Blackbird singing in the dead of night ④

 揺れが収まったことに気付いたのか、クロウタドリは颯爽と地上に降り立つと、出会った時と同じようにへたり込んでいる私へと手を差し伸べてきた。立ち上がった私は、握った彼女の手をまじまじと見てしまう。袖口から覗くきめ細かく白い肌。先程光ったように見えたのは見間違いだったのだろうか。

「あおちゃん?」

 なかなか手を離そうとしない私に対してクロウタドリが呼びかける。

「あ……ごめんなさい。えっと、少し聞きたいんだけど」

 クロウタドリは私の言葉に小首を傾げる。

「さっきわざわざ穴の方に向かって飛び上がったのは、何だったの」

 ああ、と合点がいったように彼女は呟くと、穴の方を振り返りつつ言葉を継いだ。

「君、さっき言っただろ、あの穴から何かが出てくるって」

「言ったけど」

「それなら、実際に確認してみようと思ってね」

「確認、って」私は眉を顰める。「……もし本当に何かが――特に、異変の時みたいに巨大なセルリアンが飛び出してきたとしたならどうするつもりだったのよ」

「異変が起こったのは20年も前の話だろう? 心配しなくたって、君が見たって言うそいつがここに残っていることは殆どあり得ないことだよ」

 それに、と彼女は付け加えて、自信の色を顔に湛えたまま言葉を継いだ。

「僕、こう見えてそこそこ強いんだよ。大抵のセルリアンなら、まぁ、鎧袖一触ってところかな?」

 そう言って胸を張る彼女の華奢な体を、私は見下げる。別に特別小柄という訳ではないが、セルリアンを圧倒できるほどの力があるとは到底思えなかった。

 

 彼女の大言壮語に大きく嘆息した私は、踵を返すと、広場の中央へと向かって引き返していく。あの悪夢のように彼女の身に危険が及ばなかったことには安堵していたが、それも束の間、当人の暢気な構え方に私は呆れと少しの苛立ちを感じていた。――なんだか、必死になった私が馬鹿みたいだ。

 噴水の縁に腰掛けた私は、もう大分明るくなった東の空を天蓋越しに見上げた。明け方の空に二羽の小鳥が戯れている。言葉を交わすように交互に地鳴きを何度か歌い上げたのち、天蓋の向こう側へと姿を消した。


 私も――私にも、翼があったなら。

 こんな陰鬱とした廃墟じゃなく、外の世界で暮らしていたのだろうか。

 クロウタドリの提案にも、快く乗ることが出来るのだろうか。


「羨ましい?」

 目を横に向けると、程近くに同じく空を見上げているクロウタドリがいた。私は、続けて彼女から向けられた瞳から逃れるように顔を伏せった。

「……別に」

「ふぅん?」

 言外に追及を孕んだその返答に、私は押し黙る。

 黙っていれば、何も言おうとしなければ、誰だって私の傍から離れていった。これまではずっとそうしてきたし、新世代たちとの関わりを避ける私の処世術の様なものだった。でも、きっと、彼女はそれを許してくれない。

 少し間が空いてから、彼女の徐に開かれた口から、恐れていた問いが放たれた。

「ずっと聞こうと思っていたんだけれど」クロウタドリは、躊躇うことなく問い掛ける。「君の翼はどうしたんだい?」


 鳥類のアニマルガールであれば当然有しているはずの──


 私が一番他者から訊ねられることを忌避していることだった。それは、私が日々感じている劣等感や喪失感、疎外感の根源でもある。翼を失った私は、ずっと大地に縛り付けられている――まるであの夢の中みたいに。

「……自分でも分からないわよ」

 絞り出すようにそう言う。本当に分からなかった。異変前に自分がそれらを有していたことは確かだが、知らぬ間に、私は空を飛ぶ術を失っていたのだ。

 視線の上端に映るクロウタドリの足が私の方へ正面を向けるのが見えた。

「もう一度空を飛びたいと思うかい」

「分からないわ」

「それじゃ、ここから外に出たいとは?」

「……それも、分からない」

 そう、分からない。自分の心が今何処にあるのか。自分が何をしたいのか。

「じゃ、これはどうだろう」

 クロウタドリはそう言って、暫く間を置いたのち、ゆっくりと私に訊ねた。


「生きることを辞めたいとは、思うかな」


 心臓の拍動が強くなる。

 ずっと心の隅に置いていたこと。それを改めて目の前に持ち出されて、私は強く動揺した。

 生と死を天秤に掛けた時、今の私の中では、


「……私が何を望むかなんて、あなたには関係の無いことでしょ」

「そんなことないよ」

「どうして」

「だって君は、僕の友達だもの。友達のことを心配するのは、当然のことだろ」

 クロウタドリはそんな言葉を、恥ずかしげもなく言ってみせた。

 友達、か。私にとって、それは凡そ縁遠い言葉であるように感じる。アニマルガールたちが同朋を呼び合うときに使う「フレンズ」という言葉も、私は苦手だった。もとは人類とヒト化した動物とのかすがいとなるべくして考え出された称呼だったが、他者を避けて暮らしてきた自分にとって、それは身の丈に合わない言葉だと思っていたから。


 あの異変が起こってから、私は一人で生きてきた。本当にやむを得ない時を除いて、誰とも話すことなく、ずっと一人で。彼女の言葉を信じるとするなら、彼女と私──そしてクロツグミというアニマルガール──は異変前の世界においては友人同士だったのだろう。しかし、異変前の翼を持った私と、今の私とでははまるで違う存在だ。ただ何もかもが暗く、誰とも馴れ合わず、この世界に馴染めない、『終わった存在』だ。だからこそ、私はここから出ない。同じく何もかもが過ぎ去ってしまった遺構と共に、朽ちて消えるつもりでここに来たんだ。

「……私は、多分もうあなたの考える私じゃない。これから目的を持って旅をしようとしているあなたと違って、私には将来の目標も、したい事もなりたい姿も、何もないのよ。私はきっと、これからもここでずっと死ぬまで生きていく。だから──」

 私は俯いたまま立ち上がる。そのまま自分の部屋があるアーケードの入り口へと体を向けた。

「もう私に関わらないで」

 私はそう言い放つと、アーケードに向かって歩き出した。クロウタドリが追ってくる気配は無い。当然だ。きっと失望したことだろう。でも、これでいい。

 ──そう、思っているはずなのに。胸から何かが込み上げてくる感覚がした。


「……いつも眠りが浅く、常に倦怠感を感じている」

 不意に背後から聞こえた言葉に、私は立ち止まる。私に語り掛けているというよりは、まるで独語をしているかのような話しぶりだった。

「目を覚ます度に襲ってくる漠然とした不安。募っていく原因の定かでない焦燥感や罪悪感。寄る辺の無い不安定さも感じている」

 彼女は滔々と話し続ける。私は背を向けたまま、またゆっくりと歩き出した。振り返っては駄目だ。彼女の意図は分かっている。振り返ったら、彼女に付け入る隙を与えてしまうことになるだろうから。

「他人が恐い、皆が恐い。皆は前に進んでいるのに、自分はそうじゃない。自分だけ置いていかれて、取り残されてしまった。でも、前に進む気力も、状況を打破する意欲も湧いてこない。新しい世界に迎合するのは嫌だけど、かと言って積極的に自分が生きる世界を変えていくつもりもない」

「なら、閉じ籠ってしまえばいい。そうすれば誰にも会わず、不必要にマイナスな感情に振り回されることも無くなる。常に希死念慮を抱いているが、死ぬのは恐い。でもいつかは必ず終わりがやってくる。ならその時まで、このまま惰性で生きていこう。そうしていれば、束の間の安心感を食い繋いでゆけるから」

 私は無意識のうちに歯を噛み締めている。うるさい、うるさい――そんなこと、自分でもちゃんと分かっているんだ。あなたに言われなくたって、それくらいのことは。だから私はずっと――。

「ずっと、そんな自分が嫌いだった。見たくないものから目を背けて、決断すべきことは先延ばしにして。遠大な目標も無ければ、叶えたい夢も無い。刹那的で、無気力で、何者でもない、そんな自分が嫌い。嫌い、嫌い、大嫌い!」

 声が段々と背後から迫ってくる。私はいつの間にか立ち止まっていた。眼前に広がる隙間から雑草が繁茂した舗装路には、昇りゆく朝日が浮き上がらせた長い影が伸びていた。視界の下方からもう一つの影がゆっくりと伸びてきて、私のものと重なる。

 早朝の静寂。内から響く拍動の音だけが耳を支配する。彼女の口唇が開かれるときの、呼吸と粘膜が立てる微かな音、それを捉えた刹那私は耳を塞ごうとした。だが、間に合わなかった。

「――でも、やっぱり自分のことを諦められない。ちゃんと自分のことを知って、好きになって、胸を張って生きてみたい。心の奥底では、そう思っているんだ」


 次の瞬間には、彼女の両肩を掴んでいた。その華奢な体が衝撃で揺れる。

「いい加減にしてよッ!」

「何が?」彼女は少しも身じろぎせずに、私の顔をその黒々とした瞳で見据えた。

「いきなり現れて、私を無理矢理連れ出したかと思えば人の心にずけずけと押し入って分かったような口きいてっ……馬鹿にしてるの?!」

「馬鹿になんてしていないさ」

「じゃあさっきのは何なのよ……!」

「あれは僕の昔話」

「はあ?」私は怒りと困惑で顔を歪める。クロウタドリは私の片腕に手を軽く添えて、伏し目がちに言葉を継いだ。

「前に酷く塞ぎ込んだ時期があってね。生きる希望も何もかも失くして、死んでやろうかって思ったことがあった」彼女は一拍おいてから、続ける。「でも、その時僕に手を差し伸べてくれた子達がいてさ。今の僕は、その子達のおかげでこうして生きているようなものなんだ」

 彼女は肩にかかっていた私の両腕をその両の手で優しく解くと、そのまま私の両手を握ってみせた。

「あおちゃんが抱えてる辛い気持ち、僕にも分かるよ。全部ではないけれどね」

 クロウタドリの言葉に、私は眉を顰めてしまう。私の内心を悟ったのか、彼女は少し困ったようなはにかみ笑いを浮かべた。

「薄っぺらい同情だって思った? ま、そうだろうね。君が長い年月をかけて心の中に築いてしまった頑なな気持ちはそう簡単に解れるものでもないだろう」彼女は手を離すと、人差し指をぴんと立てた右手を軽く掲げつつ徐に噴水の方へと歩いていく。「思うに、今の君に必要なのは上から差し伸べられる救済の手でもなく、下から持ち上げてくれる激励の言葉でもなく、君の辛い気持ちに寄り添って、共に歩幅を合わせて歩いてくれる誰かだと思うんだよ」

 彼女の言わんとすることを何となく察した私は、依然として眉間に深い皺を刻んだまま棘を含んだ口調で訊ねた。「……それがあなた自身だって、言いたいの?」

「ビンゴ! 理解が早いね」クロウタドリは身を翻すと、私の方にその指を差し向けた。

「さっきも言った通り、私はこのアーケードから出るつもりはないの。別に夢や目標を見つけたいと思っているわけでもないし」

「そんな大層なもの、いきなり探すつもりはないよ? 僕はね、君が少しでも前に進もうと思えるような小さなきっかけを見つけられさえすればいいと思ってる」

「きっかけ?」

「そう。君だって、快いからここに閉じ籠っているわけじゃないだろ。あの住処だって決して住みよい場所には見えないし」

「そんなこと……」

 言おうとして、口籠る。彼女の言葉は間違ってはいなかった。避難シェルターを追われて、消去法的に辿り着いたのがここであって、自分が能動的に、確固たる意志を持って暮らしている場所ではない。

「今の君はさ、心が迷子になっちゃってるんだよ」黙り込んだ私に彼女は語り掛ける。「どうしたいのか、分からないんだ。幸せになりたいのか、不幸せのままでいたいのか。孤独でいたいのか、誰かと一緒にいたいのか。そして──生き続けたいのか、一思いに死んでしまいたいのか、さえもね。だから、酷く苦しい。君という生き物を、君自身が理解出来ていない。相反する様々な感情が、君を打ちのめしている」

 こちらへと再び歩み寄ってくるクロウタドリ。こつ、こつ、という彼女のローファーが立てる音がやたらと大きく聞こえた。俯いている私に、彼女は何かの――恐らく詩の一節のようなものを諳んじ始める。


『君がどんな人でもいい、夕べがきたら知り尽くした部屋から、出てみたまえ。

遠い景色の前に立つ君の住居すまいが、最後の家になる。

君がどんな人でもいい、

踏み減らした敷居から、ほとんど離れようとせぬ疲れた眼で、

おもむろに君は一本の黒い木を高め、

それを大空の前に立たせる、ほっそりと孤独に。

こうして君は世界を造った。その世界は偉大で、沈黙のうちにみのることばのようだ。

そして君の意思が、その意味をつかむにつれて、君の眼は、やさしくその世界を離す』*¹


「ね、あおちゃん」

 私の視界の中にクロウタドリの顔が現れる。彼女は私の顔を覗き込むようにして、黄金の輪を湛えた両の眼でこちらをじっと見据えた。

「君がどう生きるか、そして、どう命を終えるかについて僕が直接口を出したり、君が今嵌り込んでいる暗闇から抜け出すことの出来る解決策を提示したりすることは出来ない」

 瞬き一つせず言葉を継ぐ彼女。

「けれど、この狭い場所の中だけでこれから先の未来を全てを決めてしまうのは、とても勿体無いことだと僕は思うんだ」

 私はその言葉を受けて、ほんの少しだけ視線を上へと向けた。

。この狭いようで広いパークの中は、君が知らない様々な出来事や、フレンズで満ち満ちているんだ。外へ出て、色々なことを知って学んで、自分自身と照らし合わせてみればいい。そうやって進む道を決めた方が、後悔だって無いはずだよ」

 彼女は再び、両手を優しく包み込むように握る。彼女の体温が、じんわりと私の悴んだ両手に染み渡っていくのを感じた。

「でも、一人じゃ外へ踏み出すのは恐いだろ。だから僕が、そのきっかけを作ってあげたいんだ。それが君をこの旅に誘った二つ目の理由」


 私は、握られた両の手を見下ろす。久しぶりに、本当に久しぶりに感じた、他者の体温。普段なら徹底して忌避しているそれを、今はそのままに受け止めている。


 心の奥底に隠してきた想い。


 もしかして──ずっと待っていたのだろうか。

 私のことを、無理やりにでもいいから、このアーケードから連れ出してくれる誰かを。私と一緒に暗闇の中を歩いてくれる誰かを。

 異変以来、長い間に渡って抱えてきた自分の本当の気持ちに、久々に対面した思いがした。それは、新世代たちとの交流を避け、空いた時間に活字を詰め込むことで頭の中から追い出していたものだった。自覚してしまえば辛くなることは分かっているから。現実には叶わない願いであるということを悟り、絶望感と孤独感に打ちのめされることが分かっていたから。

 でも今は違う。目の前には、少なくとも、私の苦しみを理解してくれる存在がいる。彼女のことを信用できたわけじゃない。ともすれば、本当に何らかの邪な考えを持っていて、私を騙すつもりなのかもしれない。でも、それくらいの不信一つで折角兆した光明を―― 一縷の望みを――かなぐり捨ててしまえるほど、私の心は強くなかった。

 私は、命の残滓を生きている。

 仮にその中でまだ微かな火が燻っているとして、どうせ、自分でそれを踏み消す勇気がないことくらい、私自身が良く分かっているのだ。そして、惰性で生きることにも何処か疲れ切ってしまっていた。これが、そんな自分の生き方を変えられる最後の潮目になるのなら――最後くらい、自分で選択を下してみても、いいのではないのだろうか。


 クロウタドリは両手を離すと、続けて三度目の右手を私の前へと差し出した。顔を上げて、その右手をじっと見る。やっぱりまだ怖い――けれども、しばしの逡巡ののち、私は決心する。今度はちゃんと右の手で、彼女の手をしっかりと握った。


「ありがとう」


クロウタドリはそう言って、柔らかな笑顔を作って見せた。



***



「な、何なのよこれっ」

 私は目の前の現実味の無い光景を目にして、驚きと動揺で裏返った声を出してしまう。背後にいるクロウタドリは対照的に、あらら、と気の抜けた台詞を口にした。


 あれから広場を後にし、階段を下って自分の住処へと戻ってきた私たちだったが、軋むドアを引き開けると何故か目の前には壁があった。否――壁ではない、よく見てみると、それは室内の装飾に用いられていたドレープや石膏の壁、破砕された何処かのガラス、天井の梁といったものが渾然一体となり、敷居のところまでぎゅうぎゅう詰めになってせり出されてきたものであった。どうやら部屋全体が崩落し、圧縮されてこのような有様になってしまったらしい。考えられ得る原因は、間違いなく先の地震であろう。

「信じられない……」

「ま、どうせこれから旅に出るわけだし、ちょうど良い節目じゃないのかい」

「これの何処が良い節目なのよ」

 軽く言ってのけるクロウタドリに苛立ちを覚えながらも、私の意識はドアの先にある部屋(というよりは”部屋だったもの”)に向けられていた。味気ない生活を送っていた場所ではあったものの、食器棚に入れておいた好みの食器、グラス類や、何度も読み返していた私物の本など、大切にしていた物はそれなりにあった。何より、10年以上暮らしていた場所ということもあって、何だかんだ言って部屋自体に愛着も湧いていた。それが、まさかこんな形で別れることになるとは。

「今までにあった地震くらいじゃびくともしなかったのに……」

「何か持ち出せそうなものはないの?」

 クロウタドリにそう聞かれ、私は大して期待せずにドアの方を見やる。

 梁、ガラス、壁、壁、時々ドレープ――といった中に、僅かではあるが、自分の外套の端が隙間からはみ出していた。両手でそれを掴んで力任せに引っ張ってみるが、抜ける気配はない。それを見かねたクロウタドリが、障壁となっていた瓦礫の一部を僅かに持ち上げてくれた。もう一度試してみると、何回か引っ掛かった感覚はあったものの、無事に外套を救出することが出来た。引き出した外套は粉塵で白く汚れている。階段を上ったのちにそれらを振り落とし、私は外套を着こんだ。まだ汚れは残っているが致し方ない。


 ふと広場の方を見ると、ちょうど太陽がアーケードの天蓋を超えてこちらに日光が差し込んでくるところだった。灰で汚れた地面が照らされ、起伏に富んだ表面のために複雑な陰影によって形作られる模様が姿を現す。そして私は、反対に光を受けずひっそりと静まり返っている階下のドアを見下ろした。長い間、私が縋り付いてきた居場所。そこを離れてしまうことに不安や名残惜しさはあるが、もう引き返すことは叶わない。

 そこでふと、さっきクロウタドリが諳んじた何かの言葉が頭に過る。『遠い景色の前に立つ君の住居が、最後の家になる』――まさにこれが、そうではないのか。


「あおちゃーん、行こう」

 いつの間にか出口の方へと歩き出していたクロウタドリが、私のことを呼んだ。

 彼女の方に軽く手を挙げた私は、出口に向かって、一歩踏み出す。



――――――――――――――――――───

*¹ ライナー・マリア・リルケ『リルケ詩集』生野幸吉訳(白鳳社, 1976年)、10頁。

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