無くして私は、平積みに置かれたブランケットの山を発見した。私はそこから三枚を抜き取ると、同室を後にする。やっていることは正直空き巣に近い行為だが、まあ、廃墟なので別に咎められるものでもないだろう。それに、外套一枚だけで極寒の夜を明かすと、下手をすれば命に関わりかねない。だから緊急避難ということで違法性が阻却されるんじゃないか、と、かつて法学関連の書籍を紐解いた時に得た半可通の知識を頭の中で巡らせる。

 私がそんな自己弁護を心の中で繰り広げているうちに、元いた部屋へと辿り着いた。持ってきたブランケットから一枚を取り、身体に巻き付けるようにしてそれを被る。随分と黴臭いが、防寒とトレード・オフということで何とか自分を納得させた。


 暫くクロウタドリたちをブランケットに包まりながら待っていた私だったが、彼女たちは一向に帰ってこない。そのうちに昨晩と同じ様な強烈な睡魔に襲われた私は、流石に埃だらけの床に横になるということも出来ないため、背後の壁に背をもたせ掛けて目をつぶった。真っ暗になる視界の中で、私は、今更ながら妙な非現実感を覚える。今まで、自分があのアーケードから外に出ることになろうとは思いもしなかった。何なら、もしかしてこれまでのクロウタドリやハネジロとの出会いが全て夢の中で起きた出来事なのではないかと疑ってしまうくらいだ。目を覚ましたら、目前にはあの黴や脂で薄汚れた天井があり、何もかもが元通りに戻っている――そんなことが、起こり得る気もした。


 私は試しに目を開けてみた。まだ目の前には薄汚れた床やデスクがある。

 そんな景色を見てがっかりしたのか、ほっとしたのか、よく分からない感情が心のうちに湧いてくる。眠気で重くなる瞼に逆らえなくなった私が再び目を閉じると、今度は本格的に、眠りの底へと落ちていくのだった。

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